October 24th, 2011

2011年10月23日聖霊降臨後第19主日聖餐礼拝説教「人生で一番大切な戒律」”The Most Important Law in Our Life”岸野豊牧師

Uncategorized, 牧師説教, by admin1.

マタイによる福音書22章34節―40節

「人生で一番大切な戒律」“The Most Important Law in Our Life”

 或るまだ神学校を出て間もない牧師は教会の皆さんたちから何時も「あの先生の説教は長すぎて眠くなってしまう」と言われていました。そこで教会の役員会で、「先生の説教はとてもいいのですが、少し長すぎるのでは」という発言が出たのです。それに対して新米の牧師さん、「いや、私は皆さんに神様の言葉、聖書で言う神様の言葉のミルクを沢山差し上げたいのです。」と答えました。一人の役員さんは牧師さんの言葉尻を取り、「それでは神様の言葉もコンデンス・ミルク」でお願いしますと。コンデンスとは短縮したという意味です。

これは牧師さんに限らず、私の大学で専攻した、キリスト教と哲学のクラスも、その先生の講義が長々と単調な声で、子守唄を歌われているような感じの時もありました。立教大学の中沢先生は旧約聖書のヨブ記の研究で有名な方ですが、先生は聖書をへブル語で読むのです。いくらへブル語の授業を受けたといっても、先生がどこで何を読んでいるのかもわからない、よくそんな経験をしたのです。言葉というものは面白いことに、長いセンテンスで話されるとはじめに何を言われていたか忘れてしまうのです。言葉も文章も短い方が頭、また,心の中に受け入れ易いのです。

カール・バルトという有名なドイツ人の神学者がアメリカを訪れていた時、ある神学生はバルト先生に、「先生、あなたが40年にわたって教壇から教えた神様の教えを一言で言うならばどうお答えしますか?」バルト先生は英語でこう答えたのです。 “Jesus loves me this I know, for the Bible tells me so, little one to him belong, we are weak but He is strong.”日本語では、「主我を愛す、主は強ければ、我弱くとも恐れはあらじ」です。これはイエス様に従う私たちの素晴らしい信仰告白です。

今日の福音書は、パリサイ派の人々、ユダヤ教の宗教団体のリーダーが、イエス様に、「一番大切な神様の戒めとはなんでしょうか?」という質問した話です。イエス様はそれに対してこのように答えました。 「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように、重要である。隣人を自分のように愛しなさい。」英語では、“Love the Lord God all your passion and prayer and intelligence.” This is the most important;the first on any list, The second most important commandment is like it: Love
your neighbor as you love yourself.”これは、神様、イエス様に対しての私たちの愛、そしてまた、隣人に対しての私たちの愛です。それがイエス様が私たちに命じられた掟なのです。

ところで ユダヤ人はモーセがシナイ山で十戎を神様からいただいたのを皆さんご存知と思います。。それは神様が私たちに下さった掟です。それは10の律法とも言われています。この律法はそれを守ることで、神様の祝福を受ける。しかし、破ることによって裁かれるというのです。ユダヤ人たちは、長い歴史の中で、神様からいただいた十戒の他に613の細かい掟を作りそれを人々に守るように強制したのです。それは248条の「あなたはこれをしなければならない」という律法、例えばそれらの律法のうちには、作物を集めるとき、全部ではなく少しは落穂ひろいのできるように貧しい者にそれを残しなさい。

そして365条に亘る「あなたはこれをしてはいけない」という律法とです。たとえば、鱗のない魚を食べてはいけない、安息日には医者は病気の者を癒してはならないなどの私たちから見れば、これが戒めなんですかと言うものが沢山あります。しかし戒めを完全に守ることによってユダヤ人は神様の救いを頂けると信じていたのです。そこで律法学者はイエス様に、613の律法のうち一番大切なものは何でしょうかと質問したのです。イエス様はそれに対して二つの律法、この二つの律法がすべての律法を要約した律法であると答えたのです。その一つは、申命記という旧約聖書の中にあるシェマー(Shema)という祈りの言葉です。それを読んで見ましょう。きっと皆さんもこれを何回も聴いたことがあると思います。「聞け、イスラエルよ.我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6:4-5)イエス様はこれが一番大切な戒めだと教えたのです。

そして2番目に大切な戒めは「前の一番の戒めと同じように、あなたは自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」という戒めです。この二つの戒め以上に大切な戒めはないというのです。英語では心を尽くしては、with all your heart, 魂を尽くしては、with all your soul, 力を尽くしては、with all your mind です。私たちのすべてを用いて神様と、隣人を愛することが、私たちに義務であり、喜びに繋がれるのです。

つい最近ここの教会員の方と恵比寿マーケットの近くにあるエルビスというカラオケ店で、何人かの方々とカラオケの楽しい時を持ちました。誰かがそれをカラオケ伝道だなんて言いましたが、自分の好きな懐メロ、思い出の曲、それが讃美歌ではなくても心の中で感じられる思いをこめて歌うのは楽しいものです。わたしのすきな日本人の歌手は広田三枝子とクールファイブですが、英語で最高なのはフランク・シナトラです。彼の歌う“All the Way”という歌は私の大好きな歌です。家内ナンシーに聞いてください。私が幸福と感じるときは、自然とその時の心を表現する歌が、口から出るようになるのです。
“When somebody loves you, it’s no good unless he loves you, all the way.Through the good and lean years and through all the in between years—come what may.”

ここで言いたいのは、 “All the way”100% の私たちが、神様を慕う、愛する思いです。神様より100%愛され、神様を100%愛することができるなら、それ以上に人生で幸福のことはありません。それは、親が自分の子供を100%愛し、子供が親を100%愛することと同じです。もちろん、何か悪いことをして両親から怒られた。そんな時愛されていると感じないかもしれません。同じように、神様に逆らって何か悪いことをした時、神様から愛されていないと思うかもしれません。しかし私たち人間は神様のイメージを持って生まれてきたと聖書は教えています。私たちはお互いに神様からいただいた美徳があるのです。その美しい徳が自分の中で感じられる時があるのです。この神様よりいただいた自分、自分のギフトを人と人との付き合いの中でいかに使っていくか、そして、それを認識することができる時も一人ひとりに与えられるのです。

話はすこし変わりますが、何ヶ月も前に、自分で自分の牧師としての仕事に今まであった活気が体から抜けていくような気持ちになったのです。何か気持ちがすっきりしない。体力もない。やる気がない。普段は陽気な性格の私が、心の中に何かもやもやとしたものを持っている自分に気がつきました。これが鬱病ではと自分で感じていたので、お医者さんにかかり、それが本当に鬱病の初期だとわかりました。家内もうすうすそのことに気ずいていましたから、お医者さんの診断を聞いて、びっくりというより、ああそうだったのか、でもそれがわかってよかったとい良い意味で受け取ってくれたのです。なぜならこれは治療の方法があるからです。しかし一般には鬱病、それは大変だ、と言われるようですが、次第にもとの自分に戻りつつあります。ここで皆さんに知って欲しいことは私の為に心配していた人たちが祈っていてくださっていたということです。神様はその方々の祈りも聞いてくださっていたのです。

聖書の中に「一人のものが苦しむ時、みんなが共にに苦しむ。一人の人が喜ぶ時、みんながともに喜ぶ」という言葉があります。本当にその通りです。それができるところ、それが教会です。お互いを助け合う、お互いのために祈る、そしてお互いを支えてゆくところに神様はいらっしゃるのです。ですから教会は私たちの家族です。そこにイエス様が何時もいらっしゃる所、愛と、癒しと、励ましと、祈りがある処です。

同じように、先週、松井誠史さんと昭子さんの金婚式を教会で祝うことができた私たちの群れは神様に恵まれた教会です。私たち一人ひとりの名前を口に出して、祈ってくださっている会員もこの教会にいるのです。

神様は私たちの心が神様の福音を心に留め、実際にそれを私たちの間で分ち合うところに恵みと平安を与えて下さいます。

アーメン。 

 

 

 

 

Back Top

Comments are closed.