December 5th, 2013

2013年12月5日 詩編を読もう:平和と栄華 (詩編72:1-7, 18-19) 牧師:安達均

詩編を読もう, by admin1.

今週与えられている詩編は72編。最初に「ソロモンの詩」と書かれてるので、ダビデとベトシェバの子で、ダビデ王の後継者となったソロモンを思い浮かべながら読むことをお勧めしたい。二回目は、イエス・キリストの降誕節にあって、この詩編72編は、現代の私たちに何を語りかけているかを考えながら読んでみよう。  
  
詩編 / 72編
1:【ソロモンの詩。】神よ、あなたによる裁きを、王に/あなたによる恵みの御業を、王の子に/お授けください。
2:王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ/あなたの貧しい人々を裁きますように。
3:山々が民に平和をもたらし/丘が恵みをもたらしますように。
4:王が民を、この貧しい人々を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。
5:王が太陽と共に永らえ/月のある限り、代々に永らえますように。
6:王が牧場に降る雨となり/地を潤す豊かな雨となりますように。
7:生涯、神に従う者として栄え/月の失われるときまでも/豊かな平和に恵まれますように。
18:主なる神をたたえよ/イスラエルの神/ただひとり驚くべき御業を行う方を。
19:栄光に輝く御名をとこしえにたたえよ/栄光は全地を満たす。アーメン、アーメン。

ソロモンのことを思いながら、以下、書き綴りたい。冒頭に書いたように、ソロモンはダビデ王を引き継いだ南北統一国家の王。上記の箇所ではないが、この詩編の最後20節には、「ダビデの祈りの終わり」という言葉が書かれている。ということは、ダビデが後継者ソロモンに向けて祈った詩ということになる。 この詩編を読む限り、たしかに、祈りであり、ソロモンの就任にあたり、またソロモンに限らず、後世の王たちの就任式などの礼拝でも用いられていたのではないかと想像する。 言ってみれば理想的な王をイメージして祈られているように思う。

ソロモンという名前は、「シャローム」が語源で、ヘブル語の平和の意味。ダビデの波乱万丈の人生のなかで、その子には「平和」な時代を期待し祈りつつ、名づけられたように思う。 その期待と祈りの通り、ソロモン就任当初は、確かに平和の到来といって良いのかと思う。そして、ダビデ時代には完成しなかった、神殿の建設が行なわれた。その神殿にありとあらゆる金銀財宝を集め、主へ奉献したようだ。さらに、豪華な王宮をつくり、その栄華を極めた。

そして、そのような栄華を極める時代は長続きはしない。諸外国との貿易を盛んに行い、豪華な品々を集めたり、外貨導入もしようとしたのだろうが、結局は貿易赤字だったのだろう。税収を増やす政策をとらざるを得なくなり、統一国家のはずが、逆に分裂する要素が生まれていった。 

さて、以下は、アドベントの時期にあって、イエス・キリストのことを思いながら、書き綴りたい。 この詩編の18節、19節の言葉には、全知全能の神の存在を讃えて、さらに救い主の到来をも祈っているように思える。 

そして、イエス・キリストは、この世に来られたとき、ソロモンについて何と言われたか? マタイ6章29節には、イエスの言葉として、「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」そのイエスの言葉は、人間的な栄華の虚しさを語られ、真の栄華とは何かを問われているように思える。

21世紀を迎えている現代、尖閣諸島や竹島問題から中国や韓国の防衛識別圏がメディアを賑わしている。 微妙な識別圏の問題も、エネルギーなどの関係で、それぞれの国の栄華に関係してくるのかもしれない。 しかし、3000年前のソロモンの栄華や、その栄華に対して、イエスがどう話されていたか、よく考えたい。 国を超えて、主なる神が驚くべき御業をなしとげらる主イエスの平和、主イエスにある希望を抱く。アーメン

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