July 28th, 2017

今週の聖書観想

聖書観想, by admin1.

2017年7月23日 マタイ13:24-30, 36-43
毒麦のたとえ話とその説明の箇所を今一度読んでいかがだろうか? 23日のスティンストラ牧師の説教のタイトルは「忍耐」だった。人間がたとえ毒麦だとか雑草だとか判断しているものに対してでも、イエスは忍耐強く待ってくださることを再度覚える。 神奈川県の相模原市での身障者施設殺傷事件から一年になるが、この聖書箇所と関係があるように思う。
  
2017年7月24日(月) 黙示録 14:12-20
23日の福音書のテーマは「主が忍耐してくださっている」だったが、与えられた黙示録の箇所は、天使が述べる言葉として、信仰者に向けて「忍耐が必要である。」とある。 主がどれほど忍耐してくださっているかを思うときに、信仰者も忍耐できるのかと思う。14節以降に描かれているイメージには、23日の福音書後半の毒麦のたとえの説明と重なってくる部分がある。

2017年7月27日(木)列王記上1:28-37
今週後半の旧約聖書箇所は、ダビデ王の死期が近づき、ソロモンに王位が継承されるときの箇所が続く。27日に与えられているダビデの側近たちの言葉の中に、「主は王と共にいてくださいました。またソロモンと共にいてくださいますように。」(37節)とある。月並みな祈りのようにも感じられてしまうかもしれない。しかし「主が共にいてくださる。」ということは、どんなことも主の愛を私たち一人一人から離すことをできない(ローマ8:38で30日の第二日課の一部)ことを覚えて何事にも対応することは、どんな苦境にも耐えられ、希望があり、喜びにつながると思う。

2017年7月30日(日) マタイ13:31-33, 44-52
イエスは「天の国はーーーに似ている」と言われ、いろいろなたとえ話を語られる。44節から46節のたった3節の中に「畑に隠された宝」のたとえと「高価な真珠」の二つのたとえが描かれている。 言葉が短いだけに、それぞれにいろいろ質問が出てきたりイメージ(たとえばなぜ畑の中の宝だけを買わずに土地を買うのかとか、畑の中に隠された宝がどんなものかを想像したり)が膨らんでしまう。 しかし、両方とも天の国のたとえであることから、この世の富でも、天に積むことの大切さを覚える。

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