December 22nd, 2017

今週の聖書観想

聖書観想, by admin1.

2017年12月17日(日) ヨハネ1:6-8, 19-28
日本語の説教では、「私たちはヨハネと同じように、救い主でもなく、エリヤでもなく、預言者でもないのだから、ただ救い主・イエス・光を証しよう」と述べた。ヨハネがイザヤ書を引用して「私は荒れ野で叫ぶ声、主の道をまっすぐにせよ」と語っていたこととも現代の私たちに重なってくるように感じる。待降節、そして降誕節を迎える中で、現代は荒れ野にもたとえられそうだが、そこにゆたかなイエスの愛・主の光がゆたかに注がれることを感謝し喜んで証しよう!

2017年12月18日(月) エフェ6:10-17
パウロが強調していた神の武具を今一度かみしめたい。真理が帯、正義が胸当て、平和の福音を告げる準備が履物、信仰が盾、救いが兜、そして霊が剣。

2017年12月22日(金) サムエル下6:12-19
神の箱とは、契約の箱のことをいっているのだと思う。日本のおみこしとそっくりの形のもの。ここに出てくる光景は、日本の神社でおみこしをかついで「わっしょいわっしょい」といって踊っている姿とも重なってくる感じがする。最後に出てきた、輪形のパンはドーナツのようで、なつめやしと干しぶどうの菓子は、クリスマスによく食べる乾燥したフルーツだけでつくるフルーツケーキのようでもある。

2017年12月24日(日) ルカ1:26-38
おとぎ話のようでもある。しかし、そこには深い意味が神の思いによってこめられている。何十曲もアベ・マリアが作詞作曲されているという話を聞く。28節の「おめでとう、恵まれた方」が歌になっているのだろう。アべとはラテン語で、「喜べ」の意味。原語のギリシャ語聖書では「Chaire」カイレという言葉が使われており、歓呼の言葉でもある。 マリアは「結婚もしていない私に子供が生まれるなんて何事?なんで喜べるの。」と当惑する。普通に考えたらとても喜べない状況の中に、実は喜べること、福音はあるのだと感じる。 だれかが真理は矛盾に満ちているといっていた。たとえどんな社会状況が家庭事情があろうがメリークリスマス!

24日クリスマスイブは、朝8時半の礼拝、4時、6時、9時の4回の礼拝がありますが、それぞれに集まる方々に豊かな光が注がれ、新たな希望がわいてきますように! メリークリスマス!!

主の恵みと平安
安達均

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