September 19th, 2013

2013年9月19日 詩編を読もう:主は偉大ですばらしい (詩編113) 牧師:安達均

詩編を読もう, by admin1.

詩編を読もう:主は偉大ですばらしい (詩編113)

今週読む詩編は113編。ユダヤ教の伝統では、過越しの祭りの際にうたわれる詩編のひとつ。 短い詩編なので、いつものように3回読まれることをお勧めしたい。  

1:ハレルヤ。主の僕らよ、主を賛美せよ/主の御名を賛美せよ。
2:今よりとこしえに/主の御名がたたえられるように。
3:日の昇るところから日の沈むところまで/主の御名が賛美されるように。
4:主はすべての国を超えて高くいまし/主の栄光は天を超えて輝く。
5:わたしたちの神、主に並ぶものがあろうか。主は御座を高く置き
6:なお、低く下って天と地を御覧になる。
7:弱い者を塵の中から起こし/乏しい者を芥(あくた)の中から高く上げ
8:自由な人々の列に/民の自由な人々の列に返してくださる。
9:子のない女を家に返し/子を持つ母の喜びを与えてくださる。ハレルヤ。

ハレルヤで始まり、ハレルヤに終わるこの詩編、どのようなことに思いをもたれただろうか? 

さっと読んだだけで内容があまりよく把握できなかったとしても、なんとなく、気持ちが晴れ晴れしくなるような詩編だと思う。 このハレルヤの意味は、「主を賛美せよ」という意味だが、日本語に訳された詩編なのに「主を賛美せよ」とは訳さずに、ヘブライ語の言葉をそのまま用いて、その響きが、うれしくて喜ばしい感じがしてとても良いと思う。 以下、二つのハレルヤにはさまれた中身について、1-3節、4-6節、7-9節に分けて書き留めたい。 

1-3節:時と場所を超えて主を賛美せよ
最初のハレルヤに続いて、1節の残りの部分から3節までは、主に仕える者たちよ、とにかく主を賛美せよ、という呼びかけの言葉。どのように賛美するかというと、「今よりとこしえに」(2節)、つまり時間を越えて永遠に。また、「日が昇るところから日の沈むところまで」(3節)、つまり、すべての場所。  

4節-6節:主は偉大
1-3節で、時や空間という次元を超えて、主の御名を賛美するように。と詠う以上、その続きには、なぜ主を賛美するかの理由が歌われる。 なぜなら、主はすべての国を超え、つまりさまざまな国の事情を超越した天の高いところに居られ、主の栄光は天をも越えて輝いており(4節)、その方こそが私たちの神であり、そこに並ぶものはいないし、とても高い所に主の座を置いておられ(5節)、かといって、地上のできごとに無関心というわけではなく、へりくだって、地上に起こる、さまざまな出来事もご覧になる(6節)ような偉大な方だから。 

7節-9節: 主はすばらしい
主を賛美する理由はさらに続く。 主は天からただご覧になっているだけではなく、世の弱者や貧困の中にある者を立ち上がらせてくださり(7節)、束縛された民を自由な民に戻してくださり(8節)、子の生まれない人に、子供を持つ親の喜びを与えてくださるような方だから。 

この詩編113編の後半に、過越しの祭り(エジプトで奴隷だったイスラエルの民が解放されたという事実を覚え続けるお祭り)で歌われる要素が含まれている。 かと思うと、この113編はクリスマスにも実は関係が深いと思う。たまたま、15日に行なった信徒会で、クリスマスに日本語部では何を歌うかが話し合われ、讃美歌21の178、「あがめます主を」というマリアの賛歌が候補に挙がっていた。その歌詞1節と2節を以下に記すので、詩編113編の内容と重なってくる部分があるのをおわかりいただけるかと思う。

1. あがめます主を、わが魂。 たたえます主を、わが心は。
名も知れぬ娘を 主はあえて選び、み子の母として 用いられた。
2. 求めます主は、弱い友を。 訪ねます主は、貧しい人を。
つきぬ愛そそぎ 痛みをとりさり、低きを高める ちからの主は。

今、日本語部の中には、多くの方々が病の中にある。またクリスマスまでの間に洗礼を受けようとされている方々もおられる。 ひとりひとりに主の愛が豊かに訪れ続けるように祈り、またクリスマスを迎える準備が、たとえどのような体調であったとしても、わくわくする喜びを覚えながら、少しづつ準備が進みますように。 主を崇め、賛美しつつ。 

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