January 1st, 2015

2015年1月1日 詩編を読もう:天を越えたところにある栄光 (詩編8)

詩編を読もう, by admin1.

復活ルーテル教会の日本語ミニストリーを支えてくださっている主、そして皆様に感謝しつつ、謹んで2015年、新年のお喜びを申し上げます。 

詩編を読もうをWebに掲載する木曜日に、今年はクリスマスの12月25日そして元旦の1月1日が与えられたことにより、詩編を読む興味がさらに倍増しているように感じている。12月25日がイエスの降誕日とすれば、1月1日は8日目にあたり、イエスに割礼が施された日となる。今日詩編を読むなかで、イエスという御名が登場していなくても、主なる神、イエスの存在、大いなる光、の存在に気がつきますように! 
さて、元旦当日に聖書日課によって与えられている詩編は8編。昨年も一昨年も、三位一体主日(聖霊降臨日の翌週の日曜日)の頃に与えられているため、すでに「詩編を読もう」で二回とりあげた。しかし、年の初めに、詩編8編を、新たな気持ちで読んでみよう。 そして、気になる言葉、あるいはインパクトのあった言葉や節は何かを挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神はこの新しい年のはじめにあって、現代の私たちに何を語りかけているか思いを巡らせよう。

詩編8編
1: 【指揮者によって。ギティトに/合わせて。賛歌。ダビデの詩。】
2:主よ、わたしたちの主よ/あなたの御名は、いかに力強く/全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます
3:幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き/報復する敵を絶ち滅ぼされます。
4:あなたの天を、あなたの指の業を/わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。
5:そのあなたが御心に留めてくださるとは/人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう/あなたが顧みてくださるとは。
6:神に僅かに劣るものとして人を造り/なお、栄光と威光を冠としていただかせ
7:御手によって造られたものをすべて治めるように/その足もとに置かれました。
8:羊も牛も、野の獣も
9:空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。
10:主よ、わたしたちの主よ/あなたの御名は、いかに力強く/全地に満ちていることでしょう。 

気になる言葉やインパクトのある言葉はなんだろう? 私の場合は2節後半にある、「天に輝くあなたの威光」という言葉。ヘブライ語でもどういう言葉が使われているか調べたが、もともとの意味は、「主は、ご自分の栄光を天を越えたところに据えられている。」という意味。 

詩編作者の立場を思って詩編8編を読んでいきたいが、1節は合唱・演奏するにあたっての説明。2節の前半の言葉、「主よ、わたしの主よ、あなたの御名が力強く全地に満ちている。」と詠っており、この同じ言葉が、最後の10節にも詠われて、詩編8編が終わる。 その言葉にサンドイッチされる中で、最初に書かれている言葉が、上記に書いた「主は、ご自分の栄光を天を越えたとことに据えられている。」 それ以降は、幼子、乳飲み子たちの口(声)によって。神に刃向かう者から砦を築いて守り、報復する者を絶ち滅ぼす(3節)。 天を仰ぐなら、月も星もすべてあなたが配置されたもの(4節)。とてつもない広い全地と天(宇宙)のなかで、主が人間に御心を留めてくださっているとは、いったい人間とは、人の子とは、何者なのでしょうか(5節)。あなたは人間を、神より少し劣るものとして創られ、栄光と威光をかぶらせ、この地に主が創られた、動物たちも鳥たちも、すべてのものを、支配するようにしました(6-9節)。 主よ、わたしの主よ、あなたの御名が力強く全地に満ちている(10節)。

2014年はもう過去となり、2015年がはじまる中で、この詩編8編の言葉を通して、主なる神は私たちに何を語られているのだろうか? 詩編8編の2節後半を、ヘブライ語と英語で、意味を調べ、「主は、ご自分の栄光を、天を越えたところに据えられている。(You have set your glory above the heavens.)」という言葉に、「はっと」させられている。 私たちの見ることができるこの地球上とか、仰ぐことができる天、宇宙を越えたところ、私たちが把握できる空間とか時間を越えた概念の中に、主なる神が存在してくださっている。私たちの認知できる概念をはるかに超えた、大きな御力が、わたしたちの中に働いてくださっている、ことを新たに感じる。さらに、詩編8編の5節の中に、「人の子」という言葉が使われている中で、マリアから生まれた、救い主イエスのことが見え隠れしている。 日本人は長い歴史の中で、初詣という習慣を守ってきており、そこに「神の子であり人の子であるイエス」の存在が浸透するには、さらなる歴史的な時間が必要なのかもしれない。それでも、初詣をして、私たちの認知できる概念をはるかに超えた、大きな御力の存在によって、2015年の平和と幸福を願うという気持ちは、クリスチャンかどうかに関わらず、分ち合うことができ、大切にしなければならないと思う。新年、感謝しつつ、おめでとう。 アーメン。 安達均   

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