May 7th, 2015

2015年5月7日 詩編を読もう:主の救いの御業 (詩編98)

詩編を読もう, by admin1.

南カリフォルニアは、先週は暑いと思っていたが、今週は肌寒い日が続いている。青空となる時間も少ない。いろいろ地球の温暖化とか原子力の問題も考え、また電力会社や工事会社の勧めもあった。州や国からの資金援助もあった。創造主から与えられた恵みをいかに大切にする執事として生きるかということに関係してくるのだが、私の家は去年、いろいろな工事をした。贅沢なことはいっさいしておらず、外観はほとんど変わらないが、明らかに変わったのは屋根には小さいがソーラーパネルがついている。そして、毎日、何キロワットの電力が作られたかパソコンでわかるようになっている。 先週は毎日6キロワット台だったが今週は一日も6キロワットには到達せず、おとといは2キロワット台、昨日は3キロワット台となった。
4月5月の南カリフォルニアにしてはめずらしく曇り空が続くなかで今日与えられている詩編は98編。以前にも「詩編を読もう」でとりあげているが、今日また読み、気になる言葉、あるいはインパクトのあった言葉や節は何かを挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神はこの復活節にあってひとりひとりに何を語りかけているか思いを巡らせよう。

詩編98編
1:【賛歌。】新しい歌を主に向かって歌え。主は驚くべき御業を成し遂げられた。右の御手、聖なる御腕によって/主は救いの御業を果たされた。
2:主は救いを示し/恵みの御業を諸国の民の目に現し
3:イスラエルの家に対する/慈しみとまことを御心に留められた。地の果てまですべての人は/わたしたちの神の救いの御業を見た。
4:全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。
5:琴に合わせてほめ歌え/琴に合わせ、楽の音に合わせて。
6:ラッパを吹き、角笛を響かせて/王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
7:とどろけ、海とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものよ。
8:潮よ、手を打ち鳴らし/山々よ、共に喜び歌え
9:主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き/諸国の民を公平に裁かれる。

98編を読み返して、気になる言葉やインパクトのあった節はどこだろう? 私の場合は、一節の言葉。

紀元前数百年前のユダヤ教の詩編作者の気持ちになって、この詩編を読み返し、どういうことを歌っているのか、考えてみたい。 新しい歌を主に向かって歌おう、主は驚くべきことをなされた、聖なる御腕によって救いの業を果たされた(1節)。 主は救い・恵みをユダヤの民ばかりではなく諸国の民に示した(2節)。 イスラエルへの慈しみとまことを御心にとめ、地の果てまで、すべての民が主の救いの業を見た(3節)。だから全地よ、喜びの声を上げて、ほめ歌え(4節)。弦楽器に合わせて(5節)。管楽器も響かせて、主の前で喜びの叫びをあげよ(6節)。鳴り響かせよ、海にいるもの、世界に居るものよ(7節)。海の満ち干も、手をうちならせ、山々も共に歌え(8節)。世界を裁くために、民を公平に裁くために、主は来られる(9節)。 紀元前に生きた詩編作者にとって、エジプトに居たイスラエルの民が、エジプトを出国し、イスラエルの地に戻ってこれた話がユダヤ教の中ではとても大切で、それを救いの御業としているのかと私は考えて、この詩編を読み始めた。 しかし、もっともっと、大きなできごとを、詩編作者は神から預かり、この詩編を著したように感じる。 それは、イエスの死と復活を預言していたような詩編にも思われる。 そして、さらに、イエスの再臨をも預言しているような。

さて、この詩編98編は、21世紀にあって、私たちに何を語っているのだろうか? 98編は、「あたらしい歌を歌い主を賛美するように。」ということが結論なのだろうが、なぜ、主を賛美するかということがとても大きなスケールで描かれ、それを現代の私たちに伝えているように感じる。 驚くべき御業というのは、イエスが降誕したこと、そして再臨することも含めて、すべて、創造主なる御方が、してくださってきた恵みをすべて包括して、私たちに気がつくように、そして人類ではなにもコントロールできないような、さまざまな自然現象について、創造主なる御方を覚えて、賛美するようにと導かれているように感じる。 冒頭に、ソーラーパネルのことを書いたが、化石燃料にしても、なんのエネルギーにしろ、すべては神からいただいたもの。 ただ、ソーラーパネルからくる毎日の電力量を知らされることで、そのありがたみが増すような面もある。 今は、旱魃で水不足が深刻化しているが、やはり創造主からの雨の恵みの大切さに気づかされる。 日本では、今は火山の噴火も各地で心配されているが、創造主からの恩恵を受けてきているかを覚える。 だから、主に向かって喜びの声を上げ、賛美礼拝しよう。日曜日には、多くの民が、礼拝の場に集うように祈りつつ。 アーメン 安達均

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