November 5th, 2015

2015年11月5日: (詩編94編)

詩編を読もう, by admin1.

今週後半は146編が与えらているが、最近読んだこともあり、あえて来週11月9日から11日まで与えられている詩編94編を読もう。いつものようにこの詩編を読んだあと、気になる、あるいはインパクトのある言葉や節を挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神はこの詩編94 編を通して現代の私たちに何を語りかけているか思いを巡らせたい。来る聖日に与えられている福音書はマルコ12章38-44節で、生活費のすべてを賽銭箱に捧げる未亡人の話。その箇所を振り返りながら、詩編94 編を読むのも良い。 

詩編94編
1:主よ、報復の神として/報復の神として顕現し 2:全地の裁き手として立ち上がり/誇る者を罰してください。 3:主よ、逆らう者はいつまで/逆らう者はいつまで、勝ち誇るのでしょうか。 4:彼らは驕った言葉を吐き続け/悪を行う者は皆、傲慢に語ります。 5:主よ、彼らはあなたの民を砕き/あなたの嗣業を苦しめています。 6:やもめや寄留の民を殺し/みなしごを虐殺します。 7:そして、彼らは言います/「主は見ていない。ヤコブの神は気づくことがない」と。 8:民の愚かな者よ、気づくがよい。無知な者よ、いつになったら目覚めるのか。9:耳を植えた方に聞こえないとでもいうのか。目を造った方に見えないとでもいうのか。 10:人間に知識を与え、国々を諭す方に/論じることができないとでもいうのか。 11:主は知っておられる、人間の計らいを/それがいかに空しいかを。 12:いかに幸いなことでしょう/主よ、あなたに諭され/あなたの律法を教えていただく人は。 13:その人は苦難の襲うときにも静かに待ちます。神に逆らう者には、滅びの穴が掘られています。 14:主は御自分の民を決しておろそかになさらず/御自分の嗣業を見捨てることはなさいません。 15:正しい裁きは再び確立し/心のまっすぐな人は皆、それに従うでしょう。 16:災いをもたらす者に対して/わたしのために立ち向かい/悪を行う者に対して/わたしに代わって立つ人があるでしょうか。 17:主がわたしの助けとなってくださらなければ/わたしの魂は沈黙の中に伏していたでしょう。 18:「足がよろめく」とわたしが言ったとき/主よ、あなたの慈しみが支えてくれました。 19:わたしの胸が思い煩いに占められたとき/あなたの慰めが/わたしの魂の楽しみとなりました。 20:破滅をもたらすのみの王座/掟を悪用して労苦を作り出すような者が/あなたの味方となりえましょうか。

気になる言葉や、なにかインパクトのある言葉はどこだろうか? 私にとっては、21節の「彼らは一団となって神に従う人の命をねらい/神に逆らって潔白な人の血を流そうとします。」という言葉。 
詩編作者の気持ちを想像しながら、内容を吟味したいが、長いので、三つのブロックに分けて記述してみたい。まず1-7節では、「主よ顕現して誇る者を罰してください」と詠う(1-2節)。その背景には、申命記には24:17-20などには、はっきり、寡婦、孤児、寄留者を大切にするようにという掟がありながら、それを守らない世の指導者、「神は見ていない」という最悪の指導者がいたのだろう(3-7節)。 続いて8-15節では、「神は見ていない」という者たちへの応答を詠っているようだ。愚かな者たちよ、耳や目を創造した神が、見えないわけがあろうか、人間の企てはいかにむなしいかを、主はわかっている(8-11節)。主に教えられ、律法を守るものは幸せ、苦難がおそっても、神は決してそのような民を見捨てることはない(12-15節)。 最後の16-23節では、神が砦となってくださるということがポイントのようだ。災いをもたらそうとする者に対して、主が助けとなってくださる、足がよろめきそうなときに主の慈しみに支えられ、思い煩うときに、主の慰めが、魂をうるおす(16-19節)。主は決して、破滅をもたらそうとする者の味方にはならないが、彼らは一段となって神に従う人々を苦しめる20-21節)。 主はかならず私たちの砦、岩となってくださる、どうか彼らに悪に報いとなり、彼らを滅ぼしてください(22-23節)。

さて現代の私たちに何を語ってくれているのだろうか? 三つほどポイントがあると思う。 一つ目は、神が裁かれるということ、ローマ人への手紙12:19「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい」に通じるものがある。二つ目は、神に従うものは、苦しみを受けるということ。それはイエスキリストがまさにそうであるし、さらに、イエスに従うものも、実際、そうであることは否めない。上記にインパクトのある言葉として挙げた21節の言葉は、日本のキリスト教信仰者は、たいへんな迫害を受けたことにも通じていると思う。そして三つ目は、神が砦となってくださる信仰こそ最強のもの。特にイエスキリスト以降の時代は、キリストを主とする信仰こそ岩であり、キリスト信仰を土台にして生きることで、どんな困難にも絶えられ、それが楽しく喜びあふれる、永遠の命につながってくる。  アーメン 安達均

Back Top

Comments are closed.