December 24th, 2015

2015年12月24日 詩編を読もう:戦争なんかやめて喜び歌え (詩編96)

詩編を読もう, by admin1.

アドベント、待降節、の最終日がクリスマスイブ。聖書日課では、クリスマスイブに詩編96編が与えられている。 今年のアドベントの最後の主日を迎えるにあたって、詩編箇所96編をじっくり読もう。 そしていつものように、気になる言葉、あるいはインパクトのあった言葉や節は何かを挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神は、現代の私たちに何を語っているのか、思いを巡らせよう。

詩編96編
1:新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。
2:主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。
3:国々に主の栄光を語り伝えよ/諸国の民にその驚くべき御業を。
4:大いなる主、大いに賛美される主/神々を超えて、最も畏るべき方。
5:諸国の民の神々はすべてむなしい。主は天を造られ
6:御前には栄光と輝きがあり/聖所には力と光輝がある。
7:諸国の民よ、こぞって主に帰せよ/栄光と力を主に帰せよ。
8:御名の栄光を主に帰せよ。供え物を携えて神の庭に入り
9:聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。全地よ、御前におののけ。
10:国々にふれて言え、主こそ王と。世界は固く据えられ、決して揺らぐことがない。主は諸国の民を公平に裁かれる。
11:天よ、喜び祝え、地よ、喜び躍れ/海とそこに満ちるものよ、とどろけ
12:野とそこにあるすべてのものよ、喜び勇め/森の木々よ、共に喜び歌え
13:主を迎えて。主は来られる、地を裁くために来られる。主は世界を正しく裁き/真実をもって諸国の民を裁かれる。

インパクトのある言葉として、10節から13節の言葉を挙げたい。 

詩編作者の気持ちを想像しながら、詩編96編に書かれていたことを簡単にまとめたい。 1-3節では、すべての国の人々に新しい歌を歌って、主を賛美するように、呼びかけている。 4-6節では、主が天を造られたという、主を賛美する最大の理由が詠われていると思う。 7-9節では、だから主にひれ伏し崇拝するように。 以上9節までは、過去にも「詩編を読もう」でとりあげており、過去の記録を参考にして9節までのまとめを上記に再び書いた。10節以降は、「詩編を読もう」でははじめてとりあげているが、ドキッとすることを詠っている。すべての国々の王である主が、公平に裁くために来られる。だから天も地も、海とそこに住むものも、野とそこに存在するものも、すべて喜んで歌え! 主が来られて、世界を、そして諸国の民を、正しく真実をもって裁かれるのだから!!

さて、この詩編96編を通して、主なる神は現代を生きている私たちに、今日、何を語っているだろうか? 表題に「戦争なんかやめて喜び歌え」と書いた。キリスト教徒にとって、本日クリスマスイブを迎えている。世界中では残念ながら国々が戦争をしてしまっている、あるいは民族が民族に敵対してしまっている、そのような状況にある。その中で、全知全能で、全宇宙を治められる主なるお方が、ご自分の創造してものすべてに対して、戦争なんかしている場合ではなくて、救い主の到来を覚えて、喜び、歌うように語っておられる。 第二次世界大戦中の実話として、クリスマスに際して、世界各地の戦場で、戦争を休止したということがあったと聞く。 しかし、与えられている詩編は、クリスマスだから、あるいは12月24日のイブだから、戦争をやめるようにとは詠っていない。キリスト教の教えるクリスマスとは、たしかに、神のみ子は、この世に来られたが、まだこれからも来られる、第二の到来があるから、それに備えるようにという意味も含んでいる。だから、今日以降ずっと、キリストの第二に到来に備えて、戦争なんかしている場合ではなくて、常に喜び歌っているように、詩編は導いているのではないだろうか?

ミネソタ管弦楽団でチェリストとして活躍している磯村幸哉さんという方がいる。私は、セントポールにあるルーサー神学校在学中、磯村ご夫妻にはお世話になり感謝している。幸哉さんのお父様という方は、第二次世界大戦の体験から、子供たちには、武器など担いで世界に行って欲しくない。そして武器の代わりに楽器を担いで、世界に羽ばたくように、と教えたそうだ。幸哉さんのお兄様、和英氏は、東京カルテット(ニューヨークにある室内管弦楽団)の創設メンバーの一人でヴィオラ奏者。 またもう一人の兄弟が、ヨーロッパで音楽家として活動していると聞く。磯村ご兄弟の父上に、詩編96編の作者の思い、神の思いが、働いていたように思う。 
安達均   

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