Archive for August, 2012

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Tweet 週報通算1225W (日本語) 2012 9 2W 週報通算1225E  (英語) Sunday English Bulletin 1225E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet ルカによる福音書9章57-62節「イエス様に従う為には」  “The Cost of  Following Jesus”  私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方にあるように。アーメン。   オリンピックが終わってもう2週間経ちますが、毎晩テレビで見たその日のハイライトのオリンピックの様子がもうテレビで見られないのは何か寂しい思いです。 私のオリンピックの最初の思い出は、1964年の東京オリンピックでした。まだ中学一年生の時でした。空に自衛隊の飛行機五機でオリンピックの5輪が5つの色で描かれたのを見て感激しました。日本はこのオリンピックに向かって日本の再建で一生懸命でした。新幹線もこの年に完成し、世界一のスピードで走る電車には世界が注目したのです。 坂本九さんがこの世界的にヒットした歌『上を向いて歩こう』を歌ったのも此の頃です。所でオリンピックの水泳の切符が手に入り、代々木の立派なオリンピックプールに行くことができ、そこで驚いたのは、水泳の選手がとても若いことでした。皆さんの中で、背泳の金メダル候補の田中聡子さんを覚えている方いますか? 彼女はその前のオリンピックでメダルをとりそこなった、しかし、今度こそは金メダルをと意気込んでいたのです。しかし、決勝戦の背泳ぎのイベントはそこにいたすべての人をあっとさせました。というのはまた15歳になったばかりのアメリカの少女が世界新記録で金メダルを取ったからです。この女性はCathy Ferguson という人で皆さんの中でこの人を知っている人もいるはずです。Cathy さんは長いことこの教会のメンバーでした。彼女のご主人はGreg Penten さんという10年ほど前まで、この教会で、聖歌隊の指揮をしていた人です。当時ここの日本語礼拝の牧師であった高塚先生から紹介されて、今でも付き合いがあります。 ところで1964年という年は本当に日本にとって国のイメージ・チェンジの年であったと思います。この年に日本は世界中のうち造船産業のトップになり、自動車もトヨタ、ダットサンが世界中に輸出されるようになったのです。エレクトロニクスも真空管からトランジスターの時代になり、Sony, Panasonic, Hitachi, そしてカメラもCanon, Nikonと世界に賞賛されるようになったのです。オリンピックが日本にとって多くの世界への発展の道を提供してくれたのは確かです。 皆さんの中で、Olga Korbut というOlympic  金メダリストを  覚えていますか? この人は1972年にソビエトの女性 体操の個人と団体の金メダルを取った人です。そして1976にはNadia Comaneci が perfect 10 という初めての点数を獲得したのです。 1984 年のオリンピックでは、アメリカのMary Rattonが始めての All around individual Gold  Medalを受け取りました。そして1996年、Magnificent Seven と呼ばれたアメリカ女子体操選手の独りであるKerri Strug がみごとな跳馬で、英語で言うVault exerciseを成し遂げたのです。しかしその裏には大きな痛みがあったのです。というのは、Kerriが一回目の馬跳びををした時、着地で右足を捻挫したのです。普通だったら走るどころか、歩くのも無理、しかし、2回目の跳馬をしなければ、点数がもらえない、団体の金メダルも取れなくなるだろう。彼女はコーチのBella Karoplyi,に言いました。「私は二回目の馬跳びをします」。痛い足をまるで痛みがない様に全速力で走り、宙回転で体をツイストをし、片足で着地したのです。会場のすべての人が立ち上がり、拍手をしたのです。Bella Karolyi はもとルーマニアのKomaneci のコーチでしたが、共産国から自由を求めてアメリカに亡命し、アメリカでの女子体操に、奥さんと共に貢献してきました。彼の元で娘をオリンピックの選手になれるように教育してくださいと申し出た両親たちに言いました。 「オリンピックにでられるような娘さんたちにまず第一に知ってもらいたいことは、毎日が、練習の日、今日は休みたい、遊びたい、リラックスしたいということは二の次です。体と運動のテクニックは大切ですが、一番大切なのは、どんな時にも、私は金メダルを取れる私になるとの思いが娘さんたちの中で育たなければなりません。 そしてこの競技が個人のことであるより、団体、仲間と意気投合してやってゆくなかで、初めて出来る事をわきまえてください」と。金メダルを取るということは大きな犠牲の中で始めてできるというのです。ところで今年のオリンピックは体操 は男子は日本が金メダル、アメリカは女子が金メダルでした。 アメリカの活躍したGabby Douglas さんはすべての科目で活躍し、個人の金メダルを取りました。 Douglas さんはアメリカの女性体操が優勝することを信じていたと語りました。彼女の名前Douglasのアルファベットを置き換えるとUSA-GOLDになるからです。おもしろいですね。 さて、今日の福音書の中でイエス様は彼の弟子になりたいといって彼についてきた人にこう言ったのです。「狐には穴があり、鳥には巣がある。しかし私には頭を休めるところもない。そのようなきつい伝道のなかであなたは私についてゆくことができますか」と。 二人目の弟子になりたい、しかし死んだ父親の葬式をしたあとでイエス様についてゆきますと言った人に「その死人を葬ることは死人に任せておくが良い。一番大切なことは神の国とは何かをすべての人に語ることです」。 三人目の弟子になりたい、しかし家族に別れを言った後にイエス様に従ってゆきたいといった男に、手に鋤をかけてから、後ろを見るものは神の国にふさわしくないと言われたのです。ここで言われていることは、イエス様に従うことはやさしいものではないと言うことです。家族を後ろに残してついて来なさいというのです。それではイエス様に従うとは宣教師のように、自分の住みなれた所から出て、まだイエス様を知らない人たちの中に入ってイエス様のことを語るのですかと。 本当にその通りです。宣教師といわないまでも、私達は、イエス様、イエス様の愛と慈しみを神様を知らない人たちに分け与えることができるようにとイエス様から力と勇気をいただいているのです。 何年か前、まだ両親が健在の時、母の姉、私の伯母が病気で寝たっきりになっていたのを知って、伯母のお見舞いに行ってきました。会話の中で伯母が「豊さん、あなたのお母さんはいつもあなたが近くにいないで寂しく泣いている時があるのよ。あなたのお母さんを大切にして上げなさいね」と言われました。私の母は自分の子供、孫たちといつもいっしょにいたい、その気持ちはよくわかります。 しかし、ここアメリカにいて、私は私の父と母をみなさんの中に見るのです。私の兄弟、姉妹もこの中にいるのです。多くの皆さんも、長年日本から離れて、寂しい思いになることがあるでしょう。その中で、私達が主に在って兄弟、姉妹であること。お父さん、お母さんであること、息子、娘であることも知ってください。私達は家族です。 あなたの苦しみは私達の苦しみ、あなたの喜びは私達の喜びです。あなたの悲しみは私達の悲しみです。それが私達の中でわかちあうことができるようにイエス様は望まれているのです。イエス様に従う生活は難しい。しかし、イエス様は何時も私達のまん中にいてくださっているのです。 私達を愛してくださっているのです。その愛をまだイエス様を知らない人たちに、知らせたい、私たち自身が、イエス様の愛を着て隣人と関係をもってゆく。それが私たち、イエス様に従う者の生きる人生です。アーメン。  “The cost of following  Jesus”  Grace to you and peace from God our Father and the Lord Jesus Christ.  Amen. It has been almost 2 weeks since the Olympic games are over and I am missing the excitement of the Olympic games.  I wonder if anyone remembers some of the names of the Japanese Olympic  athletes in the past.  Men’s gymnast Kouki Endo, women’s volleyball team player Nichibo-Kaizuka, Marathon runner Yukihiyo Tsuburaya.Back in 1964, I had an opportunity to observethe swimming competition in the Tokyo Olympic games when I was 12 years old.  Some of you remember the back stroke swimmer Satoko Tanaka who was the Japanese hopeful to become the gold medalist. I knew Americans and Australians were taking much about the gold medals already.  But the Japanese were hoping that Satoko Tanaka will get the gold medal on the backstroke competition.  There was a young freckled face of the 16 year old American girl who was also competing in this event.  She was an American girl from California who had just turned 16 years old a few months ago.  And the race is about to start. Get…

Tweet 週報通算番号#1224W  (日本語) 2012 8 26W 週報通算番号#1224E (英語 ) Sunday English Bulletin 1224E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet マタイによる福音書5章1-12節「本当の幸せ」 “True Happiness” 私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。 私は昨日まで家内の実家の Pennsylvaniaにナンシーのお父さんの一周年忌の礼拝に行ってきました。家内は7人兄弟、姉妹の一人です。それぞれの家族が孫たちもふくめて22人集まり、お墓参りをし、その次の日にデラウエア州のあるRehoboth Beach に5日間行ってきました。ナンシーのお母さんは今独り暮らしですがやはり、家族でいることがとても楽しい、でも連れ合いのご主人が先に召されたことに慣れるまではしばらく時間がかかるでしょう。 私の母はもう自分の家で生活ができなくなり、父と共に老人ホームに入ってもう8年経ちます。「お父さんこのごろ見てないけどどうしたんでしょう」とこの2月に会いに行った時、ちんぷんかんぷんのことを言います。弟も住まいは大阪なので母と会う機会も余りないようですが、私の従兄弟の世紀子さんが週に2回母を訪ねてくれているのに感謝します。教会の牧師さんと奥さん、婦人会の友達が良く母を見守ってくれているのを知って本当に感謝です。私の母は記憶力がずっと落ちていますが、母が6歳の時、腸チフスで亡くしたお母さんのことを子供に戻ったように尋ねてくる人に語るのです。母にとって自分のお母さんを6歳でなくした悲しみが今でも続いているとは、いくら記憶力が落ちていると言われても人間の頭と心は本当に複雑で、それを作られた神様は本当に偉大な方です。 前置きが長くなりましたが、今日の聖書の箇所はマタイによる福音書の5章1-12節で、イエス様が山上の垂訓の中に説いた福音です。これは英語ではBeatitudeと呼ばれその意味は、Supreme Happiness, 最高の幸福です。人間は誰でも、「幸福の追求」を人生の中で求めて生きるのではないでしょうか。 私がまだテキサスのダラスの教会で牧師をしていた時、友達の会員から新しく出版された本をいただきました。この本について3年ほど前に話したことがありますが、Robert Fulghum さんという人の書いたこの本は、題名が“Everything you want to know, you learned in Kindergarten” という、アメリカのベス・セラーになった本で、私達が何かをする時、どのような生き方をするべき、それらのすべては、すでに幼稚園で学んでいる時に分かっているというのです。その幾つかを例を紹介しましょう。 Share everything.  すべてのものを分かち合いなさい。 Play fair.  公平な精神を持ちなさい。 Don’t hit people.   人をぶったり、蹴ったりしないこと。 Put things back where you found them.  使ったものは元に返すこと。 Clean up you own mess.  自分でちらかしたものは自分でかたずけなさい。 Don’t take things that aren’t yours. 自分の物でないものを取って自分の物としない事。 Say you’re sorry when you hurt somebody.  誰かを傷つけたら、「ごめんない」とい言いなさい。 Wash your hands before you eat.    食事の前に手を洗いなさい。 Flush.  トイレで、おしっこ、うんこの後、水を流しなさい。 Warm cookies and cold milk are good for you. 暖かい、 出来立てほやほやのクッキーとミルクはおいしいよ。 Don’t speak when you are mouthful. 口の中がいっぱいの時、話さないこと。 Live a balanced life – learn some and think some and draw and paint and sing and dance and play and work every day some.  バランスの取れた生活をしましょう。それは、毎日、何か習いましょう。何か文を書いたり、絵を描いたり、歌ったり、ダンスをしたり、お母さんのお手伝いをしたり。 Take a nap every afternoon. お昼寝をするのはいい事。 When you go out in the world, watch out for traffic, hold hands and stick together.  外に出る時、交通状態を良く見て、手をつないで、一緒になって道路を渡りましょう。 Be aware of wonder.  Remember the little seed in the Styrofoam cup:  The roots go down and the plant goes up and nobody really knows how and why, but we are all like that.  素晴らしいことがおこっていることに気がつくように。たとえば、スタイロー・カップの中の土に埋めた種。根は土の中に、芽は土から出て、上に上ってくる。誰がそれを教えたんでしょうか? Gold fish and hamsters and white mice and even the little seed in the Styrofoam cup –they all die.  So do us.  金魚もハムスターも白いねずみも、スタイロウ・カップに中の種から出た芽もいつかは死ぬか、枯れてしまう。私達にもこの世での人生の終わりの時がいつか来るのです。 さて、これらの事を聞いて次のイエス様の言葉を思い出した方がいらっしゃるでしょう。マタイによる福音書19章13-15節にこう書いてあります。 イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れてきた。弟子たちはこの人たちを叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。私の所に来るのを妨いではならない。天の国はこのような者たちのものである」。 皆さんに質問があります。皆さんの中で、私達が行ったこと、自分勝手の生活をしてきた中で、他人のことを省みることなんてとんでもないと考えたことがありますか?自分中心の行き方を批判しているのではありません。私達一人ひとり、自分がかわいいのは確かです。しかし、そんな私達にイエス様はこう言ってくださるのです。 「あなたは、自分がどれだけのよい事をしたから私に近づくことができる」とお思いですか。自分の業績をつむことによってのみ私の所に来ることができるとお思いでしたら、その考え方を捨てなさい。私の所に近づきたいと思うあなたの心は分かります。私の所にきたい人は私に、自分の寂しさ、悲しみ、惨めさをあなたの祈りの中で語りない。忘れないでください。私はあなたを裁くためではなく、救うために来たのですよ。私は赦されたいと思うあなたを必ず赦します。心の重荷を軽くしてあげましょう。私の福音を受け取ることのできるあなたに私のとこしえの愛を分かち与えます」と。 もし幼子が、「イエス様、私のお祈り聞いてください」と祈れるのなら、私達、神様に賛美の祈り、また私をあなたの胸に抱きしめてください、私にあなたの愛を示してください」と祈れるはずです。私もこの説教を今書きながら、皆さん一人ひとりを心に留めて祈っているのです。それが牧師が羊飼いようにさまよう羊を愛し、面倒をみてあげることなのです。百匹の内のたった一匹の羊が迷子の時も、その一匹を探し求める神様、この神様を信じることのできる私達は幸福です。 最後に今年の修養会に来てくださった中村先生の教会からのニュース・レターに書かれた、Smile という題の文章を紹介しましょう。聞いてください。質問があり、その答えになる言葉は何でしょうか。   私達を悩ますものとは・・・・・心配ごと 最も素晴らしい喜びとは・・・・・人に何か必要なものを与える、わかちあうこと 最も悲しい出来事とは・・・・・自尊心、Self-respectをなくしたこと 最も満足できる仕事・・・・・人、他人を助けること 最も見苦しい人間の特徴・・・・・わがまま 大きな問題を乗り越える時の敵とは・・・・・不安、恐れ、心配事 一番効果のある眠り薬とは・・・・・Peace of mind 人生の中で一番強い力とは・・・・・愛、Love です 世界一番のコンピュウターとは・・・・・私達の脳みそ これがなくして生きてゆけないものとは・・・・・希望 世界で一番怖い武器とは・・・・・舌です 一番力強いCommunicationとは・・・・・祈り   私達の惹かれる精神とは・・・・・人が人生の中で示す、いい意味での熱狂的な思い、英語で言う、Enthusiasm です。   ところでEnthusiasm という言葉は In theos, 神様がそこに宿る力、精神状態を言うのです。 Happiness、幸福とは行き着くところをいうのではありません。それは今のこの状態を神様に感謝することのできる、神様私達をいつも愛してくださってありがとうと言える心構えを持つことではないでしょうか。神様にいつも愛されて生きている私達は神様、イエス様からいただいた愛をみんなと分かち合う、それができるところに神の国が私たち自身の目で見ることができるのです、感じられるのです。 ですからイエス様の私達に下さった「お互いを愛し合いなさい」という言葉は私達が毎日の生活の中で実行しなければならないキリスト者としての戒めなのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet ヨハネによる福音書6章51-58節 「ただの食事を求めて」    “In search of a  Free Meal” 私たちの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安が皆様の上にありますよう。アーメン。 これは皆さんが経験した事と思いますが、誰かがあなたから何かを貰いたい、手伝って貰いたいという前に、何か急に親切になったり、あなたを褒める様なことを云うことを思い出しませんか?これは子供だけでなく、大人も同じ事をするのです。 自動車のdealer は、皆さんに自分たちの車を買ってもらいたい、その手段として、手紙を送るのです。手紙の内容は、「新しい車が入りました。性能のいい、効率のいい車です。是非テスト・ドライブしてみてください。同封の手紙に中に見つけられた鍵を忘れずに持ってきて宝の箱があなたの鍵で開いたなら、新しい車は、ただであなたの物となりますよ」と。初めから新しい車があたるなんて、考えたこともありませんが、もしかして今回は当たるかもと期待したこともあるはずです。でも良くあることで、初めから当たる鍵など誰にも送られてないのでしょう。そのような時、また引っかかったかと不愉快な気持ちになったことを覚えているでしょう。 イエスから何かを頂きたい、して欲しいと多くの人が、イエス様の元に来たのですが、実際にはイエス様から何か食べるものをいただいてお腹を一杯にしたいとの思いで慕ってきた人も多くいたはずです。しかしイエス様は心の底から、私たちがイエス様の所まで来なさいと呼んでくださっているのです。私たちはイエス様、神様から、物質的なもの、精神的なものを求めることは昔も今も同じではないでしょうか。 しかし、ある人たちはイエス様に従うことにより、物質的な欲望を満たす望みを抱くのです。よくテキサスにいたとき見た日曜日のテレビ、ラジオによる礼拝の中で、こういう言葉が何回も繰る返して言われていたのを思い出します。というのは、「もし誰かが物質的なものを求めるのなら、イエス様に従いなさい」と。「イエス様に従う人は、必ず神様の祝福を受けるのです」と。言い換えるなら、「もし誰かがイエス様に従うようになったのですが、まだ経済的にも物質的にも恵まれないものは、神様に対しての信仰が弱いからだ」と言うのです。 イエス様の弟子たちもイエス様について行くことによって大きな祝福を受けていますが、経済的な、物質的な恵みは非難されることはなくとも、経済の安定していない人たちは神様から祝福されていないと考えることは私たちにとってとても悲しいことです。 自分の腎臓がもう役目を果たしていない、一日ごとに4時間にわたる透析をしている竹馬の友がいます。お酒が好きで、若い時はビール、ウイスキーの飲みすぎで体を壊し今でこそ後悔していますが, その彼と、私が日本に帰った時はいつも会うことになっています。彼の親父さんは大手の信託会社の重役でしたが、お父さんをもう35年前に亡くされ、話の中で、「もし親父が生きていてくれたらなー」との言葉が何回も出てきます。私も父を亡くし時々寂しい思いになりますが、そんな時、父は神様の身元に今いるんだとの確信を持っています。この頃はもう23歳になる息子のアンドリューと聖書のいろいろな話について会話ができるようになりました。それも彼自身が、イエス様の人々に対しての慈しみと哀れみを聖書の中で読み取ることができるようになったからです。しかしそれ以上に、親と子の関係を深めることができるようになったことを神様に感謝するのです。 私はこの教会に来てからもう3年半の時間がすぎました。お互いの信仰を分かち合う大切さを神様の恵みとして受け取ることができるようになりました。私たちの信仰の一番大切なことは、愛されるということと愛することは同時に起こる、私たち人間にとってなくてはならない人生の基本であるということです。 今日の主題である「ただの食事を求めて」がどのように今のメッセージにつながるかは皆さん自身で考えてください。 私の家族は一足先に家内、ナンシーの父がなくなって一年目の礼拝をペンシルベニアでおこなっています。今夜、夜行の飛行機で、私も、Nancy の実家に行ってきます。彼女は7人兄弟姉妹の一人でその7家族がみなNancy のお母さんをかこんで過去から、未来のことを話し合うのです。そこに神様の支えと導きが見出されると信じます。 私が良く質問される信仰について何回も説教の中で話してきましたが、信仰は自分で作り出すもの、一生懸命信じることが信仰だと思っている人が多くいます。キリスト教で言う信仰は神様のギフトなのです。というのは私たちが信仰を作り出すのではなく、神様、イエス様自身より私たちは信じる心を頂いているのです。 それでは私たちは、操り人形みたいですね。自分の思いで神様への感謝もできないのですかと聞かれたことがありました。神様に感謝するとは、神様を私たちの救い主として認めることです。それは赤ちゃんとお母さんの関係の中でも見出されるでしょう。赤ちゃんは皆さんが気がついている以上に自我、自分の欲しいものを、して欲しいものを求めるのです。おしめを取り替えてとは云えないまでも泣くことによって、「おなかがすいたよ」も同じく泣くことによって満たされること、抱かされることで安心してお母さんの腕の中で眠ることができるのです。 信仰を持つ。イエス様という神様を信じ、イエス様の愛の精神で私たちが生かされているのは本当に幸福です。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 週報通算#1223号 (日本語) 2012 8 19W   週報通算#1123E号 (英語) Sunday English Bulletin 1223E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 週報通算1222号 (日本語) 2012 8 12W   週報通算1222号 [英語) 2012 8 12 1222E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet ヨハネによる福音書6章24-35節「信仰の働き」    “The Work of Faith”  私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなた方にあるように。アーメン。 皆さんの内、夏休みに家族、日本からのお客さんを連れて、Las Vegas、或はGrand Canyon に行かれたことのある方がいらっしゃると思います。それが春、または秋なら良いのですが、夏の半ばに行って、あんな熱い所には二度と行きたくないと思われた方もいるでしょう。Las Vegas の8月の昼間の平均温度は華氏で108度といわれています。 しかしアメリカの中で一番暑い所はこのCalifornia のDeath Valley と言れる砂漠地帯です。1913年の7月10日に、ここでアメリカの一番暑い日を記録、温度は華氏の134度でした。このDeath Valleyは名前のとおり、過去に何百人もの人が、水を持たなく道を間違えてさまよい命を落としたところです。また、このDeath Valley は、第二次世界大戦が始まったすぐ後、日系アメリカ人が、強制的に連れて行かれたキャンプの一つであるManzanar からそんなに遠くはありません。ということは、4年にわたる強制キャンプの生活は信じることもできないきついものだったのです。 今日の説教はそのように熱い砂漠の中で水を求めてさまよった一人の男の話からはじめます。聖書の中に、いくつか砂漠の中での井戸の話がありますが、イスラエルの国は70%の領土が砂漠地帯ですから水の大切さを良く知っています。聖書に出てくる井戸は皆さんの想像するバケツに縄が付けられていて、それが滑車につるされているものです。昔、水道がまだなかった時代に桶に水を入れて家まで持ってくる仕事は女の人の仕事でした。日本人になじみの深い井戸は殆どにふたがついていて実際には水が見えません。私の育った家は父の両親と私の両親の二世帯の家でしたが、そこにも手動ポンプがありました。私の祖父が、地下水を汲む時は、必ず差し水をしなさいと言われたことを思い出します。 さて前置きが長くなりましたが、水を求めてさまよった男は幸いにも井戸にたどり着き、さっそく水を汲もうとしたのですが、このポンプのハンドルにはこう書いたノートがついていました。「ポンプの右脇に水を入れたボトルが埋めてあります。その水は飲んではいけません。その水の半分をポンプの乾いた革のベルトにかけなさい。皮のベルトが柔らかくなったら、今度は残ったボトルの水を差し水としてポンプに注ぎなさい。そしてゆっくりとポンプのハンドルを上下に動かしなさい。心配しないで大丈夫。そのうち水は出てきます。」 この砂漠でさまよった男、のどが渇いてふらふらになっていたかもしれません。そこで井戸を見つけ、そこにあったノートからボトルに入っている水が地面にかくされているのを知りました。そこを掘ってボトルが出てきた時、これこそ命の恩人だといってボトルの水を飲み干したかったかもしれません。しかしノートに書いてあることを一つ一つ、そのとおりに行うことで、彼は唯一のボトル以上の水に預かることができ、また水をいっぱい入れたボトルを地面に埋め、彼の後にこの井戸に水を求める旅人を思ってよき行いをすることができたのです。私たちがこの旅人であったなら同じ事をしたと信じます。祝福を受けた者は祝福を与えることのできる者にならなければなりません。 この話は今日の福音書に書かれていることに繋がるのです。というのは、私たちにとって聖書の言葉、神様の福音は私たちの命の糧であるからです。特に私たちが疲れきった時、悩み、悲しみに沈んでいる時、神様の言葉は私たちを力ずけて下さるからです。聖書の中に出てくるさまよう羊はまさに私たちのことで、私たちは私たちを見守ってくださる神様に聖書の中で出会うたびにイエス様に感謝をするのです。 さて今日の福音書に、群衆の中にいた誰かが、イエス様にこう言いました。「神の業を行うためには何をしたら良いでしょうか」。イエス様の答えは、「神がおつかわしになった者を信じること、それが神の業である」と。 これは私の経験ですが、「神様を信じることができるようになるには、また、神様に愛されるようになるためには、何をしたら良いでしょうか」という質問は、日本人だけでなく、すべての宗教の信仰を求めている人に共通です。日本人の多くは、何かをすること、それは山にこもって、または、滝に打たれて祈り続けること、お寺、お宮参りをすること、また、善行、それは良き行ないをすることで、神様から認められる、喜ばれるということです。 世界中のすべての人が、他人、隣人のために尽くすことができるようなれたら、それほど素晴らしいことはないでしょう。そうすれば、戦争もなくなり、餓死する人たちもいなくなるはずです。しかし、キリスト教でいう救いは、私たちの自分の善行によって神様からいただくことのできるものではありません。神様が、世界のすべての人を救うために、この世にこられ、ご自身が私たちの罪を背負い、十字架による死によって救いの約束をくださったのです。 キリスト教で言われる救いはすべての人に約束されているのです。天地を創造された神様が、長い人間の歴史、それも、ユダヤ人の歴史を通して私たちに示してくださっているのです。聖書はとても大きな本で、短編小説のように一日で読めるようなものではありません。しかし天地を創造された神様は、私たち人間を神様のイメージをもって造り、お互いが、愛し合って生活できるような精神を私たち一人ひとりに与えてくださったのです。聖書は一言で言えば、神様の私たちにくださった Love Letterなのです。 イエス様はこの世のすべての人に神様の愛を知って欲しいのです。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 神が御子を世につかわされのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである」とヨハネによる福音書に書いてあります。  英語で言うなら、Salvation is free gift, handed over to us by God with no strings attached.  私たちは無条件で神様から救いの約束をいただいているのです。どうも無条件でという言葉の裏に何かあるのではないかと思われているようですが、救いの約束は自分の意志で、できるものではありません。神様に頼る、神様を信頼することのよって初めて私たちに与えられていることを知るのです。私のフィラデルフィア時代の友達であるハイソン牧師がこのことを何年か前、次の話の譬えで語ってくれました。それを紹介しましょう。  あるクルーズ・シップが、一週間にわたる太平洋の航海を終えて、霧に包まれたSan Francisco Bayに入ってきました。デッキに出ていた人たちは期待していたGolden Gate も、アルカトラズも何も見えません。それなのに、このクルーズ・シップはなんと全速力で走っているのです。これを心配したクルーズのお客さんたちは、一等航海士に言いました。「何も見えないところでスピードもおとさず、事故を招くようなことを何故するのですか?」一等航海士はこれに答えて「船はキャプテンの指図で安全に航海しています。心配することはありません。キャプテンのいるデックは船の一番高い所で、そこからはすべてが見えるのです」と。同じように、神様は、高い所から私たちの霧の包まれたような人生を見つめていてくださっているのです。神様は私たちを愛する神様です。私たちの人生に祝福を与えてくださる神様が、私たちのパイロットであると信じ、神様に従う人生を共に助け合って生きてゆきましょう。アーメン。   John 6:24-35  The Work of Faith May God our Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.  Amen. You may remember the following story I shared with you a couple of years ago.  It’s a story of a traveler who came to the dry well in the midst of the desert. You have probably heard that the hottest temperature recorded in the United States is Death Valley in the summer that is about 150 miles North East from us.  Many of you experienced hot weather of Las Vegas or Phoenix on your summer vacation, but the small city of Furnace Creek in Death Valley recorded 134 degree temperature on July 10th 1913.  No wonder people get heat stroke by just visiting Death Valley for just a few hours.  By the way, one of the Japanese internment camps during the World War II is called “Manzanar” and this was also located not so far from Death Valley.  I cannot imagine the suffering these Japanese Americans experienced in this kind of extreme weather. The following story is what I used a couple years ago in my preaching.  Some of you may remember.  This is a story of a man who arrived…

Tweet 週報通算#1221W号 [日本語) 2012 8 5W 週報通算#1221E号 [英語) 2012 8 5 English Bulletin 1221E   Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]