Archive for November, 2013

Tweet LCR日本語部週報通算#1283号 2013年12月1日の週報 (日本語) LCR日本語部週報通算#1283E号(英語) Sunday English Bulletin 1283E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 今年の11月28日は、サンクスギビング(感謝祭)の祝日。感謝祭にふさわしい詩編100編をぜひ読んでみよう。    詩編 / 100編 1:【賛歌。感謝のために。】全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。 2:喜び祝い、主に仕え/喜び歌って御前に進み出よ。 3:知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民/主に養われる羊の群れ。 4:感謝の歌をうたって主の門に進み/賛美の歌をうたって主の庭に入れ。感謝をささげ、御名をたたえよ。 5:主は恵み深く、慈しみはとこしえに/主の真実は代々に及ぶ。 復活ルーテル教会では、礼拝のはじめに讃美歌21の5番をよく歌うが、まさに詩編100編がそのまま讃美歌になっている。この感謝祭を過ごし、これからクリスマス、そして、新年に向かっていく中で、ごちそうを食べられる方はごちそうをいただく中で、家族をはじめ、いろいろな方々に様々な手段で感謝の意を表す季節だと思う。しかし、この詩編の100編を読み、あるいは讃美歌21-5を歌い、ぜひぜひ、わたしたちを造られた神、恵みふかく、とこしえに憐れんでくださっている神への感謝を忘れないようにしよう。   感謝祭近くになると、「ハッピィ サンクスギビング」という言葉をかけあう。 昨日、復活ルーテル教会と同じ、アメリカ福音ルーテル教会に属する一教会で、会計を担当してくださっているボブさんという方と電話で話していた。そして、仕事の話が終わり、「ハッピィ サンクスギビング」という言葉をしゃべって電話を切ろうと思った。通常であれば、「サンキュー、ユー、too」という言葉が返ってきて電話を切ることになるのだが、そうではなかった。 かなりこみいった会計処理の問題を話していた電話で、結構な長電話だったが、さらに時間を延長して話をするというか、話を聞くことになった。  というのは、奥様が今年亡くなられたとのことで、45年間必ず妻といっしょに感謝祭を過ごしてきたのに、今年は過去46年中、初めて妻のいない感謝祭を過ごすということだった。 私は彼のことを教区の集まりなどで、過去数回話したことがあるだけだったので、彼自身のことをそれほど知らなかった。それでも、奥様のことは何度か話にでてきて、少し知っていた。彼は敬虔なルーテル教会の信者であり、奥様は敬虔なカトリック教会の信者であるということだった。  電話を切ってからも、いろいろなことが気になった。カトリック教会がルターを破門することになるきっかけである「95カ条の論題」が1517年に書かれて、つまり宗教改革が始まって、今年は496年目にあたるはずだ。すると、ボブさんご夫婦が金婚式、結婚50年を二人で迎えることができれば、それは同時に宗教改革500年ということになったはずだ。カトリックとルーテルの一致の問題は、毎年、カトリック教会とルーテル教会のそれぞれの委員が集まって話しているが、ボブさんご夫妻のように、生活面では46年前に一致して来られた方もいるということを考えた。 さらに次のようなことも考える。この感謝祭の当日、ボブさんと同じように、なかなかハッピィという気持ちにはなれずに、いや涙のなかで、この感謝祭を迎えている方がいる。数日前に日本から早々と喪中の葉書が届いたが、私はアメリカの感謝祭の過ごし方と日本のお正月の過ごし方は、家族が集まるという点で似ていると思っている。 そうなると、ボブさんが電話を切ろうとする間際に、奥様が亡くなった話をされたことは、いわば、喪中宣言をされたようにも思える。いずれにしろ、ボブさんばかりでなく、いろいろな事情から、今年のサンクスギビングを、あるいは今年のサンクスギビングもお一人で過ごされている方々がいることを覚える。 そこに、詩編100編5節にあるように、主の恵みが豊かに、そして慈しみが永遠に注がれている。”Thanks be to God” 「感謝は神に」 アーメン  Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet Christmas Party Invitation 2013 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet ルカ 23:33-43 主イエス・キリストの恵みと平安が集まりました会衆の上に豊かに注がれますように。アーメン 東日本大震災では、あの津波のために、生と死の瀬戸際を体験し、自分はぎりぎりで助かったが、肉親が波にさらわれた経験をされた方々がいる。 そのような方々どれほど悩み、苦しんでおられるか、復活ルーテル教会に来られた立野先生の説教を聴き、われわれにも伝わってくる。  礼拝のためにすばらしい作曲を毎週し続けたヨハン セバスチャン バッハは1歳になるまでに二人の兄姉が亡くなり、6歳の時にもう一人兄を亡くし、9歳の時に母親が亡くなり、10歳にして父親とも死別している。当時としては珍しくなかったのかもしれないが、子供ながらに悲しみのどん底を体験した。 そのような体験は、バッハの信仰成長と彼の音楽に関する才能に大きな影響を与えたことは間違いないと思う。今日の礼拝の始まる時に聞いた前奏曲はバッハの作曲でイエスが十字架に向かう時を表現している。わたしたちは、そのバッハの音楽を聴く中に、言葉では表すことのできないイエスの御苦しみを感じ、またその音楽が自分たちの死に対する思いや備えにも影響してくると思う。 私たち、この世で生きている者として、この礼拝に集められているが、先に天国に行った聖人たちもこの礼拝に加わっていることを覚えていて欲しい。また、わたしたちにも、この世の死が訪れるということも忘れてはならない。今日、キリスト教の暦では今年度の最終主日にあたり、「王であるキリスト」という主日の礼拝が与えられている。 この礼拝は、この世の死と言う、いわばどん底と思えるような時が、主イエスキリストの信仰により、大逆転することを覚える礼拝ともいえる。  与えられた聖書箇所、残虐な光景が描写されており、もしその場にいたとすれば目を背けたくなる場面である。同じ人間が、どうしてこんなにも残酷になれるのか、首をかしげるような人間の行動がある。 兵士たちに十字架に釘付けにされ身動きができなくなったイエスを民衆が見つめるなか、議員と呼ばれる人々が、「他人を救ったのだから、自分を救ってみろ。」だとか、兵士たちは吸いぶどう酒を突きつけながら「ユダヤ人の王なら自分を救ってみろ。」という言葉が投げかけられ続ける。 また罪人の一人は、「天国も地獄も無い。どうせ私は十字架で死んでおわりだ。」という気持ちだったのだろう。そして、投げやりに「もし救い主なら自分を救って、わたしたちも救ってみるが良い。」という言葉を投げかける。 イエスは絶望といえる状況だったが、神と対話し、人々への愛と慈しみをあらわされる。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」といわれる。 そこには、この世的には絶対絶命の状況でも、イエスは父なる神への信仰をあらわされると同時に、自分を十字架につける人々への赦し、愛を示される。 もう一人の罪人は、イエスキリストが何も悪いことをしていないのに、十字架につけられるということを述べ、あなたが御国においでになるときに、私を思い出してくださいという。 すなわち、イエスへの信仰告白をしているといっても良い。その信仰に対して、イエスは、今自分といっしょに十字架上で死んでいく罪人に向かって、現在形の言葉を使って、次のように語る。「あなたは今日、わたしといっしょに楽園にいる。」 この、「あなたは今日、わたしといっしょに楽園にいる。」という言葉は、2000年前の罪人だけではなく、私たちもこの言葉は聴いている。いったいどんな意味があるのだろうか。  冒頭に述べたように、私たちは、肉親、知人の死を経験し、そして私たち自身もこの世の死を体験する時が必ずくる。 それは、何歳の時かはわからないし、バッハの家族やバッハ自身もそうであったように病による死かもしれないし、東日本大震災とか、フィリピンの台風のような自然災害かもしれないし、とんでもない事故とかテロとか戦争によって殺されてしまうことが起こるかもしれない。  しかし、この世の死がどのような形で訪れようが、その時に、救い主イエスという主なる神が、いっしょにいてくださることを覚えているように、そのようにイエスが教えてくださっているように思える。  洗礼を授かり、定期的に聖餐にも授かっている私たちは、どのようなこの世の死を迎えようが、十字架の死をもって死を滅ぼされたイエスといっしょに、楽園にいることができる。その楽園とは、「死」が入り込む余地がない園。 どんな困難や苦難にも打ち勝ち大逆転が起こり、楽園にいる。キリストの信仰により、つまり、父と子と聖霊の御名によって、水と言葉による洗礼を通ってきた者は、キリストとともに今、楽園にいる。 アーメン。 ”From the Depths of Despair to the Heights of Paradise” Luke 23:33-43 May the Lord give us your grace and peace in the name of our savior, Jesus Christ! During the 2011 Tohoku Earthquake and Tsunami, there are people who experienced the tenuous border between life and death. Especially people who experienced the deaths of their families only because they were a few inches within the safe zone and their families were just a few inches outside the safe zone; survivors are still feeling that they are in the depths of despair. Pastor Tateno came here to share such stories and we learned about their heart-wrenching (yet hopeful) experiences. Johann Sebastian Bach’s older brother and sister died when he was just 1 year old. When he was 6 years old, another brother died. Then, at the age of 9, his mother died and, at the age of 10, his father died. Although an early death might not have been very rare at that time, I feel that Bach experienced more hardship than most when he was very young. I believe that these experiences, during his formative years, greatly impacted his faith development and his abilities to make wonderful worship music. And through his music, I believe that God is also impacting our awareness about and attitude toward death. Through Bach’s music, we reevaluate how we feel about death. All of us are invited to…

Tweet 週報通算#1282号 (日本語) 2013年11月24日の週報 週報通算 #1282E号(英語) Sunday English Bulletin 1282E え Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 今週読む詩編は46編。お葬式で一番よく読まれる詩編23編などとともに、たまたま23という数字の2倍の46編も、とても有名な詩編。 二回は読んでいただきたいと思うし、また、人生において何かの苦難を経験した時などにおいて、ぜひこの詩編46編を読んだら良いと思う。   詩編 / 46編 1: 【指揮者に合わせて。コラの子の詩。アラモト調。歌。】 2:神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。 3:わたしたちは決して恐れない/地が姿を変え/山々が揺らいで海の中に移るとも 4:海の水が騒ぎ、沸き返り/その高ぶるさまに山々が震えるとも。〔セラ 5:大河とその流れは、神の都に喜びを与える/いと高き神のいます聖所に。 6:神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。 7:すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る。 8:万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。〔セラ 9:主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。主はこの地を圧倒される。 10:地の果てまで、戦いを断ち/弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。 11:「力を捨てよ、知れ/わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。」 12:万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。〔セラ この詩編に関係して、16世紀の宗教改革者マルチン・ルターのエピソードと、現代に生きる私の友人の牧師が経験したことを書きたい。  マルチン・ルターは、この詩編46編をもとに、讃美歌21の377番「神はわがとりで」(あるいはちょっと古い1954年にまとまった讃美歌の267番「神はわがやぐら」)を作詞作曲している。讃美歌をよく知る方々の間で、「好きな讃美歌は?」と聞くと、この讃美歌は上位に入ってくることが多い。ルターは16世紀の宗教改革の中心人物であり、意志の強い英雄のように思われてしまう面がある。しかし、カトリック教会の司祭であった彼が1517年に「95カ条の論題」を書き上げて発表した後は、カトリック教会からは破門されてしまい、多くの困難、苦難の中に立たされ悩みの中で、やむをえず宗教改革が遂行されていき、プロテスタント教会という大きな存在が形成されてしまったような面がある。ルターは1525年、41歳の時、同じカトリック教会の修道女だった16歳も年下のカタリーナと結婚している。カタリーナはとてもユーモアあふれる女性で、真っ黒な喪服を着てマルチンの部屋に入ってきて、冗談で「神は亡くなられました。」と話した、というエピソードがある。それくらい、マルチンルーターが落ち込んだような時があったようだ。しかし、マルチンは、自分の信仰がまるで神が死んでしまわれたようであったのかと、はっと気づかされた。そのような時、この詩編の言葉が彼に勇気を奮い立たせた様子が思い浮かんでくる。1527年から2年ほどかかって、詩編46編をもとにした、377番の有名な讃美歌が出来ていった。   私と同じように、会社勤めを20年以上したあと、5年近くかかって、一昨年牧師になった方がいる。彼女の人生も苦難、悩みの連続だった。17歳のときに、期せずして妊娠してしまう。彼や彼の家族には理解は得られないまま、男の子を出産する。「神はわたしたちの避けどころ、私たちの砦」という言葉がどれだけ彼女を助けたか。 数年後に高校時代の仲間で会うなかで、一人の男性と結婚する。夢あふれる結婚生活を始めるなか、彼の実家のあるメキシコに旅行する。若いご主人と、彼の弟が酔った勢いで喧嘩をはじめてしまう。なにを思ったか弟がナイフを握りご主人が刺されてしまう。救急車で病院に運ばれるが、結局、ご主人は死亡。その時も「神はわたしたちの避けどころ。」という言葉に慰められ、また生きて行く勇気が与えられる。現在、息子さんはもう30歳となり、彼女は、一教会の牧師になっている。 牧師である以上、困難はつきものだか、避けどころである神がいつも彼女に寄り添っている。  詩編46編の言葉そのものにしても、あるいは、讃美歌377番あるいは267番にしても、それらの言葉によってどれだけ多くの人々が励まされ、どん底の状況から回復したか、計り知れない。 最後に377番の一、二節の言葉を書き留める。 1. 神はわが砦 わが強き盾、すべての悩みを 解き放ちたもう。 悪しきものおごりたち、よこしまな企くわだてもて いくさを挑む。 2. 打ち勝つ力は われらには無し。 力ある人を 神は立てたもう。その人は主キリスト、万軍の君、われと共に たたかう主なり。 復活ルーテル教会に集っている方々、またそのご家族の中にも、困難、苦難の中におられる方々がいる。 そのお一人お一人に、神が砦となり、また強き盾となってくださっていることを祈りに覚えつつ。  Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 今週読む詩編は98編。今週も二回は読みたいと思う。一回目はこの詩編を、まず「窓」にたとえて読んだ場合、いつの時代かは特定できないが、ユダヤ教の礼拝で歌われている様子を窓を通して見るような感覚で、どのような光景が思い浮かんでくるか思いを巡らせてみよう。 そして、二回目は「鏡」にたとえられるか、つまり、その光景がまるで現代に起こっていることを映し出しているか考えよう。映し出しているとするとどのような光景に変わってくるのか、思いを巡らせてみよう。  詩編 / 98編 1: 【賛歌。】新しい歌を主に向かって歌え。主は驚くべき御業を成し遂げられた。右の御手、聖なる御腕によって/主は救いの御業を果たされた。 2:主は救いを示し/恵みの御業を諸国の民の目に現し 3:イスラエルの家に対する/慈しみとまことを御心に留められた。地の果てまですべての人は/わたしたちの神の救いの御業を見た。 4:全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。 5:琴に合わせてほめ歌え/琴に合わせ、楽の音に合わせて。 6:ラッパを吹き、角笛を響かせて/王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。 7:とどろけ、海とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものよ。 8:潮よ、手を打ち鳴らし/山々よ、共に喜び歌え 9:主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き/諸国の民を公平に裁かれる。 「窓」として読んだ時の光景? 「自然の中で主なる王を賛美する祭り」 この詩篇が歴史上、何の時代に書かれ、最初に歌われたのがいつかははっきりわからない。 しかし、1節で「主は驚くべき御業を成し遂げられた」と詠っている部分は、エジプトから40年あまりを経て、イスラエルの民がカナンの地へと定住した紀元前12世紀ごろのことを意味しているかもしれないし、紀元前6世紀にバビロン捕囚から帰還した時のことを詠っているかもしれないし、まったくことなる出来事を指しているかもしれない。あるいは、主イエス・キリストの降誕そして十字架上の死そして復活を預言して詠われているようでもある。 いずれにしろ、大切なことは主なる王(6節)が導いてくださって、その民として喜び、主を賛美しようと歌っている。 それは、主との交わりの礼拝の時ともいえるし、お祭りの時とも言えるように思う。 祭りと礼拝は、似ても似つかぬことのように思われてしまうかもしれないが、ともに神を賛美するという点では共通で大いに関係があると思う。そして、いろいろな種類の音が聞こえてくる。 人々の歌声や、琴の音、ラッパや角笛の音はもちろんだが、さらに、湖の波や川の流れの音、さらにはそれらの音が山々に反響してくる音なども、主なる王を賛美している。大自然の中で、屋外で行われる主を賛美する祭りの光景を思い浮かべる。   「鏡」として読む時の光景? 「新しい楽器を用いて新しい讃美歌を歌う」 復活ルーテル教会の礼拝では、毎日曜日に3回の礼拝が行われているが、よくよく考えてみると、すべて主を賛美する祭りでもある。また三回の礼拝では、実にさまざまな楽器が使われ、伝統的な讃美歌や近年作詞作曲されたプレイジングソング等々、さまざまな種類の賛歌が歌われる。第一礼拝はトラディショナルな礼拝でオルガンが使われているが、オルガンといっても、パイプオルガンの音色を出す電子オルガンが使われている。また第二礼拝は、何種類かのギターとドラム(ともに電子的に音を増幅している)、さらにピアノも使われる。 第三礼拝では、また、オルガンが使われ、時々、ピアノや弦楽器も使われ、日本語の讃美歌がたくさん歌われる。紀元前のユダヤ教の礼拝からしてみれば、数々の新しい楽器が使われているのは事実。そして、礼拝で歌われる讃美歌は、新しい歌も選ばれている。 これからも、さまざまな新しい楽器が使われ、新しい歌も歌われていくだろう。詩篇の中では、海の波の音や、山々の反響音も加わっているが、そのような音も、電子的に再現されて、礼拝で使われている場合もあるに違いない。 そのような光景を思い浮かべている。  最後に、詩篇98編で使われている「新しい歌」という言葉について触れたい。この言葉、詩篇33編、40編、96編、98編、146編、149編で使われている。 特に、詩篇40編では、私たちの口に、新しい歌が授けられたことが詠われている。そのほかの箇所では、ほとんど、新しい歌を歌おうと、呼びかけている。 主イエス・キリストの十字架と復活から約2000年の経った今も、イエスの生き様が多くの人々の心を動かし、洗礼へと導き、また聖餐礼拝へも導いてくださっている。 それに伴い、新たな主の救いを体験して、新たな讃美歌が主イエスの導きにより、世界のどこかで毎日、作詞作曲されている。バッハは礼拝の度に新しい曲を演奏していたらしい。 復活ルーテル教会では、毎週新しい讃美歌を歌うわけではないが、主イエス・キリストの福音により新しく洗礼をうけている方々が出るなかで、新しい歌も歌おう。   Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 半分ペンテコステ ルカ9章1-6   日本福音ルーテル大江教会牧師 立野泰博   「教会に青年が来ない」という悩みを聞いもう20年になります。毎年その言葉を聞きながら、「それはあたりまえ」だと思います。だからといって青年伝道をあきらめているわけではありません。いまのルーテル教会は、青年たちとの共感能力がかけていると思うからです。いったい若い人たちは何を考えているのか。何を求めているのかを知りたいと願っていました。  ある日の午前9時頃、私は東京の渋谷にいました。駅前では、右翼が沖縄基地問題を怒鳴り声で叫び、目の前では基地の地位協定反対の署名活動が行われ、両者はなじりあっていたのです。しかし、その中を何万とも言える青年たち、高校生たちが無関心に通り過ぎていきました。いろいろな若者がいました。茶髪、コスプレ、ミニスカートの高校生。いったい、この人達はどこへいくのだろうと考えていました。この青年たちは教会に興味はないだろうなと思ってしまいました。ところがその情景の中、駅前の大型スクリーンで「hello,again」(my little lover)という曲が映し出された時、なんだか安心したのです。  その歌詞には次ぎのような言葉があります。「自分の限界が どこまでかを 知るために 僕は生きている訳じゃない」。続けて「だけど 新しい扉を開け 海に出れば 波の彼方に ちゃんと《果て》を感じられる」と。きっと若者の中には求めている何かがあるのだと思うのです。「果て」が何かを感じている。感じているから何かに抵抗しながらいきているのかもしれないと。その「果て」に絶対者である神様を求めている。それに共感できない私たち教会がある。だとすると、どこかで共感するところを見いだせば共に歩めると期待できます。どこで共感するかを探しているのです。  さきほどの曲の最後のフレーズには、「君は少し泣いた?あの時見えなかった」とあります。きっと若者と呼ばれる本人たちも、共感すること、人の痛みに気づくことの難しさを感じているのでしょう。私は東日本大震災の救援活動の中にいましたので、多くの青年たちに出会いました。茶髪の子だって、ミニスカートの高校生だって、痛みに共感して被災地にまってきたのです。そこで、いいようのない苦しみに叫び声をあげていました。寄り添うことの痛みを共に感じました。そこから眺めたいまのルーテル教会はどうだろうか。その問いがあったから現場に戻ってきたのです。  東日本大震災救援のため2013年3月中旬に宮城県に入りました。多くの被災者に出会い、共に多くの涙を流し、笑い、共に耐えてきました。その原点になる出来事を思い出します。おばあさんが写っている写真がありました。彼女は津波から十日後、破壊され瓦礫に埋もれた小学校の前に座っておられました。横には赤いランドセルが二つ。津波に流されたお孫さんを捜しにきて、ランドセルを見つけたといいます。このおばあさんに対して何ができるだろう。何を語るか。なにもできない。おばあさんの痛み苦しみを担うこともできない。しかし、私たちは神様から派遣されてここにきている。イエス様は「何も持って行ってはならない」と言われた。いまの自分は何も持ってない。だからこそ寄り添うことしかできない。それもひとつのイエス様の身の置き方だと思いました。  ルカ9章1~6節までのテーマは「派遣」です。イエス様は十二人の弟子を呼び集め、イエス様と同じように「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった」その上で派遣されたのです。  弟子たちは、何のために「派遣」されたのか。もちろん悪霊を追い払い、病気をいやすため。また宣教してイエス様の弟子を増やすためです。しかし、それが本当の目的だったのでしょうか。イエス様は十二人を「遣わすにあたり」という言葉があります。具体的には何も持って行くなと言われています。「派遣」とは何か。それは、「素手のままで出かけ、神様の働きを示す」ことです。イエス様の御心のままに派遣され、イエス様からいただくみ言葉の力によって働くことです。そこにイエス様の存在を見いだすことなのです。何も持ってないからこそ、イエス様のみを見いだすことができるのです。 東日本大震災救援活動の中で一番衝撃的だった被災者の言葉は「もう許してください」という言葉でした。ある時、強い余震がありました。結構大きな余震でした。そのとき私はボランティアセンターの受付にいました。その時は津波警報が出ました。津波警報がでた時、雰囲気が一変しました。みんな大慌てで避難をはじめました。一人の女性は机の脚につかまってブルブルと震えておられました。そして、叫ばれました。「もう許して下さい!」と。普段であれば「助けて下さい」と叫ばれたはずです。しかし、彼女が「もう許してください!」と叫んだ理由はわかっていました。被災のときのことをお聞きしていましたかた。 あの日、彼女は子どもが熱を出したので市民病院にいてインフルエンザの治療していました。五年生と二年生でした。そこに、地震が来て津波警報がでたが病院の屋上にいたら助かると思ったそうです。ところが看護師さん達が「ここじゃ助からないから逃げろ」と叫んでいた。病院の高さは20メートル位あるのですけど。実際津波はそれを超えたそうです。大急ぎで車に乗り、山へ向かったのです。ところが途中で渋滞にはまったので車を捨て。娘を前と後ろに抱えて、山に駆け登っていったそうです。2キロはあるでしょうか。その時に津波がすぐそばに来ていました。必死になって山を駆け上がり、途中までで力尽きたそうです。その時に後ろを振り返った。黒い波と、瓦礫と叫び声とが一緒に押し寄せてきた。これでは津波にのみ込まれる。自分の命はいいけど、子どもの命は守らなければいけない。子どもの命が危ないと感じ、さらに力を振り絞ってあと五m登って助かったそうです。 その時に後ろを振り返ったそうです。何十人もの人達が流されていくのが見えたそうです。「助けて」と絶叫しながら流されていく。その中には親族も、友達も、顔見知りの人たちがいたのです。何もできずに座りこんでいたとき、二階だけの家が燃えながら流されていたのです。家の中が見え、自分と同じくらいの母親と子どもが抱き合って震えながら流されていったそうです。実はそれは娘の同級生の親子でした。彼女はその人たちになにもできなかった。自分はその人たちを見捨てた。震えながら見ているだけしかできなかった。 僕らはそれを見捨てたとは思わないです。けれど彼女にしてみれば、何もできなかったことが彼女の心の中にあり、毎日その夢を見るのだそうです。もう2年半もたつのに、今でもその夢を毎日みるといいます。子どもとお母さんが燃えながら流されていく夢を見る。そういう苦しさの中に生きている人が余震の中で「もう許して下さい!」と叫んだのです その叫びに応えることができるのは神様しかいないということを知っています。神様は必ず許してくださる。すでに許しておられる。でも彼女にそれをどう伝えたらいいのだろう。キリスト者として私は何を伝えるべきなのか。信仰者として、また牧師としての私の課題です。許しを与えるのは神様しかいない。私はもう自分を許してあげていいと思います。けけど、彼女にとってはそうではない。「もう許して下さい」って言葉に、ルーテル教会救援はどう寄り添っていくかを考えなければいけない。それは彼女だけではないのです。苦しみ、痛みを持ちながら叫び生きていくことに、どう寄り添っていくか。しかし、そこにはイエス・キリストがおられる。イエス様がきっとその人たちに寄り添っておられるそのことを伝えるために私たちを派遣してくださっているのです。イエス様が被災者のとなりに寄り添っておられる。だから私たちもそこに寄り添い続けていくのです。  先週も伊藤文雄牧師と被災地巡礼と祈りの旅にいってきました。「もう許してください」と叫んだ彼女とも再開しました。彼女はいま自分の残った家の1階を改装して、シルバーカフェを開く計画を立てていました。津波で家族を流され一人ぼっちになったおじいさんおばあさんが一緒に食事ができるカフェを考えているのです。少しのお金をいただいて、毎日みんなで食事をして一つの家族となるコミュニティーをつくろうとしています。彼女は「私も先生たちボランティアに寄り添っていただきました。それがどんなに生きる力になってきたか。今度は私がもっと苦しみ痛む人に寄り添うことができればと思って」と。寄り添っていただいたぶん、自分が自立して寄り添うのだと。痛み苦しみを経験した彼女だからできる寄り添いがあるのです。  LCR日本語部は宣教25周年を迎えました。心からお祝いします。これまでも多くの人たちがここに集い、ともに痛み苦しみと寄り添ってこられたことでしょう。皆さんにしかわからない痛みもあったことでしょう。しかし、イエス様は皆さんに寄り添い聖霊を注いでくださいました。  ペンテコステが50なら、この日本語部に聖霊が注がれて半分ペンテコステです。ですからまだまだあと25年は聖霊が降り注がれ、守られ、生かされ、大きなペンテコステまで導かれることでしょう。まだ半分。これから祝福された半分がはじまります。イエス様は今日もかたわら寄り添っていてくださいます。私たちの歩みは、イエス様によって祝福され、聖霊を注がれ、さらに前へすすんでいきます。大江教会も共に交わりを深めながら、お互いに寄り添って成長する教会となりますように。アーメン。 Japanese Ministry 25th Anniversary Commemorative Service One Half of Pentecost Rev. Yasuhiro Tateno – Japan Evangelical Lutheran Church – Ooe Church, Kumamoto, Japan “Young people do not come to church.” It has been 20 years since I began hearing this comment. Whenever I hear this comment, I say to myself, “Unfortunately, this is the norm (these days).” It is not that I have given up entirely on evangelizing the youth. I acknowledge the fact that today’s Lutheran church has mostly failed to capture young people’s interest. I very much wish to know what today’s youth are thinking about or wanting. One day at about 9 am I was in Shibuya, Tokyo, in front of train station I saw some Right Wing group was protesting against the presence of Okinawa’s American Military Base, yelling and screaming their disapproval. There was another political party whose members were also collecting signatures opposing the Military Base but for different reasons. These two opposing groups were rebuking each other, even though their goal seemed the same. While this was happening, there were millions of young men and women, some with wildly-dyed hair, some dressed in miniskirt and some dressed in outlandish yet fashionable costumes, each passed by the protest but paid no attention to the two bickering groups. I was wondering where these young people were heading, and whether any of them had any interest in coming to church. Then…

Tweet LCR日本語部週報通算#1281号 (日本語) 2013年11月10日(宣教25周年記念)の週報 LCR日本語部週報通算#1281E号(英語) Sunday English Bulletin 1281E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet (旅行中、パソコンの調子が悪くなり掲載が遅れましたことお詫びします。) 今週読む詩編は17編。二回は読みたいと思う。一回目はこの詩編を、今週も、まず「窓」にたとえて読んだ場合、つまり約三千年前のダビデの時代の様子を窓を通して見るような感覚で、どのような光景が思い浮かんでくるか思いを巡らせてみよう。 そして、二回目は「鏡」にたとえられるか、つまり、その光景がまるで現代に起こっていることを映し出しているか考えよう。映し出しているとするとどのような光景に変わってくるのか、思いを巡らせてみよう。  詩編 / 17編 1:【祈り。ダビデの詩。】主よ、正しい訴えを聞き/わたしの叫びに耳を傾け/祈りに耳を向けてください。わたしの唇に欺きはありません。 2:御前からわたしのために裁きを送り出し/あなた御自身の目をもって公平に御覧ください。 3-4:あなたはわたしの心を調べ、夜なお尋ね/火をもってわたしを試されますが/汚れた思いは何ひとつ御覧にならないでしょう。わたしの口は人の習いに従うことなく/あなたの唇の言葉を守ります。暴力の道を避けて 5:あなたの道をたどり/一歩一歩、揺らぐことなく進みます。 6:あなたを呼び求めます/神よ、わたしに答えてください。わたしに耳を向け、この訴えを聞いてください。 7:慈しみの御業を示してください。あなたを避けどころとする人を/立ち向かう者から/右の御手をもって救ってください。 8:瞳のようにわたしを守り/あなたの翼の陰に隠してください。 9:あなたに逆らう者がわたしを虐げ/貪欲な敵がわたしを包囲しています。 10:彼らは自分の肥え太った心のとりことなり/口々に傲慢なことを言います。 11:わたしに攻め寄せ、わたしを包囲し/地に打ち倒そうとねらっています。 12:そのさまは獲物を求めてあえぐ獅子/待ち伏せる若い獅子のようです。 13:主よ、立ち上がってください。御顔を向けて彼らに迫り、屈服させてください。あなたの剣をもって逆らう者を撃ち/わたしの魂を助け出してください。 14:主よ、御手をもって彼らを絶ち、この世から絶ち/命ある者の中から彼らの分を絶ってください。しかし、御もとに隠れる人には/豊かに食べ物をお与えください。子らも食べて飽き、子孫にも豊かに残すように。 15:わたしは正しさを認められ、御顔を仰ぎ望み/目覚めるときには御姿を拝して/満ち足りることができるでしょう。 皆さんは、この詩編を「窓」として読むとき、どんな光景を思い浮かべられているだろうか? また「鏡」のように現代の光景をも映しているだろうか? 私が思いを巡らせたことは以下のような事。 「窓」として読んだ時の光景? 「ダビデの真剣な祈り」 1節に「祈り、ダビデの詩」と書いてあり、文字通り、ダビデが三千年前にこのような祈りを毎晩のように訴えていた様子を思い浮かべている。ダビデの生涯を思うと、史実として簡単に言うならば、三つの大事業を行ったと思う。一つ目は北のイスラエル国と南のユダ国の南北統一国家の建設という偉業を成し遂げた。二つ目は南北の国家統一にとどまらず、その国家領土を拡大した。 三つ目には、王国の政治支配と、ユダヤ教の民族的支配を結びつけた。 しかし、それらの三つの大事業の影には、困難で深刻な状況に何度も直面しつつ、日々の主の対話、真剣であたかも神と格闘するかのような祈りと、主なる神の導きの中で偉業の遂行が行われた様子が伺える。  詩編の構成として、1-2節、6-8節、13-14節の部分でダビデから主なる神への深刻な祈願が詠われる。3-5節ではダビデと主の関係が詠われる。9-12節ではダビデを敵とする人々が、ダビデに対してどのような行為をとろうとしているか、すなわち、主なる神を畏れないものたちとの関係を詠っている。 それらの言葉の節々に、ダビデの真剣さがあふれ出ている。さらに15節の言葉にはダビデの祈りを切実に聞いてくださる主なる神のおかげで、ダビデに生きる力が与えられるように詠っているように思う。 上記に「毎晩のように」と書いたが、3-4節の言葉に「夜なお尋ね」という言葉があることや、15節の言葉に「目覚めるときには」という言葉があり、それらの言葉から推察して、ダビデは毎晩このような祈りを主なる神に唱えていたような光景を思い浮かべる。 「鏡」として読む時の光景? 「さまざまな共同体のリーダの祈り」 ダビデに相当するような政治的かつ宗教的指導者が、国家レベルで現在の世の中に存在しているかと思うと、具体的にこの方という人は思い浮かばない。ところが、家庭、教会、市町村レベルでも、知事や州のレベルでも、あるいは国家レベルでも、信仰を持って生きている方々が、ダビデと同じように真剣に主なる神に祈り、格闘するような思いで日々の決断を主との対話の上で決めて、遂行しているリーダとそのリーダの率いる共同体が現代にもたくさん存在し、全世界に主なる神の祝福が今も、いつの時代も与え続けられているように思える。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]