Archive for the ‘活動報告’ Category

Tweet アーバイン学校区の多くの小学校は、9月2日から学校がはじまる。 そこで、最後の連休前の金曜日、この夏を振り返り、また新たな元気が湧いてくるようにと願い祈り、子供たちといっしょにPollyannnaの映画を鑑賞した。 両親を亡くしたPollyannaだが、おばにひきとられる。 何事にも前向き、明るい彼女は、お年寄りや牧師の考え方をも、明るい生き方に変えてゆく。 今年の夏は復活ルーテルでも大変だったという家族もいれば、また、北アメリカ大陸、中西部から東方では大洪水にあったり、日本でも大雨により何人もの方がなくなった。 家も無くした方々は、いったい何家族いるのだろうか。 しかし、映画を見ているなかで、いろいろな困難の中にも、楽しみ、喜びが与えられることを学ぶ良い機会だった。 新しい学年に向けて、ぜひ、子供たちも、また親たちにも大きな希望が与えられているように。 また家を無くして、夏前にはとても想像しえなかった困難な境遇におられる方々もいることを覚える。 そこに神の癒し、慰め、励ましが注がれますように。 また本企画をしてくださった信徒に感謝。  Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 今年の修養会は、7月13日土曜日の午前10時より、サンタアナの教区会堂で行われた。 講師にKenneth Dale (ケネス・デール)先生をお招きし、「神とは?」というテーマが与えられた。 司会の芙美Liangから、「神とは?」という漠然としたテーマではあるが、本日の修養会を通して、私達一人一人がそれぞれの神との関係を何らかの形で心に見えて来るような学びの一時であるように、と始めの挨拶があり、プログラムが始まった。               始めに均先生が詩篇63章1ー9節を読み、開会の祈りがあった。その後、全員で讃美歌21, 351番「聖なる聖なる、聖なるかな」を歌い、均先生がデール先生の紹介をされた。紹介文は 修養会プログラムにも載っているが、その他にも、均先生が個人的にデール先生が45年間も 日本伝道に携わり、またその後、アメリカに帰国されてからも素晴らしい働きを続けられた事等、均先生が個人的に感じている事、またデール先生に牧師になる時の始めのインタビューを受けた事等を語られた。 午前の部のデール先生のお話し *キリスト教の基本的問題に取り組む − 丁度今の時期が三位一体とペンテコステの季節 であるという事で、本日の修養会では、神様について考え、話しあいたいと考えている。 神の存在を思うことは、信仰の出発点で有り、終わりでもある。私達の生活の中心である神はどこに存在しているのか、その事をいつも心に留めていたい。神を求める姿勢を持つ事が、信仰の基本である真実の神は、神秘的な存在。誰も見たことがない。しかしながら、ほとんどの文化、歴史を見ても、人間はいつも、神を探し求めて来た。しかし、面白い事に、この「神」という言葉は色々に使われている事もあるので、注意しなくてはならない。良い例が、ある本からの引用だが、戦後の日本では、「キリスト」という言葉を使ってはいけないが「神」という言葉は使っても良かったと記されている。それは、どういうことだろうか? 日本文化の中で、「神」という言葉を「八百万の神」、として理解して来ている人達が沢山いる。この「神」という言葉の使い方によって、どれ程うやむやになってしまうことか。500年前に日本に「キリスト教」が入って来たとき、「神」をラテン語の「神」、デウス(Deus) 、またカトリック教会が使う「天主」と呼んでいた事も明らかである。このように、 歴史的背景から見ても、人類は常に「神」を追い求めている事は確かである。この「全能の神」を私達キリスト者がどのように考えるか。現在言われている環境保護の観点から見ても、「創造主である神」が創造されたこの地球を守ることがキリスト者として考える姿勢なのだろうが、原理主義者(Fundamentalist)的になってしまうと、絶対的概念を人に押し付けることになってしまい、それは神様の御心ではないと思う。このような事を考えていると、私達の神様は、本当に神秘的な存在である事が再確認されるようだ。神様が解って来たと思うと、まだまだ解らない事が沢山出て来る。 本当に神様は神秘的で、もし完全に解ってしまえば、それは神様ではなくなってしまうだろう。 さて、ここで、神様の本質を理解する為にいろいろ考えてみたい。 先ず始めに他の宗教には無いのが「三位一体」である。 ** 三位一体 − この事をどう理解するか。三位は、英語では three persons である。という事は、3つの異なるものから1つとなっている。1つは「父なる神」、2つは「神様の子として人間の姿で表われたイエス」、3つは「霊なる神−聖霊」である。説明すると、1つは「創造主」、2つは 「救い主」、3つは「いつも私達と共にいる存在」である。これが三位一体の神と呼ばれる。 ** 神の概念を明確にするために大切な4つの言葉 1.Hidden God 神の存在は常に比喩を使って表現されているように (「光」であるとか)  大切な部分は常に隠されている。  Monothieism:一神論 ただ唯一の神、旧約聖書が一番偶像崇拝を否定し、一神論をはっき  り述べ伝えている。  Panentheism- 万有内在神論。全ての物に神が存在するという考え。  Pantheism – 汎神論。 地球が神の身体、宇宙全体が神の身体という考え。 2.Revealed God: 顕されている神。キリストは人間の身体で人類の目の前に現れた。  これはどういうことか?それはキリストが私達の知りうる所だけを示して下さったという事である。   それは神の本質であり、哀れみであり、愛である。一番大切なのは、「十字架の愛」である。  なぜならそれは自己犠牲の愛だからである。ここで考えてみたい現在の問題は、キリスト教が  どのように他の宗教と交わっていくかということである。このイエス様が身を以て示して下さった  「十字架の愛」は、キリスト教だけのものか、他宗教の人々にも示されているのか、考えてみよう。 3. Transcendence God: 超越する神、万能の神。詩篇40章12-17を読む。  宇宙を創造された偉大なる神を私達は解らない。人間の理性の力をはるかに超える小さな力    が、宇宙を作っている。 現在、一番小さな分子と呼ばれているのがGod Particle (神の粒子)。   神秘に包まれた、超越する神に、沈黙を持って従う。神の超越する力は、常に何らかの形でこ   の世の中で働いている。イザヤ書40: 28-31を読む。  しかし、この「超越する神」が存在するのなら、歴史も神が支配するはずであるのに、何故歴史    上で様々な悲惨な出来事が起こったのか。また、全能の神が愛の神であれば、何故津波等の  悲しい出来事が起こるのか? 悲劇が起こるのは神がいないからと思う人がいる。  デール先生の答えは、神様は私達の日々の生活の全てをコントロールされてはいない。この世  で自然に起きる悲劇は神のみ言葉とは関係無しに必ず起きる。では何故信仰を持つのか、  それは、神の霊は心の中で必ず働いていて、必ず共にいて助けて下さるからなのである。これ  は十字架の神学である。正にイエス様は十字架にかけられるという悲劇の中で、神様は決して  イエス様を見捨てた訳ではない。起こった悲しみに耐えることによりそこから忍耐が生まれ、  希望が与えられる。 4. Immanence-内在する神ー聖霊。 内在ということと、自分の感情を決して一緒にしてはいけな  いが、神が常に自分の内に一緒にいる存在であること。 あり得ないところに神は存在する。   神が人格を持っているとすれば、父なる神であるから、親子関係のように自分と親しい存在。  この神秘的「神」を私達は崇めるべきである。 デール先生のお話の後、全員が中庭で記念写真を撮り、小休憩の後、グループ別の話し合が 始まった。約45分に亘り、プログラムの4ページに書かれてある質問参考項目に沿って話し合ったグループもあり、項目には沿わなくても、「神とは?」のテーマで話し合ったグループもあった。それぞれのグループの話し合いが終わったあと、昼食と交わりの時を迎えた。交わりの時に 自己紹介をし、その後ラッフルティケットが行われた。 午後の部修養会 *信仰の新しい表現法 デール先生は、午前中はあまりに「言葉、言葉」の修養会だったので、午後からは言葉を使わないで、どのように信仰を表現するか、を様々な形で示して下さった。 Verbal- 言葉による。 Non-verbal−言葉無しのcommunication. もっとも大切な事は、神様の愛を行動で示す事である。 ** 太極拳: 全員が立って、デール先生の行う太極拳の呼吸をしてみる。この時に感じる事は、 祈りの境地。深く息を吸いながら手を上に挙げて行きながら神を讃美する境地になる。手を前にあわせて上に挙げて行くときは感謝の気持ちになる、等、身体で信仰の表現ができる。 ** 芸術: デール先生の描かれた絵から、何を感じるか? 個展を間近に控えたデール先生が、ご自分の幾つかの作品を用いて、皆さんに何を感じるか、感想を聞かれた。 この後、各グループの報告があった。それぞれの報告書は、日本語部のオフィスにファイルされる。 とても有意義な話し合いがそれぞれのグループで出来た事が、リーダーの報告からよく 理解された。 ** 音楽: グループ別の報告の後、デール先生が最後に音楽を用いての信仰の表現として、 ジャズ風にアレンジされた讃美歌の幾つかをピアノで弾かれた。 最後に閉会礼拝の中で、均先生が詩篇の19章1節から10節まで読まれ、「神とは?」のテーマで短くメッセージを語られた。その後全員で最後の讃美歌「輝く日をあおぐとき」を歌い、デール先生の閉会の祈りによって、修養会は幕締めとなった。 修養会を終えて感じたことは、先ず内容が盛りだくさんだったという事だ。論理あり、歴史あり、芸術あり、様々な角度から私達はこの「神とは?」というテーマにチャレンジする事ができたと思う。 86歳のデール先生が、私達の修養会の為に、時間をかけて準備をされ、遠くから運転して来て下さった事は、私達にとって大きな恵みである。先生がおっしゃったように、「神とは?」の答えがはっきりと定義づけられる事は決してない。私達の神様は神秘であり、私達が理解できたと思った途端に、理解できない事がまた現れて来る。だからクリスチャンは一生その答えを求めて行く者とならなければいけない。先生は自ら「求道者」として私達の前に立たれた。私は、先生のそんな姿から、言葉にならない教えを頂く事ができた幸いに心から感謝している。先生から溢れ出る「求道者たる姿勢」が、私達に「求道者」として生きる事こそ、神様が私達一人一人に望まれている事なのだ、と無言で語りかけていた。                            芙美 Liang 記録 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 2012年6月9日 Pacifica Synod Office にて、復活ルーテル教会日本語部の修養会が行われました。特別講師の松下先生を始め、安達先生、中村先生、岸野先生、お手伝いをして下さった皆様、出席して下さった皆様、ありがとう御座いました。恵みに溢れた修養会でした。Photos taken by Fumi Liang Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet 2012年4月11~14日 第11回Assembly of the Association of Asians, and Pacific Islander, ELCAアジア、太平洋各島 米国福音ルーテル教会 総会に参加して!                民 Day   初めにこの総会はどういうものかを和訳しましょう。 「二年置きにアジア、太平洋各島出身者のELCA福音ルーテル教会のミニストリーが集合して重要なことを決定するので是非参加されることを期待します。」目的は以下の通りです。 1.    アメリカ在住アジア、太平洋各島 福音ルーテル教会会員として信仰を証す。 2.    私たちが持つ民族特有のギフトをキリストの証人として賞賛する。 3.    神の民として、アメリカ福音ルーテル教会の会員としてユニークな文化を役に  4.    アメリカ福音ルーテル教会の中のアジア、太平洋各島民会員のコミュニテイーとして全国内の目標,計画を実行し、モニターする。        アメリカ福音ルーテル教会の会員としてアジア、太平洋各島のコミュニテイーを強化する。 The Assembly The biennial assembly of Asians and Pacific Islander Ministries is the highest decision making body for Asians and Pacific Islanders in the ELCA.  Thus, your participation in this event is requested.  The purposes of the AAPI-ELCA as stated in its bylaw are:   1.      To express the Christian faith from Asian Pacific American perspectives. 2.     To encourage the special gifts brought by the Asian Pacific American community to the witness of Jesus Christ. 3.     To facilitate the full participation of Asian Pacific American members of the ELCA and to the fullness of the inclusiveness and diversity of the           people of God. 4.     To facilitate, and monitor the implementation of the National Strategic Plan of Ministries among the Asian and Pacific Islander community in the           ELCA. 5.     To strengthen the unity of the Asian and Pacific Islander community in the ELCA.   私は2年前にシカゴで行われた時に参加させて頂いたのが初めてです。 シカゴで随分多くの方たちと知り合いになり、今回はMs.Gladys Chowの教会(Christ Lutheran Church, Monterey Park, CA)であることから、彼女に会うことを楽しみに行きました。案の定、彼女はすでに台所でコーヒーやお茶を準備して、また夕食のために忙しく働いていました。彼女はシカゴでも台所に居て全員の食事の準備をしていた人です。私より1才若いだけですが、皺もしみもない赤ちゃんのような綺麗な肌はまさに神様が彼女の働きを知ってのご褒美のように私には見えます。   第一日目の水曜日は午後からですが礼拝堂ではすでにピアノやバンドがプレイズ ソングを弾いて大きな声で歌っていました。「讃美歌は常に大きな声で歌いなさい」と言い続けられた藤田先生を思い出します。AAPIのデイレクターのポンサク牧師(これはファーストネームですが苗字は長くて覚えられなくて、誰もがポンサクと呼ぶようです)も藤田先生のように大きな声で何時もプレイズソングをリードしています。その内の一つはポンサク自作の「Jesus the Word」と言うのがあります。  タイの集まりは体は中位の髪が背中まで伸びている若い牧師が先に立ってバンドをリードしています。彼らのコミュニテイーはぐんぐん伸びて広がっていてミニストリーの数も増えているので『その秘密はなんですか?貴方の長い髪ですか?』と冗談を言われた位です。兎角この牧師の周りにはエネルギーが満ちていて『そばに寄って行きたい』と思わせられるのは本当に神の御手が伸びていると思わせられます。お話では彼は日曜の午後早くから準備をして、7時の礼拝に備えて、礼拝では数多くの歌を歌い、その後礼拝が終わっても歌は続けられて誰も帰りたくなくてやっと夜中の1時に(仕方なく?)全員帰途に向かうのだそうです。多くの人が随分遠い所から来て、着いたら、楽しくて誰も帰りたくないような所に聞こえました。わたしの予想では午後7時に礼拝をすると言うのは多分多くの人が仕事をしていて、その後で教会に来るのでしょう。私もそうでしたが他国からの有色人は他の人が避けるような仕事やらスケジュールやらをして(またはさせられて)生活を保っていきます。多分私と同じように休みも無く週に7日も8日も働いている人もあるのではないでしょうか、でも教会に来るのを楽しみに1週間を過ごしているのではないでしょうか。そして、そこでは悩みや問題を話し、聞いてもらい、歌を歌い、新しい力を得て又次の週の仕事に向かうのではないでしょうか。若い夫婦または母子家庭もいたようでした。子供たちは遊び用のテントの中で朗らかに遊んでいました。教会はその子達には生活の一部のようで何の違和感も無いような様子で遊んでいました。私たちLCRの日本語部は23年前の最初から教会を与えられて、日本の福音ルーテル教会、シカゴの本部から資金が来て幸運なミニストリーだと聞きました。多くのAsians and Pacific Islanders(アジア、パシフィックアイランダー)の会員の多くのミニストリーは全く無から始めてまだまだ経済的には随分苦労が多いと聞きました。でもそういう所の会員たちの顔は喜びに溢れていて、神を褒め称える気持ちを歌にして大声で歌うのです。ある母子家庭の母はテキサスから来ていて、このアセンブリーに参加するのが楽しみで一生懸命貯金をするのだそうです。ほかにもそういう人は多くいるとの事でした。  話はGladysに戻りましょう。彼女と私は殆ど同じ年、でも彼女は身も体も神への讃美で溢れていて皺ひとつ無い顔は煌々と輝き、証をさせるなら若い人に負けないエネルギーで喜びを語ります。彼女の感謝に溢れた心は彼女をどこのカンファレンスにも出かけさせて、そこで参加者全員(百人、または百人以上?)の食事の世話をするのです。  こういう人達は聖書を衣と着てイエス様を顔につけて日々を過ごしている人達です。 なんとすばらしい証でしょう。言葉でなく行動で証をしている人達に囲まれた3日間でした。 私たちもこの貧しいグループが二年かけてアセンブリーに参加するために貯金をする態度を学ばなくてはいけないとつくづく思わされました。  .もう一つ嬉しい事は、7-8年前に日本語部が無くなるのではないか、と危ぶまれた頃に立ち上がり愛子G. さん、数年前に亡くなられた中内さんを中心に牧師のいない日本語ミニストリーを保ち続けてきた芙美 Liangさんですがそれだけではなく、いろいろな事に奉仕するだけで無く数え切れない大切な仕事, 例えば日本語部と英語部を近づけたFriendship Task Force「友好実行委員会」、Care Connection Net Work、シカゴのELCA, AAPI, または地元の教区との結びつき、日本の福音ルーテル教会との関係保持、述べれば尽きない彼女の働きが認められてアセンブリーの2日目の夜の式で表彰額を授けられたことです。これは故意に額を受け取る人達の名は隠してあったようで芙美さんは名を呼ばれるまで知らないでいましたが、私は少し前に芙美さんの働きを述べる役を頼まれていました。芙美さんの過去8年の貢献した仕事を全部述べようとメモを持っていましたが、ステージに立つとライトはまぶしくて多分あがっていたのでしょう、言いたかったことの半分も言わないでしまいました。(芙美さんゴメン)   Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

February 27th, 2012

2012年3月の予定

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Tweet 2012年3月の予定 3/1、8、22、29   聖書を読む会                10:30AM Joyce’s Library 3/1、15          事務打ち合わせ              1:00PM 日本語部オフィス 3/3                                     Special Piano Concert                         6: 00PM   LCR 3/4、11、18、25     キリスト教101          10:00AM  Bercaw  Hall 3/5           和太鼓                                      1:00PM     中庭 3/5、26        英会話教室              2:00PM  Joyce’s Library 3/7          スープサパー、礼拝           6:00PM  King of Glory 3/8          CCN 健康講座・ランチ            11:30AM        Bercaw Hall 3/11         日本語部信徒会        1:00PM   T.ホール 3/13、27      アーバイン家庭集会       10:30AM  愛子G.宅 3/14        スープサパー、礼拝       6:00PM  Newport Harbor 3/21                              スープサパー、礼拝          6:00PM  LCR 3/24        Youth Group Yard Sale           7:00AM  LCR 3/28        スープサパー、礼拝         6:00PM  King of Glory                                                 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet   宣教23年記念礼拝報告 PDFで掲載しました。 ご覧下さい。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet Friendship Task Force HAPPY ANNIVERSARY Friendship Task Force (FTF) congratulates LCR’s Japanese Ministry on their 23rd anniversary. It has been a wonderful and inspiring ministry. The weekend of November 19-20 had several celebrations for theoccasion. Starting things off on Saturday morning, a three-hour seminar was held with Bishop Finck. Under discussion was the future of the ministry, goal setting and the reasons this ministry has worked so well at LCR. One of the reasons mentioned was the successful working relationship between FTF and the Japanese Ministry. Later that evening, a dinner was held atNewport Rib Company (which graciously offered adiscount price). This dinner was attended by bothPastor Itoh and Pastor Tateno and their families who came from Japan to take part in the anniversary celebrations. On Sunday morning, Pastor Tateno and his familyattended all LCR worship services. Pastor Itoh visited the Lutheran Church in Torrance where he had headed a Japanese Ministry. He returned in time to preach at the LCR Japanese service. After the service, a potluck was held in honor of the Pastors’ visit and in celebration of the anniversary. At that time, a $2000 check waspresented to Pastor Tateno for Japan Disaster Relief in which he plays a big role. This money was profits from the Japan Festival which FTF sponsored in July. Thanks to the generosity of festival attendees (and especially those who purchased raffle tickets), FTF was able to help those who are still in need in Japan. Please remember them in your prayers. FLOWER ARRANGING The November Flower…

Tweet 2011年7月30日 HuntingtonBeachの空は飽くまでも青く晴れ渡りそこに海からの強風を孕んで3匹の鯉幟と吹流しが勢い良く泳いでいる。それは正に今日の成功を象徴しているかの様に思えた。今日7月30日は私達復活ルーテル教会日本語部とLCRのFTF(Friendship Task Force: 友好実行委員会)共同主催による第4回Japan Festivalの日である。この半年間FTFでは入念に計画を練り準備して今日の開催に至った。今回は東日本大震災の義援金募金の為、日頃新しいまま箪笥に仕舞ってあった日本的な品物を皆さんに供出して貰いRaffle Ticketの商品とした。又殆ど全ての教会員が心よりボランティアで協力し会員同士の連帯感、信頼関係を築くのに役立った。 和太鼓、生け花、墨絵、盆栽のデモや「やさしい日本語会話教室」、日舞、着物の着付け、コーラス等々数時間ではあったけれど日本文化に接する機会を分ち合う事が出来た事は大変有意義であった。ELCRで進めているMulticultur宣教もこのLCRの日本語部が率先して実行出来たことは多いに価値があると信じる。     愛子 Gordillo記 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet LCR Peace Journey (平和の旅)  2009年の2月から計画を立て始めたLCR平和の旅が、今年2010年6月に実現した。航空会社から始まって宿泊のホテルは勿論の事、日本での目的を達成する為に時間をかけて細かく計画を立てて行った。日本と連絡を取り合っている時や、様々な問題に直面したときは、このプロジェクトは何時まで続くのだろうかと思ったが、全ての旅行が終了した今、あっと言う間だったと、感慨無量である。  去年の10月までLCR日本語部の牧師を務められた伊藤文雄先生の計らいで、2007年と2008年の2年連続して、日本福音ルーテル教会事務局長の立野泰博牧師に来ていただき、LCR日本語部の特別伝道ゲストスピーカーをお願いした。当時立野牧師は広島ルーテル教会で牧会をされていた。2度目の訪米の際、LCR(復活ルーテル教会)と広島ルーテル教会が今後姉妹教会として交流を始めてはどうかと提案させていただいた所、立野先生は快く受け入れて下さった。LCR主任牧師Zimmermann先生、そして伊藤牧師も喜んで同意して下さり、後にLCR役員会でも正式に承認された。その事が引き金となり、LCRユースグループのコニーに「若者を日本に連れて行かないか?」と話してみた。ユース(青年部)とファミリーのディレクターを務めるコニーは、「今年はもう無理だけれど、来年に向けての計画ならば実現できるかも知れない」とゴーサインを出してくれた。立野牧師は既に市ヶ谷の日本福音ルーテル教会事務局長の職務に就かれていたので、直ぐにJELCに連絡をとり、総会議長の渡邊先生、シカゴELCA本部 Global Mission担当の石田先生及び私達教区の教区長Bishop Finckにも正式に計画表を送った。また、10月に日本に帰国された伊藤牧師とも連絡をとりながら、着々と計画を進めて行った。4月にはLCR教会員に呼びかけ、参加者の募集を始めた。6月には22名の応募者があった。毎年8月に行われるVBS(Vacation Bible Study 夏期聖書学校)では毎年子供達が募金を集める。今年は来年度の広島平和旅行を目指し、佐々木貞子さんの千羽鶴の話を紹介し、子供達ができる平和運動への募金を呼びかけた。そして広島教会がモスクワのナタリア医師と共に、ロシア・チェルノブイリで被爆した子供達の治療の為に設置した団体「Heart of Child」に募金をする事に決定した。総額$1,600が集まった。子供達には、日本語部の皆さんが作った千羽鶴と共に、この募金を広島に届ける事を約束した。  何回もミーティングをし、準備に準備を重ね、いよいよ出発の日が来た。20名全員LAXに11時15分に集合し、シンガポール航空のカウンターでクループチェックインを済ませた後、いよいよ出発である。機上ではそれぞれに11時間を過ごし、無事成田国際空港に到着。税関を出て外にでると、懐かしい伊藤先生と立野先生が出迎えて下さった。その場で両替を済ませた。JRパスは成田で交換する予定が、飛行機の到着が遅れた為に窓口が閉まってしまい、明日に廻す事にする。シャトルバスでホテルヒルトンに到着、チェックインを済ませ、おやすみなさい、とそれぞれに部屋に分かれて行った。明日の朝は10時にロビー集合だ。  第一日目:10時にロビーに集合。既に立野先生と伊藤先生がロビーで待っていて下さった。全員LCRのTシャツを来てこれから東京ルーテル教会へと向かう。シャトルバスが行ってしまったので、歩いて新宿JR駅へと向かう。そこから新大久保の東京ルーテル教会は総武線に乗って直ぐである。教会の前に大学生のように見える関口牧師が立って皆さんを出迎えていた。この日は丁度、崩壊した元東京教会に取り付けられていたステンドグラスを再び新しくなったこの教会に戻す記念展でもあった。東京ルーテル教会にとって歴史的なこの喜びを私達が共に分かち合えたのは幸いであった。礼拝の後、私達が皆さんに紹介され、コニーの挨拶に続いてLCRのTシャツを関口牧師に進呈し、皆さんには遥々アメリカから担いで来たキャンディーの袋詰めをプレゼントした。解散前に全員で写真を撮った。前任の伊藤先生、今回お世話して下さっているJELC事務局長の立野先生、そして2006年までLCR日本語部にいらした田中牧師ご夫妻も一緒に合同写真に参加していただいた。良い記念である。礼拝の後、青年部のボランティアによって2−3組に分かれた私達は、それぞれに東京の町へと観光に繰り出した。私は伊藤、立野、両牧師と一緒に新宿のみどりの窓口へと急ぎ、そこで20人分のJRパスを2時間かけて交換の手続きをし、22日からの京都、広島行きの新幹線の予約を全て滞りなく終わらせた。狭いみどりの窓口Officeで待たされながら、20人全員が並んだらどれほど大変だっただろうと想像し、冷や汗が出た。夜は全員が市ヶ谷センターに集合した。そこで立野先生や伊藤先生が東京教区長の大柴先生のご協力も得て準備して下さった御弁当、飲み物、果物、そして伊藤靖子牧師婦人のお手製ケーキをおいしくいただいた。解散前にコニーがその日のDevotionを行った。皆第一目の日本を満喫したようすでホテルへ帰った。 明日の朝は8時15分ロビー集合だ。  二日目:この日は午前中に東京観光が入っている。8時15分に全員が集合し、胸にスティッカーを貼る。Tokyo Morning Tourと印刷されたスティッカーを全員が貼ってバスに乗る。あいにくの小雨だったが、東京タワー、明治神宮、御所、銀座と回り、銀座で解散する。伊藤先生が出迎えて下さり、そこから本郷の学生センターへと向かう。すでに12時を回っていたので、通りがかりの「木村屋本店」によってパンを買い、暫し「腹の足し」にした。本郷教会では、学生センターの安井先生が何人かの方と出迎えて下さった。東京大学の真向かいにあるこの教会には、毎週50名の学生が集まるそうだ。机の上に沢山並べられた素晴しい折り紙の傑作は私達の為に準備して下さった。安井牧師のお話しの後、遅いお昼を東京大学の学食で済ませ、そこからホテルに戻る組と、浅草に行く組に分かれた。浅草組は伊藤先生が案内して下さった。浅草で買い物を楽しんだ後、疲れてホテルに直行するつもりだったのだが、そのまま新宿のデパ地下に行く。そこで簡単な夕食を買ってホテルに戻ると、丁度「これから町に繰り出す組」に出会う。「Have a good time!」と手を振って、私は部屋に入って足を椅子に投げ出した。明日はいよいよ京都だ。  三日目:11時33分の新幹線で京都に向かう。先ず10時にロビーで集合した私達は、ホテルのシャトルバスにスーツケース共々乗り込む。他のホテル客に申し訳ないとは思ったが、この際仕方がない、20人同時に乗り込ませてもらった。新宿駅の中をガラガラとスーツケースを引いた20名が一列になって改札を通る有様は何とも絵になる。問題なくJRパスを見せて改札を通り抜け、中央線に乗って東京駅に無事到着。なんと早く着いてしまったので、皆スーツケースをホームに置いて、ランチを探しに行く。新幹線の中でランチを済ませ、京都到着。 駅前からタクシーに乗る。3—4人一組でタクシーに乗り込み、京都烏丸ホテルに向かう。20名を誘導するのも容易ではない、何しろ私だけが日本語を話すわけだから、各タクシーの運転手に説明し、お願いし、私は最後のタクシーに乗り込んだ。大変な騒ぎだ。よかったことに、この烏丸ホテルは四条にあり、自分達で歩き回っても決して迷う事はない。チェックイン後、5時にロビーに集まり、京都のスペシャルナイトに参加するグループを祇園まで送って行く。タクシーで行く人達の為にタクシーの手配をし、あとは全員が歩いて祇園へ。鴨川を越えると古い京都がそのまま目の前に現れる。歌舞伎座も町並みも風情があって良い。スペシャルナイト組を送り届け、残りの「ぶらつき組」は祇園をぶらつきホテルに戻る途中のおそばやで夕食を済ませる。近くのお店でアイスクリームを楽しみ、ホテルに戻ったら丁度スペシャルナイト組が帰って来た所だった。それぞれに京都の第一日を楽しんだ。明朝8時10分ロビー集合。  四日目:京都一日観光の日だ。昨日のスペシャルナイトを担当した同じガイドさんが今日も私達の担当だ。生まれた時から京都にいる彼女の巧みなガイドで一日名所を回る。金閣寺から始まって最後は清水寺で終わったが、8時半から6時まで、びっしりの京都観光を満喫してホテルに戻った。コニーが若者達を連れて夕食に繰り出してくれた。私はもうその気力も無い。青年達が食べ放題のしゃぶしゃぶを喜んで終わりを知らずに食べたと次の朝報告があった。  五日目:京都から広島に向かう。新幹線は新神戸で乗り換えるが、プラットフォームを換えなくて良いと解り一安心。この日の朝早く朝市で買ったあれやこれやを袋に積め新幹線に乗りこむ。皆さんだんだん慣れて来たようで、座る場所もすぐに見つけて、スーツケースも若者達が上に上げてくれる。この旅行の始めに、若者達と年配者達が混合しているこのグループは、結構難しいかも知れないと思っていた私は、目の前で若者達が年配のメンバーを喜んで助けている姿をみて、神様の素敵な計らいに心から感謝。広島に到着すると、駅に立野先生の長女、華美さんと広島ルーテル教会のメンバーで保育園にも勤めている陽子さんが迎えに来てくれていた。市電よりもバスでアステールプラザに行くほうが良いという事。二班に分けなくてはならないかと思ったが、広島駅始発のバスだったので、20名とそのスーツケース、そして華美さんと陽子さんもどうにか乗り込む。他の乗客にじろじろ見られてもしかたない。運転手さんが気をきかせて真ん中のドアを開けて降ろしてくれた。何時ものように、バスの前ドアから一人一人スーツケースを引きずって下りていたら何時までかかることやら。そして無事アステールプラザ到着。フロントのお二人は何度もメールでやり取りをしていたので、初対面とは思えないのが嬉しかった。それぞれの部屋にチェックインしてから、5時に7階の研修室で広島ルーテル教会の鷲見牧師と役員の何人かと対面する事になっていた。西田さんの通訳で鷲見先生並び役員のかたが自己紹介をされた。私達も自己紹介をし、その後コニーが今日のDevotionを始めた。広島教会の皆さんもそれに参加し、平和への思いをそれぞれが語った。私達は、広島教会の皆さんの証しに感動した。佐々木さんは、両親が亡くなった後、仏教だったので毎月お坊さんを雇って供養をしていたが、自分に何かあった時、誰も優しくしてくれなかったが、友達が教会に連れて行ってくれた時、そこの牧師がとても親身になってくれた。それがクリスチャンになる始まりだったと証をされた。そして原爆の被害者かどうか、その事を語りたがらないので、亡くなった後に解る事が多いことなど、私達にはとても想像がつかない貴重なお話を伺った。皆さんのお話を伺った後、感想としてクリスが話した事も印象的だった:「アメリカでクリスチャンであることは、親の代からとか、自然にそうなっている事がほとんどだから、取り立てて考えた事もないが、今皆さんの話をきくと、日本ではクリスチャンになることは“GIFT”であり、自分たちのような “GIVEN”とは違う新鮮さがある。」と彼は語った。夜は東京から着いたばかりの立野先生と合流し、居酒屋へ行く。立野先生は広島で12年間牧会をされていた間、いろいろな交わりがあったのだろう、とにかく顔が広い。居酒屋でおいしい第一夜の食事を済ませ、ホテルへ帰る。夜から雨となった。  六日目:朝9時に研修室に集合し、Devotionの時が持たれた。立野先生から今日のツアー内容が書かれた資料を昨日いただいた私は、今朝早くそれに目を通しながら、既に涙が出て仕方が無かった。始めのページに赤インクで書かれている言葉に先ず目が止まった:ゆるすこと あいすること そして希望を! と書いてある。立野先生が12年間広島に過ごし、見えて来た彼の「ヒロシマ」、そして真の平和を伝えたいと願う強い思いがこの30ページに書かれてある一言一言から感じられた。9時のDevotionの前にコニーに今日のスケジュールを説明しながら、立野先生のガイドブックを既に読んで感極まった事を打ち明けた。彼女は即、「今朝のDevotionはそれにしよう。」と決め、立野先生にもお話をしていただく事になった。 20名全員が真剣に聞いた。これから平和資料館、平和公園、佐々木貞子さんの像、本川小学校、原爆ドーム、原爆が実際に落ちた場所である島外科、相生橋、原爆供養塔、朝鮮人供養塔と回って行く前に、先生はご自分の信念である「被害のみを語ることでは平和はつくり出せない」事を力説された。アステールプラザを出発する時にぱらついていた雨が、平和資料館に着く頃にはかなりの雨になっていた。1時間半資料館を見学し、それぞれがいろいろな感想を抱いたまま雨の中を平和公園の中を歩いた。平和資料館から直線でドームが見える慰霊牌の前で止まる。ここにある石の棺には、原爆被害者で名前の解っている方の名簿が入っているという。「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」と碑に彫ってあった。佐々木貞子の像まで来た。アメリカから各自袋に入れて持って来た千羽鶴の房を取り出す。一房50の鶴が繋げられているから、20人で千羽になる。去年の8月に子供達とした約束を今ようやく果たせる。VBSの子供達集めた募金と、日本語部の有志が作成し、平和祈祷礼拝の際教会に飾った千羽鶴を私達20名が広島の地に持って来たのである。雨が降り続ける中、佐々木貞子の像の前で皆が鶴を手に取って記念撮影をした時は、LCR全員の平和の祈りをこの地に運んで来る事ができた幸いを神様に深く感謝した。千羽鶴の献納を終え、LCRの名前を記入し、メッセージの箇所には、コロサイの信徒への手紙3章15節から:「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。」と書いた。この聖句は、始めに平和旅行を企画した時、コニーが聖書を開いたとたんに飛び込んで来た聖句であり、今回のテーマ聖句である。私達が毎日持ち歩いているDevotionの表紙にも、Peace Journey to Japan 2010と書いてある下に、“Let the Peace of Christ rule in your hearts, since as members of one body you were called to Peace.”と書かれている。このあと私達は本川小学校へと歩いた。この小学校の校庭で多くの死体を燃やした為に、いまでも掘れば骨が出て来るという。この学校の地下は当時捕虜収容所であり、7名のアメリカ兵と2名のドイツ神父がいたそうだ。原爆投下後、2名のアメリカ兵が生き延びたが地下牢から出て来たとき、それを見つけた日本人達が相生橋の欄干にくくりつけて殴り殺されたという。その話を聞いた後、一人のLCR参加者で大学生のZがこう言った。「もし自分がその時の日本人だったら、原爆を落としたのがアメリカ人だからアメリカ人をみたら憎くて同じ事をしたと思う。」と感想を述べた。確かに戦争を知らない私達には解らないことが沢山ある。戦争で死んだ人達は普通に生活をしている市民だった。広島でその朝「行って来まーす。」と出て行った学生達だったのだ。そして殺された捕虜のアメリカ人が原爆を投下したのではないし、彼らも戦争の被害者だということに違いはない。皆戦争はいけない、非道だということは頭でよく理解できている、しかし、本当に私達は何を解っているのだろうか?解っていたら戦争の無い平和な世の中になっているはずだとおもうのだが。そこから私達は原爆投下の真下にある島外科を通り、原爆投下地点であった相生橋のT字の箇所を通り、本来はこの場に落ちるはずだったが風があった為に投下地点が少しずれたことなどの説明を聞きながら、原爆供養塔へと歩き続けた。雨は酷くなるばかりだった。 お椀を伏せたような小さな丘が原爆供養塔だった。ここには何万という名前の解らない遺骨が納められている。多くの強制労働を強いられていた朝鮮人や中国人、モンゴル人、そして捕虜のアメリカ人ドイツ人も皆差別無くここに眠っている。そしてその側には、やっと平和公園内に移された韓国・朝鮮人慰霊牌がある。韓国の方に顔を向けている亀の像が背負っているその牌には、韓国の人々の平和への願が刻まれている。全ての怨みと憎しみを忘れて安らかに眠って下さい、このような悲劇の種を蒔く者も受ける者もないように、皆が助け合い親しく仲良く暮らすことができるように見守って下さい、と記されている。まさに相手を赦す事によって始めて得られる平和をそこに見ることが出来たと思った。そこから私達は雨の中を歩いて広島ルーテル保育園へと向かった。立野先生が「歩いて10分ですよ」と言われたので安心して歩き始めた私達だがいつまでたっても「あと10分です」で、本当に到着した時には雨の中を30分以上も歩いた為に、全員びしょぬれだった。でも、私達を待っていてくれた4歳児と5歳児の子供達の笑顔に迎えられ、びしょぬれな事等すぐに忘れてしまった。なんとも可愛い子供達がお歌を披露してくれ、手作りの折り鶴を一人一人にプレゼントしてくれた。その後剣玉の披露もあり、私達に教えてくれたりして、和やかに楽しいひと時を送った。雨はひどくなる一方なので、タクシーでアステールプラザまで帰った。この夜は立野先生がお好み焼きをごちそうして下さる事になっていた。 おいしいお好み焼きに皆さん感激したのは勿論の事、その場に同席された橋本さんは、毎朝4時に起きて、原爆供養塔の回りを清掃されている事を聞き、感動した。そこに彼の両親が眠っていると信じて、毎朝通ってそこを守っているそうだ。ここにも平和への強い願が感じられる。私達は、橋本さんが書かれた水彩画の絵葉書を記念にいただいた。大切にしたい。その夜は疲れて直ぐに眠りについた。明日は宮島観光だ。天気が良いといいのだが.....  七日目:大雨。宮島観光は大雨に関係なく続行した。広島駅までバスで、そこからJRで宮島のフェリーがある駅まで、そしてフェリーで宮島へ。宮島に着いても大雨。皆傘をさして歩くので何も見えない。残念。この日は立野先生の他、華美ちゃん、陽子ちゃん、そして華美ちゃんの双子のお友達春菜ちゃんと若菜ちゃんもガイドで来てくれた。厳島神社の後、それぞれのグループが別々に行動する事になったのだが、なんとも雨が降っているのでどうにもならず、結局メインは「牡蠣」料理で、その後はお土産屋をみて3時にはフェリー場に集合となった。この夜は立野先生の知り合いで「豆匠」という有名な豆腐料理に行った。雨なのだが、お庭がとても奇麗で、日本の首相が良くここに来られたという理由が理解できる。皆さん多分一生二度と見る事はないだろう豆腐料理が次から次に出て来るのを心行くまで楽しみ、お座敷での記念撮影もしっかりと終えた。楽しい雨の一日だった。  八日目:荷造りを終え、チェックインを済ませ、帰り支度をして広島ルーテル教会の主日礼拝に出席した。佐々木さんを始め、立野牧師婦人や広島ルーテル教会の有志の方が車でスーツケースを教会まで運び、私達の移動もして下さった。お陰で全員歩く事無く広島教会に到着。偶然にもシカゴのGlobal Mission担当の石田先生もシカゴに帰る前にこの教会に来られたので共に礼拝に出席する事ができた。礼拝の後、婦人部の心温まるお昼をいただいた。おいしいカレーをお腹いっぱいいただいた後。広島ルーテル教会メンバーでもある茶道の先生が、生徒さん達と一緒にお手前をご披露して下さった。そして私達も一人一人茶道の体験をさせていただいた。何よりもの土産話である。広島ルーテル教会の皆様と、楽しく交流できたことは本当にありがたかった。前任牧師の立野先生が市ヶ谷センターに事務局長として行かれた後、鷲見牧師が牧会をされている。立野先生とちがって、個人的に馴染みの無いLCRの私達を快く迎い入れて下さったことに心からお礼を述べた。そして私達は新幹線で東京に帰るべく、広島駅へと急いだ。何度も広島に行った事がある私に取っても、今回の広島は一生忘れる事がないだろう。  九日目:朝6時にロビー集合。皆さん昨晩は遅くホテルヒルトンに到着したにもかかわらず、しっかり6時に集まってくれた。歩いて大江戸線に乗り築地市場へ。改札で私の従姉妹と待ち合わせをしていた。彼女が築地市場内に案内してくれるコネをつけてくれたのだ。築地市場内でマグロの解体や、珍しい魚を沢山見学したあと、寿司三昧でおいしいお寿司を食べ、買い物をしてからホテルに戻る。この後はそれぞれ自由行動。秋葉原へ行くひと達もいれば、デパートをぶらつくひと達もいる。皆さんそれぞれに「勝手知ったる新宿」とまでは行かなくても、自分でホテルヒルトンまではどうにか帰れるようになっている。この日は最後の日なので、最後のDevotionを6時にロビーに集合してする事になった。立野先生も広島からすでに東京に戻って来ていて、6時に伊藤先生と共にホテルヒルトンのロビーに来ていた。明日アメリカに帰る組が14名、日本に残る組が5名、サイパンに朝一番で発つ人が1名、日本滞在最後の集合だ。全員異口同音に伊藤、立野両牧師に心からお礼の言葉を述べた。そしてこの旅行で得た掛け替えのない体験をお互いに分かち合った。 夕食は地下街で簡単に済ませるという事で、近くに有名な丸亀製麺があるという事を聞いていたので、それを立野先生に話すと早速場所を調べてくれた。「歩いてすぐですよ」と言われ、それを信じた私達は、再び永遠に歩き、やっとたどり着いた時にはもう皆おなかがペコペコ、ところがそこは既に長い列ができていて、皆ただ黙々と列に並んで順番を待った。さすがにおいしかった。  最終日: 14名が2時5分のシャトルで成田に向かう。コニー達は友人が迎えに来て11時半にホテルを出る。皆さんチェックアウトは12時なので、11時半頃からロビーに集まっている。先ずはコニー家族が手を振って別れを告げホテルを出た。私は14名がバスに乗るのを見届ける為に午後まで残ってから弟の家に行く予定になっていた。2時5分のバスに乗る前、一人一人とハグをし、挨拶を交わしながらこの十日間の平和旅行が、これで終わる事無いようにと願った。今から私達20名の使命が始まる。今回の忘れられない体験と、キリストにあって得られる真の平和を忘れずに、「ゆるすこと あいすこと、そして希望を!」の信念を、私達が世界中にまき散らさなければ、と心から祈った私である。  戦争は世界各地でまだ行われている。毎日の生活の中にも、人を赦せない事が多々起こる。そんな時に、私達はキリストに戻り、キリストの助けによって人を赦す心を得る事ができる。全能の神様、私達が家族を、友人を、他人を、他国の人を、神様が生命を与えた全ての人々を大切にできるように、どうぞ神様私達の心に、あなただけが与えられる平和をもたらして下さい。アーメン。 2010年7月8日       芙美Liang 記録 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]

Tweet LCR日本語部宣教開始22周年記念礼拝 立野泰博牧師を迎えて 私達日本語部にとって、11月に迎える宣教記念礼拝にどなたをゲストスピーカーにお呼びするか、それが毎年の大きな課題である。今年は再びJELC(日本福音ルーテル教会)事務局長の立野泰博牧師をお迎えすることができた。立野牧師は私達の宣教20周年の時にも御祝いのメッセージをして下さり、私達にとっては親しみ深い先生である。特に今年の夏にLCRから20名の英語部教会員が日本を訪問した。その際、立野先生に大変お世話になった英語部のメンバーたちも、今年は私達日本語部のメンバーと一緒に立野先生のLCR訪問を心待ちにしていた。 立野先生が今回LCRに来られたのは、JELCからの公式訪問であった。前回は日本語部の礼拝だけ出席されたが、今回は公式訪問ということで、11月21日の8時半と10時15分の英語部の主日礼拝にも出席された。8時半の礼拝では、LCRの英語部と日本語部の聖歌隊が合同で「慈しみ深き」を日本語で合唱した。また、LCR主任牧師のZimmermann先生から、立野先生の紹介があり、立野先生からLCRとZimmermann先生に特別なギフトが送られた。広島の地に原爆の後再び芽を出し、成長した竹で作ったパン・フルートと、パレスチナで倒されたオリーブの木で作られた十字架である。どちらも「平和」を願って作られた物であり、立野牧師が平和ミッションの為に広島の地だけでなく、パレスチナの地にも何度も訪問し、福音の伝道を続けている事は、これらのギフトから無言のうちに語られて来た。 11時半からの日本語礼拝では、「主の年輪は語る」というテーマでメッセージを下さった。先生はパレスチナの人達が、倒されたオリーブの木を大切に家の外に置いているのを見て、どうしてか質問したそうだ。「これは私達の生まれ育ったこの地の歴史を語っている木だから、大切なのです。」という答えに心を打たれた先生は、そのオリーブの木をどうにか出来ない物かと考えた。そして倒されたオリーブの木からフルートを作り、そのフルートでコンサートをし、CDも制作し、集まったお金でパレスチナの子供達にピアノを寄付した。パレスチナの子供たちの心に、平和をもたらす音楽教育の為である。オリーブの木に刻まれた歴史の年輪のように、私達日本語部が迎えた22周年も年輪である、と先生は語られた。LCRに日本語部が創立されてから、3人の牧師がJELCから派遣された。前任牧師であった伊藤文雄先生は、立野先生の神学校時代の恩師でもあり、立野先生が前回LCRに訪問されたとき、伊藤牧師が先頭に立って日本語部を引っ張っている様子が印象的だったが、今回は、アメリカの神学校を経て牧会をされてきた岸野牧師が日本語を「ほんわか」ムードで包んでいるように感じる、と立野先生は話された。私達の日本語部は、22年の間に様々な牧師を迎え、様々な出来事があった。辛い事もあったし、楽しい事もあった。毎日毎日の積み重ねが今に至っているのである。22周の年輪一つ一つが大切な輪であり、その輪を終わらせてはならない。今22周目の輪に存在している私達一人一人が、神様に用いられて次の輪に繋げて行く大切な仕事をしているのだ。それぞれの生活の場は違い、毎日起こる出来事は違っていても、そこに関わって下さる神様と私達の関係によって、私達は繋がっている。そして神様によって繋がっていることによって、それぞれの場に置かれている私達が、それぞれの年輪を築きながら、神様の世界を広げて行く事ができるのである。 立野先生は、この日の週報にある「今日の福音」にこう書かれている: 神様から平等に与えられているものがあります。命と時間です。同じように与えられている時間も、質には違いがあります。同じ時間を過ごしても、ある人は苦しみの中で、ある人は喜びの中で過ごします。しかし、どちらにも神様が関わっておられ、その人にしかない年輪が出来上がっていきます。アメリカと日本は場所が違うけれど、神様から与えられた同じ時間の中で、主の来臨を待ち望んでいます。この別々の場所で生かされた年輪が共に歩む時、神様の世界は広がっていくのです。主の年輪はどこをみても神様がそこにおられることの証です。 立野先生の楽しくも力強いメッセージを今回も聞く事ができたことは私達日本語部が新たな年輪を重ねるこの時に、最もふさわしい神様からの贈り物であった。礼拝の後は、久しぶりに日本語部の礼拝に出席された方々も交えて、楽しい愛餐のひと時となった。短い自己紹介の中で、立野先生の説教を聞きながら、自分がこの教会に導かれた時はどんな時だったか、様々な思い出が胸にわき起こって来たと、感想を述べられた方もあり、私達がそれぞれに、立野先生のメッセージを通して語られた「主の年輪」をしっかりと聞く事ができた事が確信できた。 温かい食事の交わりの中で、これからもこのハンティントンビーチの地に置かれた私達の小さな群れが、ますます神様に用いられ、喜ばれる群れとして年輪を重ねて行こうという願いと祈りがこみ上げて来た。来年の11月はどのような宣教記念礼拝になるだろう? どのような将来が待ち受けていようと、毎日毎日を神様と共に歩み、確かな年輪を重ねて行ける私達でありたい。芙美Liang 記録 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace [Translate]