Archive for April, 2012

Tweet ルカによる福音書24章36b-24節 「私たちはキリストの証人」        “We are witness of Christ”  私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなた方にあるように。アーメン。 今日の福音書はイエス様が復活して3度目に弟子たちの前に現れた話です。一回目はイエス様が復活された日曜日で、弟子たちは、墓に葬られたイエス様に出会った婦人たちから聞いて、それが本当なのか、一体これはどういうことかと思っていた、またユダヤ人のリーダーたちが弟子たちを探していることを恐れてびくびくしていた時に、イエス様が、弟子たちが集まっていた部屋の閉まっていたドアを通り抜けて、弟子たちに会われた時です。 二回目にイエス様が現れたのは、二人のイエス様の弟子がエマオと言う町に行く途中に独りの旅人として旅の仲間に入り、エルサレムで起こった出来事を話し合っていた時、また、特に夕食を一緒にいただいた時、パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いた時で、その時、この二人のイエス様の弟子の目が開け、その旅人がイエス様だと分かったのです。 さて、今日の聖書の記事に戻る前に皆さんに質問があります。2003年に、South East Asiaから始まったと言うSARS と言うインフルエンザが世界に散らばっていったのをおぼえていますか? 英語では、 “Severe Acute Respiratory  Syndrome” と呼ばれていました。その時、 私は日本に両親を尋ねていたのですが、帰りの飛行機は殆どの人たちがマスクをかけていました。あちこちでごほん、ごほんと咳をしていた人は皆から睨らまれていたのを思い出します。そのSARSはカナダのBritish Columbia で多くの人を肺炎にし、何百人もの人の命を奪ったのです。これが、世界的な感染病になると心配していましたが、それまでにならなかったのはluckyと言うしかありません。 しかし、今現在、SARSはなお続いているのです。そのSARSはSevere Acute Respiratory Syndrome ではなく、 “Severe Acute Rejection Syndrome” と言われ、多くの人を「神様なんているわけない」と思う、また、多くの人がイエス・キリストへの信仰から離れてしまったのです。 少しここでキリスト教の日本に入ってきた明治時代のことをお話しましょう。 明治初期の日本は、文明開化の名の下で、日本人の思想家、政治家、また西洋から始まった蒸気機関車、エンジン、また民主主義とはどのようなものか、また西洋の宗教であるキリスト教を勉強するために、多くの人がアメリカとヨーロッパの国々に送られたのです。何年もこのように外国で文明開化の土台となる学問、知識、またキリスト教も多くの日本人によって広められていったのです。日本人が西洋の文化を受け取り、世界一流の国になりたいと思ったのは何も悪いことではありませんでしたが、その西洋の土台にあったキリスト教の教えは、天皇陛下が日本の文化の中で「朕は神なり」と言われていた時にも伝わってきたのです。 メソジスト教会はRev. Dr. Brown、聖公会はRev. Dr. William,  長老派教会は、Rev. Dr. Hepburn, ルーテル教会は、Rev. Dr. Schere, そして東方教会、それはオーソドックス教会は同じように1861年にDomitri Kasakinを日本に送りキリスト教の布教を始めたのです。もちろんカトリック教会は徳川時代の前から日本で布教を始めたのですが、キリシタン禁止令により隠れ・キリシタンと言う形でつづき、今なお、独自の形でイエス様の教えを伝えています。 少しここで脱線するならば、明治維新に活躍した日本人の政治家、教育家の中にキリスト教の教えの精神を取り込んた有名人が沢山いるのです。日本初代の文部大臣は森有礼というひ一つ橋大学を築いた人、早稲田大学の初めの総長、大隈重信、慶応大学の初めの総長、福沢諭吉また西郷隆盛、大久保利通、板垣退助、また日本の武士道の教えにキリスト教を結び合わせた内村鑑三のように、キリスト教の精神と日本の文化と共に守ろうと試みた人たちが沢山いたことを知って欲しいのです。 日本人はアメリカ人のほとんどがクリスチャンであると思ってるようですが、アメリカの教会が一番燃えていた時は第二次世界直後の1950年から1975年でこの時に、アメリカの人口の50%が教会に通っていました。教会の礼拝の前に、Sunday school もまだ沢山の人たちで守られていました。その当時は皆勤賞などもあり、Sunday school を一度も休まない子供たちにピンが与えられた時代もあったのです。日本の教会でも毎日曜日に小さいカードを頂くのが私にとっては一番の楽しみでした。そのカードに書かれた聖句、イエス様の言葉を知ることができたのです。 小さい時は両親と共に毎日曜日は教会に行っていたと云われる方の中にも、今日教会には月に、一回、二回と言うのが当たり前になっているような言い方をする人たちもたくさんいます。日曜日は子供のサッカー、野球の試合の時、何か世界で一番キリスト教に熱心であった国と呼ばれたアメリカでもSpiritual SARS が私たちの世界を襲っているように思うことが多くあります。若し、Spiritual SARS によって私たちが、イエス様の教えから遠ざかっていると感じる時、私たちが戻るところは、神様の言葉、それは聖書を読むことです。聖書を読むことにより、また聖書の言葉が良く分かるようになるのです。しかしこれも神様からの聖霊によって分かるようになると言うのが本当ではないでしょうか。その聖霊とは、私たちの罪を取り除く為に十字架に架かって死んだイエス様、そのイエス様は今生きており、私たち何時も共にいてくださる、いつも神様の愛に私たちを包んでくださっていることを知ることです。しか、しこれも自分で信じられるように努力すると言うのではなく、聖霊により今生きていられるイエス様の導きで信じられるようになるのです。多くの人が、何故イエス様は私たちにご自身の姿を顕わさないのかと質問されますが、イエス様が自分の姿を私たちに顕わさない理由もあるのです。イエス様は私たちに、私たちの信仰によって神様を見てくださいとおっしゃっているのです。イエス様はまた私たちに手で触って神様を知るのでなく、信仰の手でイエス様に触れていただきたいのです。 またイエス様は私たちに、イエス様についてのことは何千年も前から旧約聖書の預言の中に救い主が生まれる、イエス様が私たちの罪を負って十字架にかかり死ぬ。しかしそれは、私たちの罪のため、その罪を取り除く為にこられると書いてあるのです。まさに2000年も前にそれが成就され、神様の愛が、すべての人を救う教えとして私たちがいただいた賜物です。 最後に私の牧師友達の教会から送られたnewsletterから読んだ話を紹介して今日の説教を閉じたいと思います。 ある時、13歳になる男の子がお母さんのことで、友達からからかわれ、いや思いをしていたことがありました。子のお母さんは息子の学校で給食担当の仕事をしていました。また息子のスポーツのイベントにも欠かさず参加して応援してくれていたのです。このお母さん若い時、とてもきれいな美人でした。しかし今、子のお母さんの方頬に大きな傷があるのです。その醜い傷を見て、友達の男の子は「君のお母さんどうしてあんな顔をしているの、お化けみたいだ」とからかうのです。 そのようにからかられて、この男の子、「僕は学校にいきたくない」と言い出したのです。友達からお母さんの顔の傷のことでからかわれている。His mother knew that he was ashamed of herと知ってお母さんは、どうしてお母さんの顔の傷ができたのかを息子にはじめて語ったのです。お母さんの顔の傷は、昔住んでいた家が火事になった時にできた傷です。それは13年前、お母さん、夜中に、何かが燃えている匂いで起こされ、家で火事が起こっていることに気がついたのです。まだ赤ちゃんだった息子をブランケットに包み家から出ようとしていた時、火がお母さんに降りかかり、顔の半分が火傷でケロイドのようになっつてしまったのです。 その話をはじめて聞いた息子は、その時始めてお母さんの顔の傷を感謝の念を持って見ることができるようになったのです。そして僕を助ける為に命をかけたことを感謝する思いが初めてできたのです。それ以来、お母さんの顔の傷を愛の傷と思うようになったのです。 イエス様が私たちの罪のため十字架にかかってまで死んでくださった。それは御子を信じる者が、独りも滅びないで、永遠の命を得るためである。これが私たちのためにイエス様が下さった最大のギフトです.私たちは愛されることから外れることなく、今も後の世界もイエス様と共に過ごすことができるのです。アーメン。         Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet ヨハネによる福音書 20章19-30節 「信仰を持つとは?」”What Does It Mean to Have Faith?” 私たちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなた方にあるように。アーメン。 今日の説教を始めるにあたって、信仰とは何かという質問を皆様に答えていただきたいのです。(皆さんからの答えを聞いてみる)私の英和辞典によると、信仰は英語ではfaith で、信頼、信念とも訳されています。また、信仰は、希望、そして愛と共にキリスト教の3つの大きな徳の一つと言われています。聖書辞典によると信仰の定義は聖書の言葉から出てきます。ヘブライ人への手紙、11章1節に、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、まだ見えてない事実を確認することである」と書かれています。また私の信仰と言うものの聖書以外からの定義では、「信仰とはまだ理解できないことであってもそれを信じることです」。英語の訳では、 “Faith means you believe even when you do not understand.” と言えるでしょう。 さて、皆さんは福音書の中で出てくるイエス様の友達のラザロと言う人の名を覚えているでしょう。ある時、イエス様は友達のラザロが死んだと弟子たちに伝えたところ弟子たちはイエス様に「そんな所に行くのは辞めてください。この間、私たちもそのラザロの家のあるベタニアに行った時、町の群集があなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこに行かれるのですか」と不満の声を出したのです。しかし、イエス様の弟子の一人は他の弟子たちに言いました。「私たちも行って、一緒に死のうではないか」と。又たある時、イエス様は弟子たちに自分が死が迫っていることを語ったのです。「私は去ってゆく。あなたたちは私を捜すだろう。私の行くところにあなたたちは来ることができない」と。イエス様はご自身のこの地上での命がもう長くないことを知り、弟子たちに「私はあなたたちの行き着くところの準備に行ってくる。それは私のところで、そこにあなたたちも来ることになる」と言われたのです。 その時、また同じ12弟子の一人がイエス様に食って掛って言った言葉は、「主よ、私たちはあなたがどこに行くのか分かりません。どのようにしてあなたが行くところがわかるようになるでしょう」と。そう言った弟子は誰でしたか?ペテロではありません。ヤコブ、ヨハネ、アンドレでもなく、トマスです。疑い深いトマスと言うあだ名が付けられたトマスです。今日の福音書によると、このトマスはどういうわけか、イエス様が弟子たちに復活された日曜日の午後、他の弟子たちが、ユダヤのリーダーを恐れて鍵を閉めた部屋でびくびくしていた時、イエス様が、鍵のかかったままのドアを超えて弟子たちの中にあらわられた時, そこにいなかったのです。 きっと独りで、イエス様が死んでしまったことを悲しんで泣いていたのだと思います。私も何か悲しい時があると、ほかの人から慰められることより、悲しみの思いに駆られて長い間、自分の気落ちした世界に、はまってしまう時があるのです。「独りだけにしてくれ。私にかまわないでくれと」。それは自分に失望とは言わないまでも、自分はなんて惨めな人間と真っ暗な部屋の中で涙をぽろぽろ流すことがあるのです。或は、皆さんもそのような気持ちになること、なったこともあるのではないでしょうか? 8日たって弟子たちが皆、そこにトマスも共にいた時、復活されたイエス様がもう一度現れ、「私は、あの方の釘のあとを見、この指を釘跡に入れてみなければ、またこの手をそのわき腹に入れてみなければ、私は決して信じない」と宣言したトマスに「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じるものになりなさい」と言われたのです。トマスはそのイエス様の言葉からの聖霊に答えて、「わたしの主、私の神よ」と言ったのです。 イエス様は言いました。「私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである」と。多くの人は疑いのトマスと言うあだ名を付けてましたが、私たちも皆、疑ったことがあるはずです。イエス様は奇跡なんて本当にできるんだろうか。こんな広い世界の中で、私のことなんか、私の存在なんか分かっているんだろうか。私が悲しみに浸っている時、どのように私を支えてくれるんだろうか。私のこの世の人生が終わった時、本当に神様の国に連れて行ってくださるのだろうか。 疑いのトマスと言われているこの聖書の話は、実は、私たちすべてに当てはまるのです。しかしそれ以上に神様は、疑う私たちを信じる私たちに変えてくださるのです。変えさせて下さっているのです。心の中でイエス様の存在を熱く感じたことがありますか。ある人は私にこう言いました。「私はイエス様が私に話しかけてくれるのを我慢強く待っていますが、まだ、その経験がありません。私の信仰がまだ未熟だからでしょうか?」イエス様、神様は私たちに耳に聞こえる言葉で語るだけではなく、ある時急に、神様の存在を感じることができる時もあるのです。 自分ごとですが、私は時々、皆さんから、「岸野先生、何か心配事でもあるんじゃないですか?何か何時もらしくない、無邪気さがない、何か寂しそうな顔をしている。どうしたんですか?先生は私たちをリードしてください。牧師さんは羊飼いないですよ。羊飼いがいなくては信徒はばらばらになってしまいます。先生、私たちを見捨ててしまったんですか?、やる気をなくしちゃったんじゃないですか。私、私たち信徒は羊飼いなしではばらばらになってしまうんです」と。 さて牧師はどんな時も歯を食いしばって信徒に「私はあなたの牧師です。私についてきなさい」。と言うべきかもしれません。しかし牧師も同じ人間です。心の迷いもあるし、信仰が弱い時をあるのです。それが私のときは顔にも、言葉にも、態度で出てしまうのです。 しかし皆さんからの思いを聞くことはできます。できるだけでなく、それが私の牧師の仕事の中で必要なんです。皆さんの心配事を聞く、一緒に祈る、祈ってもらうことは牧師、信徒と言う関係を越して、イエス様に従う私たちにとってとても必要なのです。 さて疑い深いトマスとあだ名まで付けられたトマスに戻り、このトマスが実に私たち、一人ひとりの思いと行動をこの聖書の話の中で書かれていることに気がついてください。私たちひとり、ひとりもトマスと同じみじめな思いと行動に落ち込む人間ですが、そんな惨めな私たちをイエス様は、私の掛け替えのない子供、Children of God と呼んでくださっているのです。トマスは私たちであり、私たちはトマスなのです。そのトマスを愛されたイエス様は同じように私たち、一人ひとりを愛してくださいます。愛されている私たちはお互いを愛し、大切にするとこを命じられているのです。どうか毎日の生活の中で、神様の愛を感謝し、その愛をお互いの生活の中で実行できる私たちになることをイエス様にお願いしましょう。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet ワシントンDC日米友好の桜植樹100年を記念して、私たちLCRでもFTF主催によるCherry  Blossom Festival Luncheonを来る4月29日「日曜日の礼拝後」に行われる事はお知らせ済みです。LCRと日本語部を合わせて85名の会員がこのお祭りに参加されます。  当日は日本語部の何人かの有志が着物を着て「さくら、さくら」をLCRの有志と日本語、英語で歌います。 また大橋さんが踊りも披露いたします。その他さくらに因んだ歌、          It looks  like rain in cherry blossom lane ,                                                     Cherry Blossom time, (I’ll be with you in)                                                      Cherry pink and apple blossom white                                                          を皆で歌います。午後のひと時を桜の木の下で日本の様に「御弁当」を楽しむ雰囲気で過ごします。写真は後程掲載致します。   100 YEARS OF BEAUTY & FRIENDSHIP (FTF, Gail Perkins記) Every year at this time, the National Cherry Blossom Festival takes place in our nation’s capital. This Festival commemorates the 1912 gift of 3,000 cherry trees which were sent to Washington D.C. by Tokyo Mayor Yukio Ozaki. This gift, and the annual celebrations that ensued, honor the lasting friendship between the United States and Japan. This year marks the 100 anniversary of this gift of friendship. It all began with a simple ceremony on March 27, 1912, when First Lady Helen Taft and Viscountess Chinda, wife of the Japanese Ambassador, planted the first two cherry trees on the north bank of the Tidal Basin in West Potomac Park. These original cherry trees, along with many others, turn the Park into clouds of pink each spring. In 1915, the United States Government reciprocated with a gift of flowering Dogwood trees to the people of Japan. In 1927, a group of Washington D. C. school children reenacted the initial 1912 planting of the trees. Other spring activities also took place on that day, effectively creating the first Festival. The Festival had grown even larger by 1935 and was sponsored by civic groups in the nation’s capital. In 1965, First Lady, Lady Bird Johnson accepted 3,800 more cherry trees from Japan, And in 1981, the gifting came full circle when…

Tweet CCN Newsletter Insert May 2012日本語 詳しくは掲載のNewsをご覧下さい。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 2012過ぎ越しの礼拝 LCR日本語部主催の「過越しの礼拝」を伊藤先生がなされてから今年で4年目。伊藤先生が去られても続けてくださいと言うことで英語部も招待してCarl Zimmermann牧師と共同で式を持つこと3年目。昨年Carl牧師が式文を作られてLCR特有の登録済みの式文では2年目。今年は日本部の大黒柱の芙美Liangさんが日本、台湾と旅行されて、アメリカ帰国は過越しの3日前の4月2日でしたが昨年と同じにしましょうと言うことで『ぶっつけ本番』に近いような私たち準備者でしたが、FTFの方二人は必ず補助しますと約束してくださって、それに日本部からも三人助けの手をくださる人が決まっていて、お願いした時間以前に来られて12時に始まる式ですが11時半にはすでに準備は出来ました。 12時にCarl牧師の言葉で始まり、岸野牧師、芙美さん、私とで式を終わり、聖餐式に移り、その後食事になりました。 昨年とほとんど同じ食事 Matzo Ball Soup 肉 チキン 添え物 野菜(チキンと一緒にBakeしたApple, Apricot, Parsnip) Salad パセリサラダ、ロメインレタス Dessert Hungarian Walnut Chocolate Torte(小麦粉ソーダなしのケーキ) 昨年Horse Radishを作るのに加えるParsnipの余分をチキンとBakeしたのがよろこばれたのでParsnipをチキンのBakeに加えました。又お米はよく使われるとのことなのでライスピラフを加えました。Dillの香りを一種、カレーの香りと2種類のピラフでした。 参加者の中には始めて「過越しの礼拝 食事」の方がおられて「とても感激した」といっておられた。又中には「50ドルも払ってユダヤ人の過越礼拝食事に出たけれど、食事は少しもおいしくなかったが、この食事はおいしい」と驚いて1回だけではなく数回私の座席に来られて感激に堪えられないような人も居ました。大きい過越しの礼拝はユダヤ人でもケータリングを使ったりするそうです。簡単で美味しいはずですがおいしくないというのは理解しかねますが、3年目、3回の食事を作らせて頂いて「マッツァボールスープを食べたことがあるがおいしいと思ったのはここが始めて」と多くの人が言いに来られました。日本の味噌汁でも旨いのとうまくないのとあるようにマッツァボールスープも人によっておいしく作れない人もいるのでしょうね。 パセリサラダを作るのも3年目ですがその売れ行きが良いことも面白いことです。皆様喜んで食べておられました。Japan Festivalのカレーもそうでしたが,私の料理の腕ではなくイエス様が来られて手でかき回されて味を良くして下さるような気がするのです。  来年はCarl牧師はKing of Glory(隣の市Fountain Valley にあるルーテル教会)を招待してMaunday Thursdayの夕礼拝を過越しの式にしましょうと云われました。それが過去3年と同じにFull Course MealとなるのかSeder Plate を使っての式だけなのか現在はまだ決定してはいません。でも私たちクリスチャンが受ける聖餐式がここから始まった、歴史をさかのぼり多くの人がイエスの最後の食事を体験することが出来るのはすばらしいことではないでしょうか。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 2012年4月11~14日 第11回Assembly of the Association of Asians, and Pacific Islander, ELCAアジア、太平洋各島 米国福音ルーテル教会 総会に参加して!                民 Day   初めにこの総会はどういうものかを和訳しましょう。 「二年置きにアジア、太平洋各島出身者のELCA福音ルーテル教会のミニストリーが集合して重要なことを決定するので是非参加されることを期待します。」目的は以下の通りです。 1.    アメリカ在住アジア、太平洋各島 福音ルーテル教会会員として信仰を証す。 2.    私たちが持つ民族特有のギフトをキリストの証人として賞賛する。 3.    神の民として、アメリカ福音ルーテル教会の会員としてユニークな文化を役に  4.    アメリカ福音ルーテル教会の中のアジア、太平洋各島民会員のコミュニテイーとして全国内の目標,計画を実行し、モニターする。        アメリカ福音ルーテル教会の会員としてアジア、太平洋各島のコミュニテイーを強化する。 The Assembly The biennial assembly of Asians and Pacific Islander Ministries is the highest decision making body for Asians and Pacific Islanders in the ELCA.  Thus, your participation in this event is requested.  The purposes of the AAPI-ELCA as stated in its bylaw are:   1.      To express the Christian faith from Asian Pacific American perspectives. 2.     To encourage the special gifts brought by the Asian Pacific American community to the witness of Jesus Christ. 3.     To facilitate the full participation of Asian Pacific American members of the ELCA and to the fullness of the inclusiveness and diversity of the           people of God. 4.     To facilitate, and monitor the implementation of the National Strategic Plan of Ministries among the Asian and Pacific Islander community in the           ELCA. 5.     To strengthen the unity of the Asian and Pacific Islander community in the ELCA.   私は2年前にシカゴで行われた時に参加させて頂いたのが初めてです。 シカゴで随分多くの方たちと知り合いになり、今回はMs.Gladys Chowの教会(Christ Lutheran Church, Monterey Park, CA)であることから、彼女に会うことを楽しみに行きました。案の定、彼女はすでに台所でコーヒーやお茶を準備して、また夕食のために忙しく働いていました。彼女はシカゴでも台所に居て全員の食事の準備をしていた人です。私より1才若いだけですが、皺もしみもない赤ちゃんのような綺麗な肌はまさに神様が彼女の働きを知ってのご褒美のように私には見えます。   第一日目の水曜日は午後からですが礼拝堂ではすでにピアノやバンドがプレイズ ソングを弾いて大きな声で歌っていました。「讃美歌は常に大きな声で歌いなさい」と言い続けられた藤田先生を思い出します。AAPIのデイレクターのポンサク牧師(これはファーストネームですが苗字は長くて覚えられなくて、誰もがポンサクと呼ぶようです)も藤田先生のように大きな声で何時もプレイズソングをリードしています。その内の一つはポンサク自作の「Jesus the Word」と言うのがあります。  タイの集まりは体は中位の髪が背中まで伸びている若い牧師が先に立ってバンドをリードしています。彼らのコミュニテイーはぐんぐん伸びて広がっていてミニストリーの数も増えているので『その秘密はなんですか?貴方の長い髪ですか?』と冗談を言われた位です。兎角この牧師の周りにはエネルギーが満ちていて『そばに寄って行きたい』と思わせられるのは本当に神の御手が伸びていると思わせられます。お話では彼は日曜の午後早くから準備をして、7時の礼拝に備えて、礼拝では数多くの歌を歌い、その後礼拝が終わっても歌は続けられて誰も帰りたくなくてやっと夜中の1時に(仕方なく?)全員帰途に向かうのだそうです。多くの人が随分遠い所から来て、着いたら、楽しくて誰も帰りたくないような所に聞こえました。わたしの予想では午後7時に礼拝をすると言うのは多分多くの人が仕事をしていて、その後で教会に来るのでしょう。私もそうでしたが他国からの有色人は他の人が避けるような仕事やらスケジュールやらをして(またはさせられて)生活を保っていきます。多分私と同じように休みも無く週に7日も8日も働いている人もあるのではないでしょうか、でも教会に来るのを楽しみに1週間を過ごしているのではないでしょうか。そして、そこでは悩みや問題を話し、聞いてもらい、歌を歌い、新しい力を得て又次の週の仕事に向かうのではないでしょうか。若い夫婦または母子家庭もいたようでした。子供たちは遊び用のテントの中で朗らかに遊んでいました。教会はその子達には生活の一部のようで何の違和感も無いような様子で遊んでいました。私たちLCRの日本語部は23年前の最初から教会を与えられて、日本の福音ルーテル教会、シカゴの本部から資金が来て幸運なミニストリーだと聞きました。多くのAsians and Pacific Islanders(アジア、パシフィックアイランダー)の会員の多くのミニストリーは全く無から始めてまだまだ経済的には随分苦労が多いと聞きました。でもそういう所の会員たちの顔は喜びに溢れていて、神を褒め称える気持ちを歌にして大声で歌うのです。ある母子家庭の母はテキサスから来ていて、このアセンブリーに参加するのが楽しみで一生懸命貯金をするのだそうです。ほかにもそういう人は多くいるとの事でした。  話はGladysに戻りましょう。彼女と私は殆ど同じ年、でも彼女は身も体も神への讃美で溢れていて皺ひとつ無い顔は煌々と輝き、証をさせるなら若い人に負けないエネルギーで喜びを語ります。彼女の感謝に溢れた心は彼女をどこのカンファレンスにも出かけさせて、そこで参加者全員(百人、または百人以上?)の食事の世話をするのです。  こういう人達は聖書を衣と着てイエス様を顔につけて日々を過ごしている人達です。 なんとすばらしい証でしょう。言葉でなく行動で証をしている人達に囲まれた3日間でした。 私たちもこの貧しいグループが二年かけてアセンブリーに参加するために貯金をする態度を学ばなくてはいけないとつくづく思わされました。  .もう一つ嬉しい事は、7-8年前に日本語部が無くなるのではないか、と危ぶまれた頃に立ち上がり愛子G. さん、数年前に亡くなられた中内さんを中心に牧師のいない日本語ミニストリーを保ち続けてきた芙美 Liangさんですがそれだけではなく、いろいろな事に奉仕するだけで無く数え切れない大切な仕事, 例えば日本語部と英語部を近づけたFriendship Task Force「友好実行委員会」、Care Connection Net Work、シカゴのELCA, AAPI, または地元の教区との結びつき、日本の福音ルーテル教会との関係保持、述べれば尽きない彼女の働きが認められてアセンブリーの2日目の夜の式で表彰額を授けられたことです。これは故意に額を受け取る人達の名は隠してあったようで芙美さんは名を呼ばれるまで知らないでいましたが、私は少し前に芙美さんの働きを述べる役を頼まれていました。芙美さんの過去8年の貢献した仕事を全部述べようとメモを持っていましたが、ステージに立つとライトはまぶしくて多分あがっていたのでしょう、言いたかったことの半分も言わないでしまいました。(芙美さんゴメン)   Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet                        Children’s Blessing Service                          子供祝福礼拝   Lutheran Church of the Resurrection and its Japanese Ministry cordially invite you, family and friends to join us for a special Blessing of the Children worship service on Sunday, May 6 at 11:15 AM.  Just as our Lord readily welcomed small children to his side, this service will remind us that children hold a special place in the heart of God.   This service will also recognize and celebrate the role of parents and caregivers in their child’s development and will lift up the need for our children to be nurtured and affirmed.   The service, for Christians and non-Christians, will be conducted in both English and Japanese and Pastor Kishino’s  message will be delivered in conversational English.   We also hope that you will join us for lunch immediately after the service.   For more information please call the church at 714-964-1912 or Pastor Kishino at 714-401-9457.   We look forward to welcoming you and your entire family on May 6 at 11:15 AM as we bless our children with the love and compassion of God.   春らしい季節となりました。草花がすくすくと伸びるこの季節に、復活ルーテル教会日本語部では、「子供祝福礼拝」を行います。是非ご家族、お友達もお誘いの上「子供祝福礼拝」にお出で下さるようご案内いたします。 礼拝は、5月6日日曜日の午前11時15分から始まります。私達の主が幼子を快く身元に招いたように、全ての子供達が神様にとって特別な存在であることを、礼拝を通して覚えたいと願います。また、子供達の為に日夜全力を尽くしているご両親並び保護者の皆様を覚え、子供達が、神様の守りと愛の中でしっかりと成長して行くようにご一緒にお祈りいたします。   クリスチャンでない方もこの特別な礼拝にご出席下さるようお待ちしています。当日の説教は岸野牧師の簡単な英語によるメッセージです。又、礼拝後の昼食会にも是非お残り下さい。   詳細は、下記の復活ルーテル教会日本語部、又は岸野牧師までご連絡下さい。   復活ルーテル教会・日本語部 9812 Hamilton Avenue Huntington Beach, CA  92646 日本語部直通電話:714-964-1912 email: jministry@lcrhb.org 主任牧師:E. Carl Zimmermann 日本語部牧師: 岸野豊 岸野牧師携帯:714-401-9457 牧師・教区長補佐:安達均 website: california.lcrjm.com Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet May 2012 Calendar     2012年5月のCalendarを掲載いたします。 家庭集会は未だ未定ですが予定として記しました。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 週報通算#1209W (日本語) 2012年4月22日の週報 週報通算#1209E (英語) Sunday English Bulletin 1209E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 週報通算#1208号(日本語) 2012 4 15W Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace