Tweet 召天者記念礼拝招待状 2014 召天者礼拝案内状2014English Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet 復活ルーテル教会は、今年で50周年を迎えました。今年行われるジャパンフェスティバルは50周年記念行事の一つとして行われます。9月20日土曜日の午後1時から5時半まで、楽しい催し物を沢山用意しています。先ずはこのフライヤーをご覧下さい。 2014 Japan Festival Flyer (Japanese) FTF 2014 Golden Japan Festival Flyer Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet 来週は日本語部の信徒会が軽食後に行われます。9月20日土曜日に行われるJapan Festivalそして9月28日に行われる 召天者記念礼拝について話し合います。行事案内のカテゴリーで、両行事のご案内を紹介させていただきます。 是非ご覧下さい。 2014年8月17日LCR日本語週報通算第1319号 2014年8月17日の週報 August 17, 2014 LCR Japanese Ministry Bulletin Sunday English Bulletin 1319E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet 今週は詩編87編を読む。「詩編を読もう」のコラムに何度か書いて来たが、読んでいる詩編は、次の主日に与えられる福音書個所と関係がある。17日の日曜に与えられている福音書はマタイ14章22-33節で、ユダヤ人ではない異邦人(カナン人)女性と悪霊にひどく苦しめられていた娘が、主イエスによって癒され救われる話である。では、87編を読み、いつものように気になる言葉は何かを挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神はこの詩編箇所を通して何を語りかけているか思いを巡らせて行きたい。 詩編87編 1:【コラの子の詩。賛歌。歌。】聖なる山に基を置き 2:主がヤコブのすべての住まいにまさって愛される/シオンの城門よ。 3:神の都よ/あなたの栄光について人々は語る。〔セラ 4:「わたしはラハブとバビロンの名を/わたしを知る者の名と共に挙げよう。見よ、ペリシテ、ティルス、クシュをも/この都で生まれた、と書こう。 5:シオンについて、人々は言うであろう/この人もかの人もこの都で生まれた、と。」いと高き神御自身がこれを固く定められる。 6:主は諸国の民を数え、書き記される/この都で生まれた者、と。〔セラ 7:歌う者も踊る者も共に言う/「わたしの源はすべてあなたの中にある」と。 気になる言葉や節はなんだろう? 私の場合は、「主は諸国の民を数え、書き記される/この都で生まれた者、と。」 詩編作者の立場を思って、今週の詩編を読んでいきたい。おおざっぱには、1-3節までは、エルサレムにある神の栄光が詠われる。4-7節はエルサレムが生まれ故郷である、と宣言する人々の喜びを詠っている。1節に「コラの子の詩」と書いてあるが、コラとはユダヤ教の礼拝で聖歌隊を務めていた人々のことだと思われる。主が定めた聖なる山、エルサレム(シオンの山とも呼ばれる)のことを詠いはじめている(1節)。 ヤコブ(ヤコブの子孫たち、すなわちイスラエルの民全体を指しているのだと思う)が、さまざまな理由で、エルサレムではない土地にも住むようになっているが、主なる神が、何よりも愛されるシオンの城門(エルサレム)よ、(2節)。神の都(エルサレム)よ、主の栄光について人々は次のように語ることでしょう(3節)。 「主なる神は、ラハブ(イスラエルの民が400年奴隷として仕えていたエジプトのことを指している)と、バビロン(イスラエルの民が紀元前6世紀に捕囚された土地)で生まれた者たちも、主の民として挙げる。 さらにはペリシテ、ティルス、クシュ(当時のイスラエル周辺諸国で、イスラエルからすれば、諸外国)で生まれた者たちも、聖なる山(シオン、エルサレム、聖なる都)で生まれた、と記録される。」(4節) シオン(聖なる都)について、人々は語るであろう、「この人もあの人もこの都で生まれた。」とし、いと高き神がそれを確かなこととして定められる(5節)。主なる神は、諸外国で生まれた者を数え、皆エルサレムで生まれた者とされる(6節)。礼拝や祭りで、歌う者も踊る者も、いっしょに賛美する、「わたしたちの源は、すべて主の中にある」と(7節)。 この詩編箇所を通して、主なる神は現代の私たちに何を語っているのか、思いを巡らせてみたい。詩編87編は多分に預言的要素を含んでいる詩編のように感じる。3節から5節で詠われている内容は、ユダヤ民族だが、さまざまな歴史的背景からエジプト、バビロン、ペリシテ、ティルス、クシュ等々の諸外国で生まれたユダヤ人がいたことは確かで、その者たちも含めて、聖なる都、エルサレムで生まれたユダヤ人として、主なる神が認めてくださることを詠っているようだ。しかし、6節に入って、その範囲がずっと広がって行くように感じる。6節の「諸国の民」とは、諸国にいるユダヤ民族だけではなく、諸国にいる異邦人も含めて、すべての民が、エルサレムで生まれた民、主なる神としての扱いを受ける、すなわち、主イエスからの慈しみを受け、救われることが、紀元前から預言され、詠われていたように思う。福音書に残された事実として、主イエスを救い主として受け入れ始めたのは、サマリアの女(ヨハネ4章)であったり、17日の福音書個所にある、カナン人の女性である。また紀元後の世界を見ると、ユダヤ人以外の世界各国の民が、主イエスを救い主と受け入れ、主イエスからの、とてつもない豊かな恵みを受けつつ、救い主なるイエスを賛美し、主にある喜びの中に生きている時代が訪れてきている。復活ルーテル教会に集う私たちもその中にある。 そのようなできごとは、史実であり、主なる神、イエスによる導きの中で起こっている。栄光は主に! アーメン 安達均 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet ヨハネによる福音書11章1節から44節までを読み、イエス様がラザロを生き返らせた奇跡の経過を学びました。 記録をご覧下さい。質問、ご意見、大歓迎です。 The Raising of Lazarus ラザロの死 John 11:1-44 ヨハネによる福音書11章1節〜44節 最初に、ラザロという名前はどういう意味だろう。ラザロは “Eleazar”の略で、「神に助けられた人」と言う意味である。 イエスはラザロをただ助けただけでなく、生き返らせたのである。1節から44節までを注意深く読んで行こう。 ラザロが病気だという事を、ラザロの姉妹であるマリヤとマルタがエルサレムに居るイエスの所にメッセージを送った。 この時、彼女達はラザロが重病なのにも拘らず、決してイエスに「すぐ来て下さい」とは言わなかった。きっと彼女達は、 ラザロを愛するイエスが、必ず善き行動をとって下さると信じていたのだろう。 私たちが年がら年中祈りの中で「イエス様、こうしてください、ああしてください」と指示するのとは全く違うではないか。 4節で、イエスが「この病は死で終わるものではない」と言っているが、その意味は、ラザロが最終的に死に至るのは、今のこの病いが原因となるのではない、という意味である。という事は、イエスは自分がラザロを生き返らせる事をすでにご存じなのだ。ところが、イエスはラザロが病気だという知らせを聞いた後、すぐに彼の所には行かなかった。聖書には、「なお二日間同じ所に滞在された。」と書いてある。なぜ直ぐに飛んで行かなかったのか? 答えは4節に書かれている、「神の栄光の為である。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」。どういう事かと言うと、病気の時に行って癒してあげるよりも、肉体が完全に死んでしまい、誰が見ても生き返るはずはない、という状態の時に生き返らせてこそ、本当の神の栄光を人々にわからせる事が出来るからである。イエスが神の栄光を受けた神の独り子であり、神から特別の力を与えられた救い主である事を人々が完全に理解するには、ここまでしなければならなかったのである。 さて、7節から10節を読むと、イエスは「もう一度ユダヤに行こう」、と弟子達にいわれる。ヨハネの10章31節にも書かれているように、イエスは、以前そこでユダヤ人達に石で撃ち殺されそうになった。そんな場所になぜまた行くのですか、と弟子達は驚いたであろう。しかしイエスには彼の考えがあった。ラザロの住むベタニヤはユダヤの地域にある村だった。イエスは先ずユダヤに向かい、それからラザロの住むベタニヤに行く考えだったに違いない。11節に、「わたしたちの友ラザロが眠っている、しかし、わたしは彼を起こしに行く。」と言われている。ここで面白いのは、弟子達は、実際にラザロが病気で寝ていると思って、イエスの言われた言葉に対し「主よ、眠っているのであれば助かるでしょう。」と答えている。 しかし、ここでイエスははっきりと「ラザロは死んだのだ。」と言われ、「わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたたちにとってよかった。あなた達が信じるようになるためである。」と語っている。ここでイエスが意としているは、もし自分がその場に居て、死にそうなラザロを生き返らせただけなら、弟子達にとって、今までの奇跡と同じように、「すごいなー」で終わってしまい、また直ぐにイエスが神の独り子である事実を忘れてしまうに違いないからなのである。 イエスがそう言われた後、トマスが直にこう言っている、「わたしたちも一緒にいって死のうではないか」と。きっとトマスは、イエスが以前ご自分の死を預言された事を思い出し、もしかしたらイエスがそこで死ぬのかもしれないと思い、自分たちも一緒に死のう、イエスを一人では死なせない、そんな気持ちでそう言ったのであろう。実際にイエスは後に十字架に架かるが、一人として一緒に死んだ弟子は居なかった。この箇所から学ぶ事は、私たちがその時は誠心誠意そう思って言っている事でも、実際にその状況に直面した時、そう行動できるかどうかわからない、という事なのだ。多分できない時の方が多いに違いない。 さて、イエスが来たと聞いてマルタは迎えに行った。イエスは村の門外に居た。ベタニヤはエルサレムの近くにあったので、沢山の人がラザロの家に集っていた。すでにラザロが死んでから4日も経っていた。マルタは心の中できっと葛藤があったに違いない。だから、イエスに会うなり彼女はこう言っている、「主よ、もしここに居て下さったら、私の兄は死ななかったでしょうに。」そしてすぐその後にこう言い足している、「しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえて下さると、私は承知しています。」 彼女の中には、きっと悲しみと希望の葛藤があったに違いない。そこでイエスは「あなたの兄弟は生き返る」と言われる。マルタはそのイエスの言葉を、終わりの日の復活のことを言われているのだと思うのだが、イエスは、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」と答えている。その意味は、ラザロが生き返るのは、復活ではなく蘇生(Resurrection ではなくてResuscitation)であり、復活は神の子であるイエスの甦りだけが復活である事を意味している。死んでも生きる、という事は、この世でイエスの復活を信じる者には、永遠の命が与えられるという意味なのである。マルタはそれを「信じます。」と答えている。イエスはその後マルタと一緒に家には行かずに、マルタにマリヤを呼びに行かせている。それはマリヤにもマルタに話した事と同じように話す機会を平等に与える為にである。マリヤが急いで立って出て行くのを見た人達は、マリヤがきっとラザロの墓に泣きに行くのだろうと思いマリヤについて村の外まで出て来る。ここで明らかになるのが、なぜイエスが村の門外にいたのか、ということだが、その当時の墓地は村の外にあった。正にその状況を想像すると、全てが神様のご計画通りに行われていたのである。イエスが神の栄光を解らせたいと願っている人達が全てその場に集って来ていたのだ。マリヤもマルタと同じように、「主よ、もしここに居て下さったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言う。そして、マリヤは泣き、一緒にきたユダヤ人達も泣いているのを見て、イエスは憤りを覚えた、と書かれている。それはきっと、マリヤは本当に悲しんで泣いているのに、着いて来たユダヤ人達の中には、多分雇われて、葬式の時に大声を出して泣く人たちがいたからであろう。「心に憤りを覚えた」と二度も書かれて強調されているのは、 それほどまでにイエスが憤られた事が重要な事だからである。イエスは嘘の涙を流しているユダヤ人達に憤りを覚えられ、 盲人の目を開けたこの人も、ラザロを死なないようにはできなかったのか、と疑う人達に憤りを覚えられた。 35節に、イエスは涙を流された、とあるが、聖書の中でイエスが涙を流されたと記されているのはこの箇所だけである。それほどまでにイエスはラザロを愛し、それだけでなく、マリヤやマルタも憐れんだのである。イエスの涙はイエスの博愛を表している。 そして墓に来たイエスは、洞窟の入り口にある石を取り除くようにと言われた。ご自分で石を動かす事は容易だったに違いないが、イエスはご自分で手を触れずにこの奇跡を行われたという状況がここに描かれている。マルタは、村の外でイエスと話した時には、はっきりと、「はい、信じます。」と答えたにもかかわらず、ここではイエスに、「四日もたっていますから、もうにおいます。」と言っている。いかに私たち人間が、「はい、信じます」と言いながらも、神の偉大な力を信じる事を忘れてしまうか、この箇所から読み取る事ができるのではないだろうか。だからイエスが41節と42節で、わざわざ、「父よ、わたしの願いを聞き入れて下さって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださる事をわたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆の為です。 あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせる為です。」と言われるのである。そしてイエスはそう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で呼ばれた。手と足に布を巻かれたままのラザロがイエスに言われるままに出て来ると、きっと群衆は口をあんぐり開けたまま、驚いてラザロを凝視していたに違いない、だからイエスは「ほどいてやって、行かせなさい」と、突っ立ってラザロを見ている群衆に命じたのだ。イエスの憐れみである。 45節に、この話の結末が書かれている。「イエスのなさった事を目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。」こう書かれているように、4節にも書かれているように、「神の子がそれによって栄光を受けた」のである。この栄光とは、 私たちが思っているこの世的な名誉や栄誉ではなく、偉大なる神の栄光である。 今日の学びを通して私個人が感じた事は、イエス様がわざわざラザロが死んで四日も経ってからラザロを生き返らせたのは、 イエスの弟子達が、イエス様が盲人を癒したり、5千人を満腹にさせたりして、何度もイエス様の奇跡を目撃しているにも拘らず、未だに100%イエス様が神様である事を信じられない事実、そして多くのユダヤ人達も、私たちも、同じようにイエス様に救われながらもそれを解っていない悲しい事実、それらに対してイエス様が、これでもか、これでもか、と私たちに示して下さっている憐れみなのではないだろうか、という事なのです。私たちは、イエス様を信じます、と口々に唱えながら、直ぐに自分の周りで起こっている現実に振り回されて、共に居て下さるイエス様の存在を忘れていないでしょうか? イエス様を信じる事によって、日々新しくされ、この世を生き生きと過ごせる事を忘れていないでしょうか? 私たちもラザロと同じように、 毎日主イエス・キリストに在って、生き返る事ができるようにと切に祈ります。 芙美Liang 記 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet 本日の礼拝で、先月ボルネオにミッションツアーに行かれた皆さんの講演がありました。パワーポイントで50枚以上の写真を見ながら、香港から、ボルネオ、シンガポールと回って来られた様子が良く解りました。写真をご覧になりたい方は、Dropboxで遅れますのでご連絡下さい。 2014年8月10日LCR日本語部週報通算第1318号 2014年8月10日の週報 August 10, 2014 LCR Japanese Ministry English Bulletin Sunday English Bulletin 1318E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet 今週は詩編85 編9節から14節を読む。私事になるが、神学校時代に詩編の授業をとった。学期末に、最後のレポートを書くとき、どんな理由でもよいから詩編の一編を選び、それについて決められた質問にしたがってレポートを書くことが課題だった。その時、私が選んだ詩編が85編だった。 もう何を書いたかほとんど覚えていない。。。それはそれとして、今日新たに、85編をフレッシュな気持ちで読み、いつものように気になる言葉は何かを挙げる。次に、詩編の作者の気持ちになってどのようなことを詠っているか、よく考える。そして神はこの詩編箇所を通して何を語りかけているか思いを巡らせて行きたい。 詩編 85編 9: わたしは神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます/御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に/彼らが愚かなふるまいに戻らないように。 10:主を畏れる人に救いは近く/栄光はわたしたちの地にとどまるでしょう。 11:慈しみとまことは出会い/正義と平和は口づけし 12:まことは地から萌えいで/正義は天から注がれます。 13:主は必ず良いものをお与えになり/わたしたちの地は実りをもたらします。 14:正義は御前を行き/主の進まれる道を備えます。 気になる言葉や節はなんだろう? 私の場合は、9節の「彼らが愚かなふるまいに戻らないように。」という言葉。とくに広島と長崎の両原爆記念日の間にあって、ずっしりくる。 詩編作者の立場を思って、今週の詩編箇所を読んでいきたい。今日の箇所は9節以降の後半のみだが、簡単に1節から8節に何が書いてあったかを触れておくと、1-4節では良き時代に、神がイスラエルの民にしてくださったこと。5-8節では、現在は、その神と自分たちの関係がおもわしくなく、その関係改善を求める祈り、というか駆け引きのような様相すらある。そして、9節以降は、びっくりするような表現の賛歌なってくる。では9節から一節づつ触れていきたいが、9節は神の約束を信頼してあらたに詠い始める感じで、「私は神が平和を宣言されるのを聞く。自らが創造した民に対して、そして、神の確かな愛の中に生きる人々に。愚かに神に背を向けてしまわずに神に向き合う人々に。」10節で、「主を畏れる人には(今の神との関係がおもわしくない状況から変わって)神の救いは近く、神が私たちの地にとどまってる。」11節では、とても面白い詩的な表現をしており、慈しみ、まこと、正義、平和という四つの単語が擬人化されて、「いつくしとまことの二人が出会って、正義と平和が口づけする」と詠う。12節、さらに詩的な表現は続き、今度はまことは植物のように、また正義が植物が育つのに必要な雨にたとえられているかのようでもあるが、「まことが地面から萌えいで、正義は天から降り注がれる」と詠う。13節では、イスラエルの民を植物にたとえているようで、「わたしたち自身(イスラエルの民)が育つ地に、主なる神は良い栄養を与えてくださり、その地がわたしたちに実りをもたらす。」 14節では正義の擬人化表現がまた登場し、「正義が主なる神の前を行進して、主の歩まれる道を備える。」と詠って、詩編85編を閉じるが、9節以降で、イスラエルの民が誤まった行動をしてしまった中にも、力強い神の約束を詠い、静かに神を賛美している。 この詩編箇所を通して、主なる神は現代の私たちに何を語っているのか、思いを巡らせてみたい。本日のタイトルは「愚かなふるまいに戻らない。」とし、上記にも、今は広島と長崎の両原爆記念日の間にある、と書いたが、また世界の雲行きがあやしげになってきていることを危惧している。そのような状況におかれている人類に、今日の詩編の9節の言葉から、いかに戦争が罪深く、主なる神の思いからソッポを向いてしまっている、まさに「愚かなふるまい」なのかと思う。 人類は、それぞれ自分の国、あるいは自分の所属する団体なりの「正義」を掲げているが、この詩編12節で詠われているように、「正義」は天から注がれているもので、人類自身から勝手に沸いてくるようなものではないように感じる。「まこと」が萌えいでるという表現があったが、それはあくまで、地に生息する人類に、天から正義の雨が地に注がれるからこそ、「まこと」、真理、がそこに存在しうるのかと思う。「正義」と「平和」が口付けすると詠われていたが、正義と平和が一体であるということなのだと思う。つまり「正義」そのものは、「平和」なのだと教えられているように思う。今日の詩編の最後には、正義が主の御前を行進していて、主の進まれる道を整えているという描写があったが、そこには、主イエスが十字架を担がされて歩いている姿が浮かんできてしまう。主イエスが神の示される正義に従うゆえに。そして、今日与えられた詩編箇所の最初「主は平和を宣言される」は、十字架に架けられても復活し、弟子たちを赦して、「あなたがたに平和があるように。」と語ってくださったイエスの平和宣言をも思い出させてくれる。 アーメン 安達均 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace
Tweet マタイ14:13-20 ここに集まりました会衆の上に、また、今日この礼拝に来れない兄弟姉妹の上にも、聖霊の導きにより、主イエスの力、パワー、をさずかりますように! アーネストゴードンはスコットランド出身のイギリス軍の司令官だった。第二次世界大戦中、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン等に参戦したが、シンガポールが日本に占領されたのを機に、スリランカに逃げようとした。 しかし、逃げる途中に乗っていた船が日本軍につかまり、捕虜となった。 そして捕虜の一人として、泰面鉄道の建設に仕える労働者として働かされることになる。 泰緬鉄道とは、タイとビルマ(現在のミヤンマー)を結ぶ鉄道で、わずか2年たらずで完成した。しかし、6万人の捕虜たちと18万人のマレーシア、タイ、インドネシア等から強制的に集められたのアジアの労働者たちが働き、そのうち、1.2万人の捕虜ならびに9万人の労働者たちは亡くなったと伝えられている。 この泰緬鉄道は、死の鉄道、Death Railway、とも呼ばれる。日本人による捕虜たちの扱いは、残酷で、アーネストも拷問を受け、栄養失調、熱帯性の潰瘍、そして、盲腸炎も患うことになった。そして死を待つだけの収容所に送られた。死の収容所では、人々はただ死を待つだけの日々であった。 アーネストゴードンの話は、またメッセージの後半に触れたいが、ここで、今日の福音書の内容に入りたい。 今週与えられている聖書箇所は、「イエスはこれを聞くと」という言葉から始まっている。イエスは何を聞いたのだろう? 今日の箇所の前の段落、マタイ14章の最初に描かれた様子を簡単に説明するとイエスの幼馴染、洗礼者ヨハネが首を切られ、ヘロデ王の誕生会の席上、その頭を持って来られて、見世物になるという悲惨な出来事が起こった。そのことを、イエスは聞かされた。 イエスの悲痛な思いを想像して欲しい。胸を引き裂かれるような思いにかられたのではないだろうか? イエスは、ガリラヤ湖で船に乗り、人里離れたところで一人になり祈る。 ところが、病人を癒したり、目の見えない人を見えるようにしたイエスのことを聞いていた群衆がイエスを追ってきた。その群集は数は、男性の大人だけでも5000人。 イエス自身も本当に悲しい思いの中にあったが、同時にイエスは、追ってやってきた群集の病に苦しみ、そして飢えている人々への思い、愛に満ち溢れている。 弟子たちは、群集を解散させ、勝手に自分たちで食べ物を買いに行くようにしてはどうかとイエスに提案するが、イエスは弟子たちに、「あなたがたが食べ物を与えるように。」という。 弟子たちは「そんなことはできっこない」と思い、「パン五つと魚2匹しかありません」と叫ぶ。 しかし、その直後のイエスの御業を見て、考えが変わったのではないかと思う。 イエスは群集の前で、五つのパンと二匹の魚をとりあげ、賛美し、それを裂き、人々に与えた。 神に賛美することと、みんなで分かちあうことで、空腹だった5000人もの人々を、たった魚2匹とパン5個から、満腹にされる。 5000人という数字は大人だけなので、配偶者や子供もいれれば、おそらく2万人とかの人々が、いたのではないかと思う。 正確な人数が問題ではなく、そこに臨在される神の御名において、主イエスとの分ち合い、さらに、人々との分ち合いの中で、この奇跡は起こった。 ここでアーネストゴードンの話に戻りたい。アーネストゴードンは死を待つだけの収容所へ移動したが、そこで、二人のクリスチャン、ダスティミラー(メソジスト)とディンティモーア(ローマカトリック)の看病を受ける。同じく捕虜だったが、親身になって、アーネストの面倒をみて、立つことすらできなかったアーネストは、歩けるようになり、死の収容所からは奇跡的に出られることになる。 奇跡はアーネストに起こっただけではなく、キリストの愛に基づく二人の行動が、他の捕虜たちの行動がより仲間で助け合うようになった。また、何人かの日本軍将校たちの行動すら変化させていった。 さらに奇跡的ともいってよいことがおこった。彼らは、竹をきって竹やぶに囲まれたスペースを作り、その中に竹で聖壇をつくり、また十字架とランプも作って聖壇の上に置いた。 主イエスの体である教会は、どんなところにだって出来る、それが、想像もできなかったようなところにも。 キリストの愛があるところには、聖霊も存在しており、キリストの存在もある、なぜなら二人かそれ以上の人数でイエスの御名のもとに集まるところには、キリストがおられる。キリスト教を禁止するような日本軍の管理下にあったにもかかわらず、主の礼拝が実現し、多くの兵士たちに癒しと慰めが与えられ1943年のクリスマスには、約2000人もの人々が礼拝を守った。アーネストは第二次大戦終了まで生き残ったが、POWの経験は、彼の中の信仰心を強め、長老派教会の牧師に導いた。 私はこの話を、アーネストゴードン氏が書いた「クワイ河の奇跡」を元にかかれた日本の記事から主に学んだ。絶望の淵におかれたところに、キリストによる希望の教会が立ったともいえる。どんな劣悪でみじめな環境の中においても、そこにイエスキリストの聖霊との愛の分かち合い、また人々との愛の分かち合いが起こるような環境の中で、奇跡が起こるのだと思う。。 そして、現代においても、奇跡が起こっているのだと思う。マレーシア航空の事件にしても、イスラエルで起こっていることについても、まるで世の終わりかとも思えるようなことが起こっている。しかし、その中にイエスを分かち合い、信仰を分かち合う人々の間に神のパワーが与えられていることを信じる。 またみなさんの中にも、まるで死の谷を歩いていたような人々がいるかもしれないが、教会につながることが、すなわち神とのわかちあい、また人々とのわかちあいが絶望の中にパワーを与え、慈しみ、愛、希望、喜びが与えられる。そしてキリストの体の一部である復活ルーテル教会につながる中で、私たちも神が意図する偉大な出来事を成す。アーメン 安達均 “The Power of Being Connected To Church”3 Matthew 14: 13-20 May the Grace and Peace of Jesus Christ be poured into the hearts of the people gathered in this church! As a Japanese person, quite honestly, it is difficult for me to talk about this. However, with the help of the Holy Spirit, I would like to talk about Ernest Gordon’s remarkable story. Some of you might have heard about Ernest Gordon’s story from the movie “To End All Wars.” Ernest Gordon was a Scotsman who was a Commander in the British Army. He served during World War II (WW II) in campaigns including the Malaysian, Indonesian, Singaporean, and Philippine campaigns. After the fall of Singapore, he and other British officers tried to escape to Sri Lanka. However, his fishing boat was captured by a Japanese ship; his group was captured and they became POWs. He was part of a forced-work group that was tasked with constructing the railroad between Thailand and Burma. The railroad connected Thailand and Burma and was completed in less than two years between 1941 and 1943. Sixty thousands of POWs and 180 thousand workers from Malaysia, Thailand, and Indonesia were forced to work like slaves, and almost 90 thousand local workers and 12 thousand POWs died due to malnutrition, torture and disease. Ernest Gordon, in addition to torture, (at various times) suffered from beriberi, malaria, tropical ulcers, and underwent an…
Tweet 2014年8月3日LCR日本語部週報通算第1317号 2014年8月3日の週報 August 3, 2014 LCR Japanese Ministry Bulletin Sunday English Bulletin 1317E Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace