週報通算#1227号  (日本語)

2012 9 16W

通報通算#1227   (英語)

Sunday English Bulletin 1227E

マルコによる福音書 7章24-37節「イエス様の恵みと哀れみ」“The Grace and Mercy of Jesus”

私たちの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなた方の上にありますように。アーメン。

私の家族は子供がまだ小さい時から子犬を飼い始めました。一時は大きなラブラドルという犬もいましたが、カリフォルニアに移ってからは、ミニチュア・ダックスフンドとプードルが、家族の仲間入りをしました。小さい犬は可愛いし、子供たちが小さかった時は一緒にベッドに寝ていたのです。しかし郵便屋さん、小包の配達人が来ると、ワンワン、キャンキャンとうるさいこと。お客さんが来ても同じで困り201299ましたが、良いのは泥棒よけです。

今日の福音書を読んでいた時、「穢れた霊に取り付かれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエス様のことを聞きつけ、来てその足元にひれ伏した。女はギリシャ人で、シリア・フェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出してください」と頼んだのです。イエス様は答えて言いました。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、子犬にやってはいけない」。ここで子供たちとはユダヤ人のこと、子犬とは、異邦人のことを言うのです。これはイエス様の言葉遣いとして何とギリシャ人のお母さんを見下した言い方だと、私はイエス様に対して本当にこれがイエス様の思いなのかと疑問を持ったのです。しかし、イエス様は神様の愛を旧約聖書に親しんでいたユダヤ人を初めとして、世界のすべての人々に伝えることとができるよう計画されていたのです。

イエス様はユダヤの土地から今までに出ることはなかったのですが、今日の福音書の記事はイエス様が当時、ギリシャ語を話すイスラエルの北にあるシリア、それは、20129月現在Civil Warの起こっているそのシリアです。これは、聖書の中で、イエス様が、始めてイスラエルから、異邦人の所に出かけていった時の話し、そしてこの外国人の土地でイエス様は自分の娘が病気で心を痛めているお母さんの願いを聞き入れて、娘の病気を直してくださったのです。この土地はイスラエルの国からはそんな遠くはなかった。ですから、イスラエル、シリアを行ききしていた人達は、イエス様の評判を聞いていたはずです。イエス様が奇跡を起こすことのできる人、イエス様は愛に満ちた救い主との評判を知っていたでしょう。

諺に、「藁をも掴む思い」と言う言葉がありますが、この悪霊に取り付かれていた娘さんのお母さんは必死に自分の娘から悪霊が離れるようにと毎日祈っていたはずです。きっとそれは今で言う癲癇(てんかん)、epilepsyのようなものだったと思います。もう20年前のことですが、私の娘、katie がまだ5歳の時、朝いつものように学校に行き、家に帰ってきたとき少し熱がありました。風でも引いたのではと、娘に薬局で買った風薬を飲ませ、その夜は早く休むよう寝かせました。しかし、ごほん、ごほんと咳を繰り返している娘が私たちの寝室に入ってきて、体がだるいことを泣きながら訴えました。子供の痛みは親の痛みです。しかし夜中で、行きつけのお医者さんのところにはいけないし, 家内に調べてもらって住んでいたCorona という町から8 mile 先のRiversideにあるUrgent Care に車で飛んでいきました。そこに着いて、驚いたことに、この夜中に20人ほどの大人、子供がWaiting Roomで、私の娘のように咳をしながら自分たちの呼ばれる番を待っていました。皆何かだるそうな顔つき。お医者さんに見てもらう前に、看護婦さんが来て、「あなたの娘さん、どうもインフルエンザにかかっているようね。ここに来ている患者さん、殆の人達も同じ病気に罹っているようです」と。タオルを水に浸したものを貰って、ぐったりした、体の熱い娘を看病して、2時間ほど立ち、やっとお医者さんに診察して貰いました。

看護婦さんの言っていた通り、娘はインフルエンザに罹っていたのです。お医者さんから処方箋を貰い、今度は薬局に車を飛ばし家に帰ってきたのは夜中の2時を超えていました。当時は携帯電話も持っていない時で,何が起こっているかもしらなかった家内も心配で泣いていました。自分の娘、息子が苦しんでいる時、その苦しみは親の苦しみでもあります。ですから、今日の福音書のお母さんの娘に対する心配事は分かります。このお母さん、イエス様の評判を聞いていたのでしょう。今まで誰も娘さんの病気を治してくれる人は独りもいなかったのです。お母さんは、このままでは、娘も死んででしまうのではないかと心を痛めていたはずです。それに今のように病気になった人達は何が原因でそのような状態になったのか分からなかったでしょう。引き付けを起こしたからといって、それが、頭の中での Chemical unbalance  であるとか、細菌が体の中で炎症を起こしている、それを調べる方法は今でこそありますが、イエス様の時代にはそれが悪霊の仕業と思われていたのでしょう。

イエス様の時代に私が生きていたら、自分の子供が、大きな病気にかかっている、そのような時に、私だってイエス様と言う偉大な方を求めて、イエス様の前にひざまずき、「イエス様、お願いです。わたしの子供を救ってください」と言ったはずです。親にとって自分の子供以上に大切なものはないのです。自分の命に代えてまで子供に生きながらえてほ欲しいのです。このお母さんは必死です。私と私の娘を哀れんでくださいと何回も、何回も、何回も、イエス様に食いつくようにお願いしたにありません。イエス様の力のほか娘の回復はないと信じたからです。まさにこのお母さんは、子犬のようにうるさくほえ続く中で、イエス様はとうとう、彼女の願いを聞いてくださったのと思います。この福音書の話の中で私たちは色々なことを教えられますが、大切なことはこのお母さんはユダヤ人ではないということです。この女性はシリア・フェニキアの女です。ユダヤ人でない人が、イエス様を信じたのです。イエス様を信じるとは、イエス様こそ神から来た人と認めることです。しかし、旧約聖書を良く調べてみるとユダヤ人以外の人達にも神様が異邦人にも哀れみと慈しみを与えている記事によく出会います。

創世記の中でアブラハムの奥さんであるサライには子供が与えられず、悲しんでいたのですが、サライは自分の女中であるエジプト人のハガイをアブラハムに与えてイシマエルという子供をもうけたのです。妊娠したハガイにサライはきつくあたります。ハガイは、サライのもとから逃げたのですが、主のみ使いはさ迷うハガイを見つけてサライのもとに帰りなさい、私は、あなたの子孫を海の砂のように数え切れないほど多くふやすと言ったのです。これは創世記16章1-10節に書いてあります。ユダヤ教もキリスト教も回教も天地創造、また人間を作られた神様は同じ神様です。アブラハムはこの3つの宗教の中で、同じ神様の救いの契約を結んだ大切な人物です。それを知って、ユダヤ人、クリスチャン、回教徒が何世紀にもわたってお互いを傷つけあってきたのを知ると悲しくなります。

私は前に説教の中で、何回かMother Teresaについて語ったことがあります。Mother Teresa Yugoslaviaの出身のカトリックの修道者でしたが、インドに渡り、そこでいろいろ異なる宗教の人々の中で、また、みんなから嫌われていたカルカッタの貧民街で、家族のない人達、飢え死に寸前の人、夜寝るところもない人達に神様の哀れみを60年にわたって施してきたのです。仏教徒であろうか、イスラム教徒であろうか、ヒンズウ教徒であろうか、クリスチャンであろうか、宗教の違いを超えた人間として愛し、愛されることにMother Teresa は命をかけて生きてきたのです。すべての人間は神様に愛されていることを信じ、毎日、毎日の生活の中で、世間から見放された、忘れられた人達に愛の奉仕をすることに命を懸けたのです。同じように、私たちがほかの人間を無条件で愛することができるかという問いに、「はい、できます」とはっきり言える人はどれだけいるでしょうか? しかし、他人に対しての愛を実行することができるような人間になれますように」と神様に祈る時、わたしたちは神様から、人間としての本当の思いやりの心をいただくことができるのです。

私は、イエス・キリストを私の救い主と告白します。イエス様の愛によって、私も毎日の行動ができるように祈ります。さらに、私たちは世界の中でいろいろな宗教の違いがあっても、同じ人間であるという共通点からお互いを助け合って生きて行く私たちになりたいのです。お互いを助け合い、共に泣き、共に笑い、共に祈ることができるのは そのこと自信が、私たちが神様からいただいたギフトなのです。誰もこの世の中でひとりだけでは生きてはいけません。イエス様に私たちの求めているものを知らせてください。イエス様は、必ず私たちの祈りに耳を傾けてくださいます。

キリスト教はユダヤ教を母体としてイエス様の十字架の死後2千年にわたり世界のいたる所までイエス様の福音を述べ伝えてきたのです。これは最近のことですが、私の学生時代の友からe-mailで私たちの人生についての質問が入るようになりました。その友その中で一番語られることは年取った両親の面倒を見ること、また両親が亡くなったこと、定年引退後の人生の過ごし方、息子、娘さんたちの情報、そしてお孫さんのこと。私たちはどこにいても同じような話に花を咲かせるのですね。しかし、ここにいる皆さん、私たちは皆同僚です。兄弟姉妹です。同じ日本の土地からアメリカに来た私たち、その理由は何であったとしても、今ここで心を開いて語れる人達がいるのです。一緒に励まし合い、喜びの時も、悲しい時も、一緒に祈ることのできる私たちです。

今日の福音書で、イエス様に出会ったお母さんのように私たちもイエス様に私たちの祈りをささげ、イエス様の恵みの言葉と平安をいただきましょう。イエス様が私たちを見放すことはいたしません。そして私たち一人ひとりがイエス様の心を持ってお互いを支えながら生きてゆくこの教会を神様は私たちに下さっているのです。アーメン。

マルコによる福音書7章1-8、14-15、21-23節

「伝統と愛の行為、どちらが大切?」  “Which is More Important, Tadition or the Act of Love?”

 

私たちの父なる神と主イエス・キリストからの平安と祝福が、皆さんの上にありますよう。アーメン。

牧師は毎日曜日に何を説教するかを考える時、それもその日に与えられた聖書のテキストを何回も読み直して、時には「あ、このテキストに適したもの、よく似た文章を読んだことがある」と、頭の中にひらめくことがあるのです」。 

イエス様は神様の戒めを守ることが大切なことと強調したのですが、ユダヤの宗教家、祭司、学者たちは、戒めと同時に、伝統に基づく生活を強調したのです。昔からの習慣、伝統に従って生活するのが彼らの宗教観と生活の基本となって何千年にもわたる歴史の中で繰り返えられていました。

世界の中で、ユダヤ人ほど習慣、伝統を重んじる人達はいないでしょう。ユダヤ人にとって一番古い宗教のお祝いは過ぎ越しのお祭りですが、それはエジプトで奴隷として働かされていたユダヤ人たちが神様とモーセに導かれて、エジプトから彼らの祖先が住んでいた土地、イスラエルに戻ることができたことを祝うお祭りで、それを最初に祝ったのは紀元前1441年と云われています。今年は2012年ですから、1441年プラス2012年で合計3453年もの間、毎年ユダヤ人は過ぎ越しのお祭りを祝ってきているのです。

私たちクリスチャンは、神様の戒めを守ることを強調しますが、それらの戒律についていけない時があるのを知っています。戒律についてゆけない、戒律を守ることができない私たちが、真心から神様、この私の罪をお許しくださいと祈る時、神様であるイエス様は私たちを赦してくださるのです。戒律を守ることは大切ですが、所詮私たちは神様からこれを守りなさいと言われて、それに従わないことが多いのです。 それを罪を犯したとも言いますが、私たち、イエス様に従うものにとって一番大切なことは、私たちが自分でした間違いを神様に告白する時、神様は必ずどんな、私たちの起こした間違い、罪をも赦してくださります。

さて皆さんの中で、今、これから私の歌う歌を知っている人、ああ、聞いたことがあるという人がいる思います。聞いてみてください。Sunrise Sunset という, “Fiddler on the Roof”というMusical からの歌です。

Is this the little girl I carried?  Is this the little boy at play?

I don’t remember growing older. When did they?

When did she get to be a beauty?  When did he grow to be so tall?

Wasn’t it yesterday when they were small?

Sunrise Sunset, Sunrise Sunset swiftly flow by the days

One season following another, Laden with happiness and tears.

屋根の上のバイオリン弾き」英語では、 Fiddler on the Roof”というミュジカルを見たことある、聞いたことがある方がいると思います。、これは、伝統と愛の行為のどちらが大切かについての物語です。この小説は1964年に映画になり世界中で賞賛されました。少しあらすじの内容をお話しましょう。

テヴィエは、ロシアのウクライナ地方の小さな村「アナテフカ」で牛乳屋を営むユダヤ人一家のご主人です。ユダヤ人はロシアにいても、ロシアの生活に溶け込むことなく、ユダヤ人の習慣を守っていたのです。彼は、亭主関白を気取ってはいるもの、その実、妻には頭が上がらない。5人の娘に囲まれ、ユダヤ教の戒律を厳格に守って、つましくも幸せな毎日を送っていたのです。その歴史的背景は、ロシアの共産党革命、ちょうど、ドクター・ジバゴという映画の時代と同じころです。日本でも1967年に東京の帝国劇場で森繁久弥(ひさや)さんがテヴィエ、越路吹雪さんがテヴィエの奥さん、また谷啓さん、大空真由美さん、木の実ナナさんという有名人を集めて900回にわたって上演されたヒット・ミュウジカルでした。

テヴィエは、奥さん共々、娘たちの幸せを願いそれぞれに裕福な結婚相手を見つけようと骨を折っていたのです。ある日、長女のツァイテルに、マッチ・メイカー、縁結びを職業としている女性から、肉屋の金持ちとの結婚話が舞い込みましたが、彼女にはすでに洋服屋のモーテルという恋人がいたのです。テヴィエは猛反対しましが、二人は二人だけの結婚の誓いをしたのです。また、次女であるホーデルは共産革命を夢見る学生闘士パーチックと恋仲になり、逮捕されたパーチックを追ってシベリアへ発ち、さらに三女はテヴィエが敵視するロシア青年と駆け落ちしてしまったのです。

「親が娘たちの結婚相手を見っけるのはユダヤ人の習慣。このTradition を変えるのは人生の間違え。親が子供の、特に娘の結婚相手を決めるべき。親が、子供の将来を考えて、幸福に暮らせるように、貧乏で苦労しないように、それがユダア人たちの習慣、そのTraditionをかえてはいけないんだ」とTevyeは映画の中で、何回も、何回も叫ぶのです。しかし3人の娘たちはみな自分の納得した男たちにTevye の祝福なくして嫁いで行ったのです。TevyeもTevyeの奥さんも娘たちを本当に愛していたのは本当です。しかし心がかたくなっていたTevye はいつまでたっても娘たちと義理の息子たちを祝福することができなかったのです。彼は何回も何回も続けて言います。Tradition, tradition, traditionが私たちユダヤ人の守る一番大切なこと。私たちの伝統を守らずにどうして神様は私たちユダヤ人を愛してくれようか」と。そして泣きながら言います。「なんでわたしたちの目の前でTradition が崩れていくんだろう」と。

劇中で次第にエスカレートしていくロシア共産党のユダヤ人迫害は、終盤でユダヤ人の国外追放が始まり、テヴィエたちは着の身着のまま住み慣れた村から追放されるまでになるのです。そこでアメリカという自由な国に移住する事を決めました。そこで最後に住み慣れた家を離れようとした、その時、兵隊と結婚していった娘が、Tevye とお母さんに最後の別れの挨拶に来たのです。頑固なお父さん、伝統、伝統、なんでも伝統にもとずかないものを阻害してきたお父さん,しかしもう生きてこの娘に会うことができないだろうと思っていたTevye とお母さんのところまで、さよならという切ない、しかし愛のこもった思いで見送りに来てくれた。そこでTevyeは男泣きするのです。

素晴らしい演劇、映画、小説の一番の贈り物は、そこで私たちが心を動かされ、嬉しいにしろ、悲しいにしろ、涙をこぼす、機会を与えてくれることです。原作ではTevyeと奥さんはイスラエルの地へ帰還するが、ミュージカルではニューヨークに移民として向かう所で話が終わるのです。『屋根の上のバイオリン弾き』という題名は、昔ローマ皇帝ネロによるユダヤ人の大虐殺があった時、逃げまどう群衆の中で、ひとり屋根の上でバイオリンを弾く男がいたという話を,有名なユダヤ人のシャガールという画家の絵にヒントを得たものと言われています。これは、ユダヤ人の不屈の魂の象徴だそうです。

今日の説教に何回も繰り返してTraditon, 伝統という言葉を使っていますが、伝統そのものは悪い言葉ではありません。伝統が良くない言葉なら、クリスマスに毎年Christmas tree を飾るのも良くないのですか? 誕生日を祝うのもいけないのですか。しかし、伝統が宗教の中で一番大切なことではない、宗教の中で一番大切なことは、神様の私たちへの愛、そして愛を受けた私たちが、神様の教え、行動を他人に対しての愛として、私たち自身が、神様、イエス様の愛の行いのできる弟子となることです。

はっきり言って世界の中で、イエス様のことを知らない人がまだ沢山います。しかしそのような人達の中で、隣人を愛する行い、思いを持った人達も沢山います。そのような人達に私は「あなたたちはイエス様を神様と信じる信仰がないならば、救いは与えられないない」などと言う資格もなければ、実際そんなことを語ったこともありません。しかし、私たちクリスチャンはイエス様の教えに従って生きてゆくことを洗礼を受けたとき神様に誓ったはずです、それと同時にすべての人をイエス様の愛の精神で受け入れなさいという教えをいただいて、頭に水を注がれたのです。

私たちはお互いを愛し合いなさいとの教えをイエス様からいただいているのですが、キリスト教の歴史の中で、自分の考えに会わない人達を差別したり、攻撃してきたのです。それが、今も、人種問題、性の問題、経済の問題として私たちに「お前たちは私の見方か、それとも敵か」というような、狭い人間同士の戦いとしてあらわれるのです。

イエス・キリストの愛は、このような人間の争い、衝突の中でお互いに和解のチャンスを差し出してくださるのです。新約聖書の書簡の多くをを書いたパウロはどのような難しい意見の違いの中でも神様はそこを離れることなく、神様の愛をすべての人に与えていると知らせてくれているのです。私たちがいかに罪深い者であろうか、自分のことしか考えられない私たちであろうか、イエス様の愛に感謝をすることを忘れがちの私たちであろうか、私たちの主なるイエス様はこの私、この私たちを愛してくださっている神様であることを信じてください。アーメン。

 

14th Sunday after Pentecost    Sept. 2, 2012Mark: 7:1-8,14-15,21-23

“Which is More Important、 Tradition or the Ac of Love”

 

May God the Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.  Amen.

I love musical Movies.  The Sound of music is still my favorite.  The Phantom of the opera, The Wizard of Oz, Grease, Cats, The South Pacific.

My favorite musical Movie is the Sound of Music with Julie Andrews and Christopher Plummer. But I equally love the movie called “The Fiddler on the Roof”.

As I was contemplating about the message for today’s sermon based on the Gospel lesson from Mark 7:1-23, I could not help, but think about the word “Tradition”.  The Jewish people kept tradition in their lives and that is precisely  the movie “The Fiddler on the  roof” is all about. 

The Fiddler on the roof is a classic story about a Jewish family, just before the great revolution in Russia, just about the time of the turn of the century.

And when you see the movie, it does several things for you.  But one thing the movie does is to give you the feeling of the love of tradition.  The Jews, especially the Orthodox Jews, have a sense of history.  They love their Passover, their festivals, their rituals.  The Jews of all the people on earth are some of the most traditional loving people I know.

“Fiddler on the Roof” is a story about Tevye, the old, bumbling patriarch , who was a poor farmer, his wife Golda, the resilient Jewish mother and their lovely 5 daughters, but especially the three older ones whom needed to be married.  The Plot of “The Fiddlers on the Roof” is the matchmaking of these three daughters. The story highlights the matchmaker who meets with the mother and father and matches their three older daughters to prospective husbands.  But the three older daughters want to choose their own husbands and not use the matchmaker. That means the tradition is changing. Those old traditions are beginning to crumble. 

Well, it happened one day that the parents, Tevye and Golda, had arrangements for their oldest daughter Tzietel, to marry the richest man in town.  The parents thought that this was a perfect match for their daughter.  But meanwhile their daughter didn’t think so, and she fell in love with a poor Jewish tailor.  In fact he was so poor he didn’t have enough money to buy a sewing machine.  

And finally one day, this young couple, very much in love, built up their courage and came to Tevye to ask if they could marry each other.  “What? You can’t do that!  That violates our tradition.  The father has a right to choose your husband.  Who are you to fall in love?  That’s my responsibility!  I know what’s good for you!  From the beginning of time, mothers and fathers have always chosen mates for their children!”

But then, like so many fathers, he gave in.  He granted permission for his daughter to marry that poor Jewish tailor.  He blessed his daughter, grumbling.  “Tradition, tradition, things are starting to change.”

Then came the second daughter, and it was the same story all over again.  She didn’t use the matchmaker.  She went off to marry a soldier who was in Siberia.

Then came the third daughter, and it was the same story all over again.  Not only did she not use the match maker, but worse yet, in fact the worst thing that ever could happen to a Jewish family, was that she fell in love with a non-Jew, with a Gentile.  With a Bolshevik soldier.  And to marry a non-Jew, a gentile, that was the unforgiving sin.

Now, when this young couple came to Tevye and announced their intentions, Tevye could bend no further.  He refused to give his daughter in marriage; he refused to bless her, he kicked her out of the house; he declared her as dead; her name was never to be mentioned again in his home, and so his deeply loved daughter was lost.  His daughter was now dead to Tevye.

Much later, at the very end of the story, the revolution was starting in Russia, and the Jews including Tevye and Golda with two youngest girls were fleeing to America.  This historic Jewish family was being fractured, never to see each other again.

And then comes the last scene, the most touching scene of the whole movie. The whole family said good-bye to each other, and suddenly the daughter who married to her Bolshevik husband, coming from nowhere, and standing outside the family gate, to say the last goodbye to her father.  And perhaps, just perhaps, to be blessed by him.  Perhaps, just perhaps, to be at peace with
the man she so deeply loved.

Tevye was caught.  What should he do?  He had vowed that his daughter was dead, that he would never speak with her again, now he was caught.  And he needed to say good-bye to that daughter.  And finally, in despair, Tevye turned his back on his daughter.  He turned away from her, and he bent over in brokenness and in grief.  No blessing.  No peace.  And the story ends tragically.

“Fiddler on the roof” is a story about a good man, Tevye, whose traditions were more important to him than the commandment to love and forgive as God loves and forgives.  It was a story of a good man who followed the traditional interpretation of what he thought the Bible said, “Jews are not to marry Gentiles” and this was ultimately more important to him than the commandment of God to love mercy and forgive.

The theme song from “Fiddler on the roof” is Tradition, that’s what the story of Tevye was all about, and that’s what today’s gospel story is all about.  The Pharisees made a priority of tradition over love. 
That tradition is more important than the commandment of love. 

Let me tell you one more time.  The Pharisees in the gospel today were more committed to their religious traditions than carrying out the fundamental commandment of the God of love, mercy and justice in our troubled world. And that’s what the Gospel story for today is all about.

What I am trying to say today is true for all of us.  Jesus Christ still loves us in all our sinfulness, and in all our selfishness, and all our busyness.  Jesus will never withdraw his love from us because of our selfishness, but I do think that Jesus was profoundly right when he suggested that the people of God sometimes love their religious traditions more than doing the commandments of God, more than the commandments of love, mercy, and justice.  

Have you seen the movie “Fiddler on the Roof?  If not, I would highly recommend it for you.   Amen.

 

 

 

 

 

 

 

ルカによる福音書9章5762「イエス様に従う為には」  “The Cost of  Following Jesus” 

私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方にあるように。アーメン。

 

オリンピックが終わってもう2週間経ちますが、毎晩テレビで見たその日のハイライトのオリンピックの様子がもうテレビで見られないのは何か寂しい思いです。

私のオリンピックの最初の思い出は、1964年の東京オリンピックでした。まだ中学一年生の時でした。空に自衛隊の飛行機五機でオリンピックの5輪が5つの色で描かれたのを見て感激しました。日本はこのオリンピックに向かって日本の再建で一生懸命でした。新幹線もこの年に完成し、世界一のスピードで走る電車には世界が注目したのです。

坂本九さんがこの世界的にヒットした歌『上を向いて歩こう』を歌ったのも此の頃です。所でオリンピックの水泳の切符が手に入り、代々木の立派なオリンピックプールに行くことができ、そこで驚いたのは、水泳の選手がとても若いことでした。皆さんの中で、背泳の金メダル候補の田中聡子さんを覚えている方いますか? 彼女はその前のオリンピックでメダルをとりそこなった、しかし、今度こそは金メダルをと意気込んでいたのです。しかし、決勝戦の背泳ぎのイベントはそこにいたすべての人をあっとさせました。というのはまた15歳になったばかりのアメリカの少女が世界新記録で金メダルを取ったからです。この女性はCathy Ferguson という人で皆さんの中でこの人を知っている人もいるはずです。Cathy さんは長いことこの教会のメンバーでした。彼女のご主人はGreg Penten さんという10年ほど前まで、この教会で、聖歌隊の指揮をしていた人です。当時ここの日本語礼拝の牧師であった高塚先生から紹介されて、今でも付き合いがあります。

ところで1964年という年は本当に日本にとって国のイメージ・チェンジの年であったと思います。この年に日本は世界中のうち造船産業のトップになり、自動車もトヨタ、ダットサンが世界中に輸出されるようになったのです。エレクトロニクスも真空管からトランジスターの時代になり、Sony, Panasonic, Hitachi, そしてカメラもCanon, Nikonと世界に賞賛されるようになったのです。オリンピックが日本にとって多くの世界への発展の道を提供してくれたのは確かです。

皆さんの中で、Olga Korbut というOlympic  金メダリストを  覚えていますか? この人は1972年にソビエトの女性 体操の個人と団体の金メダルを取った人です。そして1976にはNadia Comaneci perfect 10 という初めての点数を獲得したのです。

1984 年のオリンピックでは、アメリカのMary Rattonが始めての All around individual Gold  Medalを受け取りました。そして1996年、Magnificent Seven と呼ばれたアメリカ女子体操選手の独りであるKerri Strug がみごとな跳馬で、英語で言うVault exerciseを成し遂げたのです。しかしその裏には大きな痛みがあったのです。というのは、Kerriが一回目の馬跳びををした時、着地で右足を捻挫したのです。普通だったら走るどころか、歩くのも無理、しかし、2回目の跳馬をしなければ、点数がもらえない、団体の金メダルも取れなくなるだろう。彼女はコーチのBella Karoplyi,に言いました。「私は二回目の馬跳びをします」。痛い足をまるで痛みがない様に全速力で走り、宙回転で体をツイストをし、片足で着地したのです。会場のすべての人が立ち上がり、拍手をしたのです。Bella Karolyi はもとルーマニアのKomaneci のコーチでしたが、共産国から自由を求めてアメリカに亡命し、アメリカでの女子体操に、奥さんと共に貢献してきました。彼の元で娘をオリンピックの選手になれるように教育してくださいと申し出た両親たちに言いました。

「オリンピックにでられるような娘さんたちにまず第一に知ってもらいたいことは、毎日が、練習の日、今日は休みたい、遊びたい、リラックスしたいということは二の次です。体と運動のテクニックは大切ですが、一番大切なのは、どんな時にも、私は金メダルを取れる私になるとの思いが娘さんたちの中で育たなければなりません。

そしてこの競技が個人のことであるより、団体、仲間と意気投合してやってゆくなかで、初めて出来る事をわきまえてください」と。金メダルを取るということは大きな犠牲の中で始めてできるというのです。ところで今年のオリンピックは体操 は男子は日本が金メダル、アメリカは女子が金メダルでした。

アメリカの活躍したGabby Douglas さんはすべての科目で活躍し、個人の金メダルを取りました。 Douglas さんはアメリカの女性体操が優勝することを信じていたと語りました。彼女の名前Douglasのアルファベットを置き換えるとUSA-GOLDになるからです。おもしろいですね。

さて、今日の福音書の中でイエス様は彼の弟子になりたいといって彼についてきた人にこう言ったのです。「狐には穴があり、鳥には巣がある。しかし私には頭を休めるところもない。そのようなきつい伝道のなかであなたは私についてゆくことができますか」と。

二人目の弟子になりたい、しかし死んだ父親の葬式をしたあとでイエス様についてゆきますと言った人に「その死人を葬ることは死人に任せておくが良い。一番大切なことは神の国とは何かをすべての人に語ることです」。

三人目の弟子になりたい、しかし家族に別れを言った後にイエス様に従ってゆきたいといった男に、手に鋤をかけてから、後ろを見るものは神の国にふさわしくないと言われたのです。ここで言われていることは、イエス様に従うことはやさしいものではないと言うことです。家族を後ろに残してついて来なさいというのです。それではイエス様に従うとは宣教師のように、自分の住みなれた所から出て、まだイエス様を知らない人たちの中に入ってイエス様のことを語るのですかと。

本当にその通りです。宣教師といわないまでも、私達は、イエス様、イエス様の愛と慈しみを神様を知らない人たちに分け与えることができるようにとイエス様から力と勇気をいただいているのです。

何年か前、まだ両親が健在の時、母の姉、私の伯母が病気で寝たっきりになっていたのを知って、伯母のお見舞いに行ってきました。会話の中で伯母が「豊さん、あなたのお母さんはいつもあなたが近くにいないで寂しく泣いている時があるのよ。あなたのお母さんを大切にして上げなさいね」と言われました。私の母は自分の子供、孫たちといつもいっしょにいたい、その気持ちはよくわかります。

しかし、ここアメリカにいて、私は私の父と母をみなさんの中に見るのです。私の兄弟、姉妹もこの中にいるのです。多くの皆さんも、長年日本から離れて、寂しい思いになることがあるでしょう。その中で、私達が主に在って兄弟、姉妹であること。お父さん、お母さんであること、息子、娘であることも知ってください。私達は家族です。

あなたの苦しみは私達の苦しみ、あなたの喜びは私達の喜びです。あなたの悲しみは私達の悲しみです。それが私達の中でわかちあうことができるようにイエス様は望まれているのです。イエス様に従う生活は難しい。しかし、イエス様は何時も私達のまん中にいてくださっているのです。

私達を愛してくださっているのです。その愛をまだイエス様を知らない人たちに、知らせたい、私たち自身が、イエス様の愛を着て隣人と関係をもってゆく。それが私たち、イエス様に従う者の生きる人生です。アーメン。

 “The cost of following  Jesus” 

Grace to you and peace from God our Father and the Lord Jesus Christ.  Amen.

It has been almost 2 weeks since the Olympic games are over and I am missing the excitement of the Olympic games.  I wonder if anyone remembers some of the names of the Japanese Olympic  athletes in the past.  Men’s gymnast Kouki Endo, women’s volleyball team player Nichibo-Kaizuka, Marathon runner Yukihiyo Tsuburaya.Back in 1964, I had an opportunity to observethe swimming competition in the Tokyo Olympic games when I was 12 years old.  Some of you remember the back stroke swimmer Satoko Tanaka who was the Japanese hopeful to become the gold medalist.

I knew Americans and Australians were taking much about the gold medals already.  But the Japanese were hoping that Satoko Tanaka will get the gold medal on the backstroke competition.  There was a young freckled face of the 16 year old American girl who was also competing in this event.  She was an American girl from California who had just turned 16 years old a few months ago. 

And the race is about to start.

Get ready……then the siren went up.  8 of the swimmers started in unison, and in less than 25 meters, it became the race between this young American swimmer Cathy Ferguson and the French swimmer Karon.  Tanaka did not even get the medal and we were all disappointed.  Cathy Ferguson established the world record and she was the youngest swimmer of the whole competition.  At the medal ceremony, Cathy Ferguson cried like a baby overwhelmed for joy of representing her country the United States of the America with this honor.

The 1964 Tokyo Olympics was a turning point for Japanese to show that the country was climbing up on the stage of the world power with the products to show.  There were electronics, cameras, automobiles, supertankers, and companies like Panasonic, Toshiba, Toyota, Datsun, Nikon, Canon, Sony, Panasonic who were recognized as the companies to produce the world’s top level electronics and machineries.

I believe the Japanese people had sense of a pride, commitment and responsibility to become the major producer of the goods that people were expecting.

A famous singer, Kyu Sakamoto sung the biggest hit of the century “Uewomuoite Arukou”.  This song called “Sukiyaki” became the number one hit song in the States in the mid 60’s. Can you believe that?  The Japanese song became number one song in the United States.  I truly believe 1960’s was the turning point of the Post war Japan.  Japan came into the world scene to be recognized as an immerging country.

Going back to Cathy Ferguson, she was a member of this congregation, Lutheran Church of Resurrection for many years.  Her husband Greg was the choir director, and their two of their three daughters are still members of this congregation.  Cathy and Greg became good friends of Nancy and I many years ago and we visit each other a few times a year.

 I love the Olympics games. Besides swimming, I enjoyed the competition of women gymnastic.  In 1972 Russia’s Olga Korbut a teen ager stole the hearts of many people.  In 1976 Nadia Comaneci, a Romanian  teenager presented the first perfect points for the excise she performed.  In 1984, America’s hope Mary Ratton received America’s first individual gold medal for the women’s gymnasts.

Then 1996, at the Atlanta Olympic, it was the “magnificent Seven” and Kerri Strug’s gusty vault exercise that ensured the gold medal for United States women’s gymnastics.  The world watched as a young gymnast Kerri Strug severely sprained her leg on the first vault exercise.  Her performance was essential to a United States victory.  It looks like the U.S. would forfeit.  Then Kerrie insisted on doing her final vault.

She raced toward the spring board and tossed her tiny body into the air.  She held her footing for the judges then lifted her leg in excruciating pain.  Her coach, Bella Karolyi, carried her from the platform.

The year when Karri Strug was born, this Romanian, Bella Karolyi, the coach of women’s gymnastics defected to the United States in search of freedom. He offered then teaching skills to the gymnasts of this country.

Karolyi explained to each parent that their daughters must sacrifice personal comfort and accept a lifestyle of intense physical discipline.  Each child made a covenant to persevere in spite of physical pain.  Kerrie Strug merely fulfilled the promises she had faithfully made to her coach at ten years old.

That may be great for gymnastics, football, or soccer.  That kind of discipline may work indeed, but can you imagine Jesus setting such a rigorous discipline for his followers?

In our today’s Gospel, Jesus lays down the costs of discipleship.  He wouldn’t make a very popular parish preacher.  He makes it very plain that if we accept his way,It will be difficult, it will be costly, and it will be demanding.

Three people thought about being His disciples in today’s Gospel.

The first wannabe disciple said, “I will follow you wherever you go.”  Jesus replied, “Foxes have holes, and birds of the air have nests, but the Son of Man has nowhere to lay his head.”

If you follow me – the kingdom of God is your home.  Are you ready to give up the security of a home and a nice bed for the insecurity of being a disciple?

The second fella receives even harsher treatment.  This fella wants to bury his father.  That seems like a good reason.  But Jesus says, “Let the dead bury their own dead, but as for you, go and proclaim the kingdom of God.” The kingdom of God takes precedence over other responsibility.  That would surely upset a lot of schedules.  There is no easy way around this calling.

The third disciple wannabe says, “Let me say good bye to those at home.”  Jesus says, “No one who puts his hands to the plow and s back is fit for the kingdom of God.”  Jesus says, “leave the past behind.  Following me means new life.  I even come before family.”

Those are pretty harsh words.  Jesus says that discipleship requires an uncompromising commitment.  Jesus never said, “Follow me, but only when it’s convenient.”

He didn’t say, “Follow me, after you have taken care of your own agenda.”  He didn’t say, “Follow me; it will be a simple trip.”

Jesus doesn’t make discipleship easy.  He makes discipleship difficult.  A few years ago, I saw on the way to visit a Lutheran Church in Ramona a big Billboard that said, “Love your enemies.  I said it and I mean it” signed “Jesus.”

Discipleship costs all that we have, all that we love, and all that we are.  I am not sure if I can follow Jesus by my own will power or my effort alone.  In our society the words we hear often are, “me”, “myself”, and “mine”.  I have to admit that I am not fit to respond to the call of discipleship by Jesus.Jesus knows about that.  But despite my human weakness he is asking me to live this life of the higher calling to follow his way with the help of his Spirit.  It’s a journey we are asked to take, to live and care for our brothers and sisters who are in need of our love and caring.The early Christians were called, “The people of the way.”  It is still true.  It is a way of living the life, of commitment and of challenge.Whatever we do, as athletes or as Christians we have been asked to perform the work entrusted by someone who is called teacher, coach, or God.

There is an English hymn called “O Jesus, I have promised”.  This hymn tells about our commitment to live as followers of Jesus.  The fourth verse of this hymn writes, “O Jesus, you have promised to all who follow you that where you are in glory your servant shall be too.  And Jesus, I have promised to serve you to the end, oh, give me grace to follow, my master and my friend.  Amen.

 

 

週報通算番号#1224W  (日本語)

2012 8 26W

週報通算番号#1224E (英語 )

Sunday English Bulletin 1224E

マタイによる福音書5章1-12節「本当の幸せ」 “True Happiness”

私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。

私は昨日まで家内の実家の Pennsylvaniaにナンシーのお父さんの一周年忌の礼拝に行ってきました。家内は7人兄弟、姉妹の一人です。それぞれの家族が孫たちもふくめて22人集まり、お墓参りをし、その次の日にデラウエア州のあるRehoboth Beach に5日間行ってきました。ナンシーのお母さんは今独り暮らしですがやはり、家族でいることがとても楽しい、でも連れ合いのご主人が先に召されたことに慣れるまではしばらく時間がかかるでしょう。

私の母はもう自分の家で生活ができなくなり、父と共に老人ホームに入ってもう8年経ちます。「お父さんこのごろ見てないけどどうしたんでしょう」とこの2月に会いに行った時、ちんぷんかんぷんのことを言います。弟も住まいは大阪なので母と会う機会も余りないようですが、私の従兄弟の世紀子さんが週に2回母を訪ねてくれているのに感謝します。教会の牧師さんと奥さん、婦人会の友達が良く母を見守ってくれているのを知って本当に感謝です。私の母は記憶力がずっと落ちていますが、母が6歳の時、腸チフスで亡くしたお母さんのことを子供に戻ったように尋ねてくる人に語るのです。母にとって自分のお母さんを6歳でなくした悲しみが今でも続いているとは、いくら記憶力が落ちていると言われても人間の頭と心は本当に複雑で、それを作られた神様は本当に偉大な方です。

前置きが長くなりましたが、今日の聖書の箇所はマタイによる福音書の5章1-12節で、イエス様が山上の垂訓の中に説いた福音です。これは英語ではBeatitudeと呼ばれその意味は、Supreme Happiness, 最高の幸福です。人間は誰でも、「幸福の追求」を人生の中で求めて生きるのではないでしょうか。

私がまだテキサスのダラスの教会で牧師をしていた時、友達の会員から新しく出版された本をいただきました。この本について3年ほど前に話したことがありますが、Robert Fulghum さんという人の書いたこの本は、題名が“Everything you want to know, you learned in Kindergarten” という、アメリカのベス・セラーになった本で、私達が何かをする時、どのような生き方をするべき、それらのすべては、すでに幼稚園で学んでいる時に分かっているというのです。その幾つかを例を紹介しましょう。

Share everything.  すべてのものを分かち合いなさい。

Play fair.  公平な精神を持ちなさい。

Don’t hit people.   人をぶったり、蹴ったりしないこと。

Put things back where you found them.  使ったものは元に返すこと。

Clean up you own mess.  自分でちらかしたものは自分でかたずけなさい。

Don’t take things that aren’t yours. 自分の物でないものを取って自分の物としない事。

Say you’re sorry when you hurt somebody.  誰かを傷つけたら、「ごめんない」とい言いなさい。

Wash your hands before you eat.    食事の前に手を洗いなさい。

Flush.  トイレで、おしっこ、うんこの後、水を流しなさい。

Warm cookies and cold milk are good for you. 暖かい、 出来立てほやほやのクッキーとミルクはおいしいよ。

Don’t speak when you are mouthful. 口の中がいっぱいの時、話さないこと。

Live a balanced life – learn some and think some and draw and paint and sing and dance and play and work every day some.  バランスの取れた生活をしましょう。それは、毎日、何か習いましょう。何か文を書いたり、絵を描いたり、歌ったり、ダンスをしたり、お母さんのお手伝いをしたり。

Take a nap every afternoon. お昼寝をするのはいい事。

When you go out in the world, watch out for traffic, hold hands and stick together.  外に出る時、交通状態を良く見て、手をつないで、一緒になって道路を渡りましょう。

Be aware of wonder.  Remember the little seed in the Styrofoam cup:  The roots go down and the plant goes up and nobody really knows how and why, but we are all like that.  素晴らしいことがおこっていることに気がつくように。たとえば、スタイロー・カップの中の土に埋めた種。根は土の中に、芽は土から出て、上に上ってくる。誰がそれを教えたんでしょうか?

Gold fish and hamsters and white mice and even the little seed in the Styrofoam cup –they all die.  So do us.  金魚もハムスターも白いねずみも、スタイロウ・カップに中の種から出た芽もいつかは死ぬか、枯れてしまう。私達にもこの世での人生の終わりの時がいつか来るのです。

さて、これらの事を聞いて次のイエス様の言葉を思い出した方がいらっしゃるでしょう。マタイによる福音書19章13-15節にこう書いてあります。

イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れてきた。弟子たちはこの人たちを叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。私の所に来るのを妨いではならない。天の国はこのような者たちのものである」。

皆さんに質問があります。皆さんの中で、私達が行ったこと、自分勝手の生活をしてきた中で、他人のことを省みることなんてとんでもないと考えたことがありますか?自分中心の行き方を批判しているのではありません。私達一人ひとり、自分がかわいいのは確かです。しかし、そんな私達にイエス様はこう言ってくださるのです。

「あなたは、自分がどれだけのよい事をしたから私に近づくことができる」とお思いですか。自分の業績をつむことによってのみ私の所に来ることができるとお思いでしたら、その考え方を捨てなさい。私の所に近づきたいと思うあなたの心は分かります。私の所にきたい人は私に、自分の寂しさ、悲しみ、惨めさをあなたの祈りの中で語りない。忘れないでください。私はあなたを裁くためではなく、救うために来たのですよ。私は赦されたいと思うあなたを必ず赦します。心の重荷を軽くしてあげましょう。私の福音を受け取ることのできるあなたに私のとこしえの愛を分かち与えます」と。

もし幼子が、「イエス様、私のお祈り聞いてください」と祈れるのなら、私達、神様に賛美の祈り、また私をあなたの胸に抱きしめてください、私にあなたの愛を示してください」と祈れるはずです。私もこの説教を今書きながら、皆さん一人ひとりを心に留めて祈っているのです。それが牧師が羊飼いようにさまよう羊を愛し、面倒をみてあげることなのです。百匹の内のたった一匹の羊が迷子の時も、その一匹を探し求める神様、この神様を信じることのできる私達は幸福です。

最後に今年の修養会に来てくださった中村先生の教会からのニュース・レターに書かれた、Smile という題の文章を紹介しましょう。聞いてください。質問があり、その答えになる言葉は何でしょうか。

 

私達を悩ますものとは・・・・・心配ごと

最も素晴らしい喜びとは・・・・・人に何か必要なものを与える、わかちあうこと

最も悲しい出来事とは・・・・・自尊心、Self-respectをなくしたこと

最も満足できる仕事・・・・・人、他人を助けること

最も見苦しい人間の特徴・・・・・わがまま

大きな問題を乗り越える時の敵とは・・・・・不安、恐れ、心配事

一番効果のある眠り薬とは・・・・・Peace of mind

人生の中で一番強い力とは・・・・・愛、Love です

世界一番のコンピュウターとは・・・・・私達の脳みそ

これがなくして生きてゆけないものとは・・・・・希望

世界で一番怖い武器とは・・・・・舌です

一番力強いCommunicationとは・・・・・祈り

 

私達の惹かれる精神とは・・・・・人が人生の中で示す、いい意味での熱狂的な思い、英語で言う、Enthusiasm です。   ところでEnthusiasm という言葉は In theos, 神様がそこに宿る力、精神状態を言うのです。

Happiness、幸福とは行き着くところをいうのではありません。それは今のこの状態を神様に感謝することのできる、神様私達をいつも愛してくださってありがとうと言える心構えを持つことではないでしょうか。神様にいつも愛されて生きている私達は神様、イエス様からいただいた愛をみんなと分かち合う、それができるところに神の国が私たち自身の目で見ることができるのです、感じられるのです。

ですからイエス様の私達に下さった「お互いを愛し合いなさい」という言葉は私達が毎日の生活の中で実行しなければならないキリスト者としての戒めなのです。アーメン。