Archive for the ‘牧師説教’ Category

Tweet 「アメリカの独立祭に思う事」”Pondering on America on The Independence Day” 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安が、あなた方の上にあるように。アーメン。           説教の初めに言って置きますが、今日与えられた福音書と私の説教の内容とは関係がありません。アメリカ独立祭はアメリカの歴史の中で大きな意義のある歴史的なお祭りの日です。どこの町に住んでいても独立際を祝うパレードがあり、その夜に花火が空をきれいに飾った事と思います。私の家でも毎年BBQを食べながら、RiversideのMt. Rubidoux のふもとから打ち上げられる20分にわたるきれいな花火を見ることができます。 日本では花火は何かのお祭りの時、それも夏のお盆の時に駄菓子屋で買った線香花火、ねずみ花火をしながら杏(あんず)を水飴でくるんだお菓子を食べた懐かしい時を思い出します。また祖母を手伝ってキュウリやナスに割り箸を使って動物を作り、その動物に乗ってご先祖様がお彼岸の日に帰ってこられると聞きました。 アメリカ人はこの国の建国以前、何千年も前からこの土地に住んでいたNative Americanの歴史と比べたらこの国も歴史は本当に短いものです。1776年7月4日にアメリカはイギリスから独立したのですが、それは日本の徳川幕府の中間の時だったはず、しかし日本とアメリカの関係はまだまだ明治維新を待たなければならなかったのです。アメリカ人は一般に自分の国について大きな誇りを持っています。それはそれまで世界を制していたと言われるイギリスと独立戦争に打ち勝ち、恵まれた資源と、世界中から来た移民によって建国の精神に燃えていたからです。 私の父方の祖父はまだ二十歳そこそこで、明治40年、西暦1907年にアメリカに移民を希望して、日本郵船の「加賀丸」というシアトル行きの船でこの国に来たのです。この国でいろいろな仕事をして8年たった時日本から20歳でアメリカに渡ったものは徴兵拒否者と判定されたのです。岸野家の名誉のために帰ってこいとの命令でしぶしぶアメリカを出、日本に帰ってきたのです。私の育った家は私の両親、私の祖父、祖母と一緒でしたから、そこでオールドブラック・ジョウやオースザンナなどの歌を祖父が歌っていたのをよく思い出します。私が大学3年の時、アメリカの神学校に行くことが決まりましたと祖父に知らした時、「それは良い、ぜひ行きなさい、それがお前の希望なら」と最初に言ってくれたのも祖父でした。 今ここにいらっしゃる皆さんは、アメリカに来て50年以上経っている方もいま すが、私が察するに、人生の半分はこの国で過ごしている人たちがほとんどでしょう。アメリカに来た理由は、一人ひとり違うと思いますが、今この国にいるということは、アメリカが私たちの定住場所だからです。 何年か前、日本に両親を尋ねていた時、母の姉、私の叔母が病気で寝たきりになっているのを知って、独りでお見舞いに行きました。その時、昔のことを良く話したのですが、さておいとましますと言う時に、「豊さん、あなたと大切なことを話したい」と叔母のベットの横で、「さて大切なこととは何ですか?」と聞いたところ、こう言われたのです。「豊さん、あなたは両親を捨てたのね。もう日本に帰ることあるの」と。それを聞いて、私の胸の中で、ムカッとする思いになりましたけれど、それをじっと抑えて言いました。「私は両親を捨てたなんていわれると悲しくなります。毎年一度、あるには2度も日本に帰ってくる理由も、両親への親孝行と思い、少ない時間ですが、有効に過ごしてきたのです。ナンシーだって、日本に行って親孝行して来てねと言っているんです。二年ごとに日本に行った理由も子供たちに、おじいちゃん、お婆ちゃんのことをもっとよく知ってもらいたいからです。大学生一年生の時、私は牧師になりたいと思うようになり、またそのための勉強もアメリカの神学校でする決意をしました。両親にそのことを話した時、母は寂しそうな顔を見せましたが、父は、「それが豊のしたいことであるなら、中途半端な思いでなく、一生懸命やりなさい」と言ってくれたことに今でも感謝しています。教会のインターン・シップの時知り合ったナンシーと出会い、神学校の卒業式、フィラデルフィアの教会に副牧師として呼ばれたこと、按手礼、そして結婚式と忙しい時を1979年の6月に持ちました。 さて皆さんの内に、岸野先生、今日の説教は、「アメリカの独立記念日を覚えて」と言う題なのに、何かアメリカの独立記念日についてお話しするんですか?」と思っているかたがいるでしょう。今から本題に入ります。わたしがGettysburg, Pennsylvania の神学校に入学したのは1975年の9月でした。前にも何回も話したと思いますが、Gettysburgはアメリカの南北戦争の激戦地です。神学校はその戦場のど真ん中にあります。そしてGettysburgの町は政府から国立公園として認められています。また神学校は1826年に設立されたアメリカでは一番最初のルーテル神学校で、私が神学校に入学した翌年の1976年は150周年のお祝いの年としてその準備に忙しい時でもありました。当時、外国人の神学生は私と他にフィリピンとナミビアと言う国から来た人たちだけでした。 南北戦争はアメリカの東部の州のいろいろな所で戦われましたが、1876年の7月にGettysburg で戦われた戦争の結果、南軍は後退したのです。この南北戦争を背景にして書かれた小説が皆さんの知っている、「風と共に去りぬ」と言うマーガレット・ミッチェルさんのものです。後に映画化されアメリカの中で今まで一番親しまれた、クラーク・ゲーブルとビビアン・リーの共演した映画です。Gettysburgの3日にわたっての戦争で5万人近くの人が命を失ったのです。この南北戦争について少し語りますと、アメリカの東の州は北が、機械を使っての工場が中心の経済体系を作くりあげていたのに比べ、南の州は農業中心の経済体系、またそこでの労働は機械でなく、人の手で行われていたのです。そこでの労働者は、アフリカから連れてこられた奴隷、アメリカの市民権も持たない、選挙権もないしたげられていた黒人だったのです。 さて年を100年さかのぼって1776年の7月4日にイギリスより独立戦争に勝ったアメリカは、独立宣言をし、その後、憲法草案の仕事に入ったのです。北の州は奴隷解放を訴えましたが、南は農業中心、そこでの働き手の奴隷解放には大反対をしたのです。人間は聖書、それもイエス様の精神で読むとすべての人が平等であるはず。これは多くの北部の人たちに受け入れられたのですが、南部の政治家に反対され、 憲法草案にすべての人の平等さが認められなかったのです。しかし南北戦争で北軍が勝ったことにより、リンカーン大統領の政治政策上の大きな貢献は奴隷制度の廃止でした。今日アメリカの国のおいて、宗教の自由が認められています。キリスト教だけではなく、ユダヤ教も、回教も、仏教も、ヒンズー教も、モルモン教も、その他いろいろな宗教がありますが、アメリカの国が誇ること、それはこの国において、すべての人に、信仰の自由があるということです。 岸野先生、時々皆さんから、「先生、あなたはとても信仰についてリベラルですね」と言われます。リベラルと言われても、私はイエス・キリストを主と信じ、イエス様の精神に従って生きて行きたいのです。イエス様の愛を多くの人と分かち合いたいのです。聖書を読むことにより、私たちはイエス様の愛の御心がわかるようになり、イエス様の愛が、私たちの言葉だけでなく、私たちの行動の中で神の国が実現されるように努めて生きてゆきたいのです。 今年の7月4日のIndependent day は4日前にすでに終わっていますが、私たちアメリカに住むものにとって、また、キリスト者として私たち一人ひとりが、主なる神様を信じること、またこの神様であるイエス様の愛の精神が私たちの人生の中で毎日実行されることを祈ります。 アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マルコによる福音書5章21-43節  「この女の苦しみ」 “The Suffering  of This  Woman”   私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなた方にあるように。アーメン。 今日の福音書の話はヤイロと言う名の会堂司が、イエス様の足元にきて、ひれ伏し、病気の娘を治してくださいと頼んだことから始まります。二人が、ヤイロの家に行く途中、12年の間出血の止まらない病気の女が、イエス様に自分の病気を治してもらいたい思いで、イエス様についてきて、イエス様の服に触ったのです。するとたちまち女の出血が止まったのです。しかしこの女にイエス様がまだ話している途中、ヤイロの家から使いのものがやってきて、ヤイロの娘が死んでしまったことを告げたのです。 皆さんの中にこの話を何回も何回も聞いたことがあると憶えている方もいらっしゃるでしょう。マタイ、マルコ、そして、ルカによる福音書にこの記事は共通に書かれているのです。それほど福音書の著者にとってこの記事は大切な意味があるのです。 皆さんがまだ、小さな子供を抱えて生活していた時、子供が病気になると心配でたまらないとそのような経験をした事のある方, 沢山いるはずです。子供が発熱して40度Cの熱が出てきた。それが2日続いている。何かうなされている。咳も出てきて、体がだるそう。大人の私たちだってそういう時にはうろたえてしまうことがあるのです。 私は過去に何回もヤイロと彼の娘について説教をしたことがありますが、この出血の止まらない、みんなから嫌われていたと思われるこの女について今日まで説教の中で話したことはありません。何か云いづらい、聖書の中で言われているこの女の病名が、長血といっても男である私はそれがはっきり分からなかったからです。しかし出血が止まらないとはただの病気ではないはずです。私たちの血は空気に触れると固まるそれによって出血が止まるはずですが、これはそれ以上の婦人病で12年にわたって血の止まらないとはなんと悲しいことではなかったでしょうか。ところで聖書にはこの女の名前が出てきません。名前の出てない人とはどういうことかと言うと、或いはこの女は、みんなから嫌われていた、仲間はずれのされていた、みんなから避けられていた人ではなかったでしょうか。 ユダヤ教の律法によると、長血の人はUntouchable, ほかの人は触ってはいけない者といわれていたのです。日本人はアメリカ人に比べ人と人の skin touch を控えます。アメリカ人はその点、 “give me a hug, a big hug”と言う方で、よくhug された時に、お相撲さんの上手を取るか、下手を取るかの格好で写真に写されたの見て、独り笑いしたことがあります。長血の女は一般社会から嫌われていた。ハンセン氏病にかかった人のようにその人が近くに来ると人は遠回りしてまでその人に近づくくことを敬遠したのです。誰からも声をかけられない、声をかけられたとするなら、「お前、わたしたちに近づくな」だったでしょう。 旧約聖書のレビ記と言う本は、ユダヤ人の守らなければならない戒律の本ですが、この女は12年も、毎日、毎日、みんなから、「穢れた者、神から見放されたもの」と世件から呼ばれていたのです。英語でいうなら、この女はuntouchable, 誰から触られることもない、近くに行ってもいけない存在の人とユダヤ人の律法によると人々から見放された女だったのです。皆さんがこの女の苦しみがどういうものであったか、察してください。この女は解決のできない毎日、毎日血の止まらない病気で心も体も疲れきっていたはすです。しかし私たちの中には、病気とは言わないまでも、誰でも何か自分の心を痛めているものがあるはずです。 ある人にとってはそれが経済の問題であるかもしてません。2008年までアメリカの金融業は景気の良い道、甘い蜜を吸っていた。それが1930年の大不況のようにがたっと変わり、多くの人の貯蓄、株券、そして自分の持っていた家の支払いができなくなった。倒産した。職を失い、家も取られ、投資していたお金の価値もなくなり, たちまちのうちに、Homeless  になってしまった人たちがたくさん出てきました。またある人にとって、家族との問題が原因で身内の人とcommunication もとざされてしまった。そしてまたある人は、話し合う家族も、友達も、昔なじみの友達からも音沙汰が無くなり孤独でたまらない、こんな惨めな思いでどうやって生きていけるだろうと毎日が苦しみの連続の人もいるのです。人間として一番悲しいことは、共に心を打ち明けられる友達がいないことではないでしょうか。 長血の女が、「そうだ、もしイエス様に触れたら、わたしの病気もどうにかなるのではないか」と思うその心をイエス様はもうご存知だったと思います」。もう一度言います。イエス様はもう私たちの心の中を良くご存知です。私たちの悲しみ、悩み、心の憂いも知っているのですが、私たちはそのことをイエス様に祈りの中で話さなければなりません。 この女は12年間も続いている治らない病気は、神様からの罰として考えざるをえなかったのです。26節には、「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たずますます悪くなるだけであった」。 しかしこの女はイエス様の噂を聞きました。イエス様は奇跡を起こすことのできる方, この人なら何とかしてくれるかもしれないと、藁にもすがる気持ちでイエス様の跡を追ったのです。群衆の中に入り、後ろからイエス様の服に触れたのです。イエス様の後ろについてきた人はこの女だけではなかったでしょう。しかしその混み合っている中で、この女に触れたものは皆汚れた者になるのです。「お前のような者がこんな所に来てるとは、もしわたしたちにぶっかっただけで、私たちも穢れた者になってしまう。ここから出て行け」と非難の声が聞こえるような感じがします。それ以上にもしイエス様に触れると言うことはイエス様をも穢れたものとしてしまうのではないでしょうか。 ですから、恐怖と希望と羞恥心が絡まったような思いでイエス様のすぐ跡を追い、震える指でイエス様の服に触ったのです。 福音書の29から30節にかけてこう書かれています。「すると、すぐ出血がまったく止まって病気が癒されたことを体に感じた。イエス様は、自分の中から力が出て行ったことに気がついて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのは誰か」と言われたのです。 井上洋治さんと言うカトリックの司祭である方が、この長血の女について「ゆるしによる回心の物語」と言う解説の中でこう書いているのを紹介しましょう。 この女性は、12年間も苦しんでいた出血を止めていただいた。しかし自分としては、はっきりと病状を訴え、お願いしたわけでもなく、ある意味ではずるいような形でイエス様の服にちょっと触れたわけです。普通ならば、「なんということをするか。もし本当に直していただきたいのなら、恥ずかしいとか、みんなから非難されるのが怖いとか、そんな気持ちは全部捨てて、謙虚に自分の苦しみを話すべきだ」と言われるかもしれないと思って、彼女は恐ろしくなったのだと思います。 しかしイエス様は、そういうようなことは一言もおっしゃらず、ただ彼女の長い間の寂しさと涙とを受け入れられたのです。そしてイエス様は、この女性にこう言いました。「あなたの信仰があなたを救った。安心していきなさい。もうその病気を悩んだりせず、元気に暮らしなさい」。この27から28節にかけての福音書の言葉はとても大切な言葉です。「イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れれば癒していただける」と思ったからである。同じように新約聖書のロ-マ人への手紙10章17節にこう書いてあります。それを読んでみます。「じつに、信仰は、聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞く事により始まるのです。 私たちの信じる、復活されたイエス様は今ここに、私たちの間にいるのです。あなたの喜び、悲しみ、孤独な思いをすべてご存知です。 私たちの周りには年取った親の面倒を見ながら生活している人たち、年に2度も3度も日本に帰って本当に短い時間ですが、親孝行してあげる人たちが沢山います。愛する人たちと共にいられないのは寂しいことですが、イエス様は私たちの愛する人たちをも見守ってくれていると信じます。 最後にこの長血の女の話の前に出てきたヤロイとその娘について一言。ヤロイは長血の女がイエス様によって癒されるまで、辛抱強くイエス様を娘の所に連れて行こうと待っていたのです。さてこれからヤロイの家に行きましょうと言っているその時、ヤロイの家から使いの者が来て娘さんが死んでしまったことを知ったのです。 この娘さんが、あなたの娘でしたら、あなたはそのニュースを聞いてどう思ったでしょう。「イエス様、この女を病気から救ってあげたのは良かったことですが、もしわたしの娘の元に早く行けていたなら、娘は、助かったでしょうに」と言ったはずです。 イエス様はそれに対して「恐れることはない。ただ信じなさい」とヤロイに言われたのです。イエス様はヤロイの家に着くなり両親と3人の弟子だけをつれて子供の手をとり、「タリサ、クム」、それは「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」と言う意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだしたのです。 聖書の奇跡の話はある人にとってつまずくものなのですが、イエス様を神様と信じる者にとってこれは嬉しいニュースです。これは神様にとって、不可能なことはないという記しです。しかし奇蹟を経験したことで信仰が生まれるのではなく、わたしたちは、信仰生活の中で神様の恵み、恩恵、英語で言うGraceによってのみ生かされていることを知る、そのところに私たちの信仰があるのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マルコによる福音書4章35-41節 「イエス様からいただく平安」“Peace from Jesus” 私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平安があなた方にあるように。アーメン。 ある名前の知られた画家、画家がお金持ちの銀行の頭取から何か平安を象徴するような絵を描いてくれと頼まれました。画家はさんざん考えたあげく、時間をかけて、空の真っ青な, のどかな麦畑の光景をバック・グラウンドに、牛と馬が草を食べている、そして、鳥たちが飛んでいる、いかにも平和らしい絵を描いたのです。画家は、自分で納得し、胸がわくわくしてこれを銀行の頭取の所にもって行ったのですが、彼は「ううん、ううん」とため息、がっかりしたような感じで、こう言いました。「君の絵はいい絵ではあるのは確かだが、どうも私の思っている平安さと違う、もう一つ描いてくれ。画家は少しがっかりしましたけれど、「平安」とはと頭の中で何日も考えた後、今度は、前の平和的な景色から人間関係の中で見られる「平安」な姿の絵を描いたのです。それは、お母さんが赤ちゃんを抱いているシーンです。赤ちゃんは抱かれているお母さんを信頼してとても穏やか、また、赤ちゃんを抱いているお母さんもとても幸福そうに心の温まるこの絵を今度は自信をもって描き上げました。完成した絵を持ってこれこそはいい平安のシーンと喜んでもらえるだろうと期待して銀行の頭取を尋ね、差し出した絵をじっと見つめている彼からどんな答えが来るかどきどきしながら待ったのです。彼は言いました。これは素晴らしい母親と赤ちゃんとの絵ですね。そこに平安があるのは見てすぐ分かります。でもお願い、もう一度これこそ平安のシーンだというものを描いてくれ。画家、いやこのアーチストは心が落ち込んでしまったのです。何故私の感じた平安の姿が頭取は感じてもらえなかったのだろうと。しかし、私にとって平安とは何であろうと心の底を見つめるように、彼は聖書のページを読み始めたのです。「私がいただく平安とは何であろう」と今回は、長い時間をかけて彼が心の底からの平安を求めたのです。さてここで皆さんにも自分で感じる平安とはどういうものであろうかと考えてみていただきたいのです。もちろん、一人ひとりの平安のイメージは違うでしょう。それを今、発表してくださいと言うのではありませんが、自分が納得する平安、それはほかの人のイメージと違っていても当たり前です。30秒あげますので考えてみてください。その結果、アーチストはインスピレーションを受け、これまでになかったように、そのイメージををキャンバスに描き始めたのですその平安をテーマに描かれた絵とはどんなものだったのでしょう? 海の荒れ狂う嵐が岸壁をすさまじい勢いでアタックしている、空は黒い雨雲で覆われ雷は思うままにあちらこちらに落ちてくる。もしそこに私が独りでいたならば、大波呑み込まれてしまったでしょう。そのような嵐の中で、そのような人生の嵐の中で、私たちは、神様、助けてください、私はもはや死にそうですと叫ぶのではないでしょうか。しかし、大波のかなたに光が見える。黒い雲の後に真っ青な空が見える。今大きな試練の中にいた私たちが、どうやら嵐を乗り越えられるのではとの希望が与えられる。、画家、アーチストはこのような人生の過渡期に起こる難しいチャレンジの中に、神様の約束した希望を岸壁の中の一番高いところにある鳥の巣、その中で、親鳥が雛を翼で囲い、あたかも親鳥が、「心配しないでいいよ、私がみんなを抱いてこの嵐を通りぬけてあげるから」と、まるでこれは、神様が私たち震え、おののいている者に「私を信じなさい。恐れることはない」と言っているかのように恵みの平安を描いたのです。 突然私の頭に出てきたのは、葛飾北斎という有名な、浮世絵の版画家が作った神奈川県横浜の沖合いで、荒波に呑み込まれそうな漁師たちが真剣に船にしがみついていると言う絵です。しかしこの版画の中心に富士山という日本一の山がある。富士山は、日本人にとって希望の山であり、わたしたちの心のよりどころです。アーチストは平安という主題で描き上げたこの絵を銀行の頭取に手すと、「まさにこの絵は私が心の中に描いていたものと同じだ」と言って受け取ってくれたのです。 さて私たちが聞く言葉、平安Peace, 静穏、tranquility, 冷静という心の持ち方を、人生の荒波の中で感じられるようになることは大切なことです。今この教会に来るようになり、あと2ヶ月で赤ちゃんが生まれるという Flacks さん夫妻も新しい命をまち望むうちに平安な心が必要と感じているでしょう。 イエス様の弟子たちは、いつも神様からの平安の恵みをもとめていたのです。私たちにとても同じです。私たちが人間として神様に答えてほしい質問は、「神様、あなたは今どこにいらっしゃるのですか?」、「神様、あなたが私に答えてくれないのはあなたはねむっているかですか?」「神様、あなたは私の祈りを聞くことができるのでしょうか? 神様、私の祈りを聞いてください、答えてください」と。 今日の福音書はイエス様の弟子たちがイエス様と船の中にいた時、激しい嵐に会われて、転覆するかもしれないと言う怖い経験をしていた事件です。船と言ってもそれはせいぜい5メートルぐらいのもので、少しの風が吹いても随分揺れたでしょう。それが突風によって沈没するかもしれないように揺れたのです。弟子たちの多くは漁師でしたが、この嵐の沈没するかもしれない船の中で一人ねむっているイエス様に、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないんですか」と叫んだその心境はわかります。私たち一人ひとりが、悲しみに、悩みにくれていた時、また、病気で心も体も疲れきっていた時、「イエス様、私を哀れんでください。私を助けてください。あなたのほかに誰が私を救うことができましょうか」と祈ったことがあったはずです。 もう10年ほど前のことですが、ある日、日本から電話がかかってきました。母からの電話です。「お父さんが事故にあいました。順天堂病院に運ばれました。お父さん死んじゃうかもしれない。今日手術を受けます。頭の中で血管が破裂したらしい。ゆうちゃん、日本に帰ってきてくれる。お母さん独りでどうしていいのか分からない」と。それから24時間後、東京の家に飛んで行き、母は私の顔をみて「ゆうちゃん、本当に帰ってきてくれたのね」とワーッと泣き始めたのです。私の存在が母に何か心の支えを与えたのでしょう。父が事故にあったのは日曜日の朝。一晩冷やしてあった大きなスイカを自転車のハンドルの前にある篭の中に入れて教会まで行く途中、交差点でトラックにぶつかりそうになり倒れたのです。なんとスイカをかばうように倒れ、スイカは大丈夫でしたが、父は道路で頭を打ち、救急車で順天堂病院まで運ばれました。CTスキャンでくも膜下出血とわかりその日に手術をしたのですが、それ以来、頭の切れた父が悲しくなるほど変わってしまったという悲しい事件がありました。 しかしこれは私だけでなく、ここにいる皆さんも人生の悲しみ、苦しみを感じたはずですわらをも掴む思いとは良く私たちのどん底の苦しみ、悲しさの中で、「神様、お願いです。助けてください」と叫んだ私たちではなかったでしょうか? 「神様、あなたはどこにおられるのですか?  あなたは私の悲しみ、苦しみをご存知ですか? 私の祈りが聞こえますか。そうならお答えください」。と私たちは、イエス様が共にいてくださることを願うのです。私たちの神様は必ず、必ず私たちの祈りを聞いてくださいます。神様は、「私は十字架に付けられたイエスとして、今ここにいます。私はあなたの悲しい、苦しい、重い思いを知っています。私の許に来なさい。あなたの重荷を軽くしてあげよう」と。 イエス様はまたこう言ってます。「何故あなた方は怖がっているのか。あなたは私を信じる信仰を持っていないのか」と。これはイエス様が船の中で脅えている弟子たちに言った言葉ですが、同じように私たちにも語りかけているのです。 私たちが、使徒信条の中で、「私たちは天の造り主、父なる全能の神を信ず」と信仰告白する時、神様はこの広い宇宙の作り主と信じますか? つい最近まで、私たちは宇宙の一番遠い所は私たちの太陽を中心とする惑星の集まり、しかしそれが今度はさらに広がり、銀河星、そしてまたいまや銀河星を一粒の砂のように見ると銀河星と同じようなものが何億、何兆もあるといわれています。 私たち一人ひとりも何億、何兆の細胞によって作られているのです。まさに私たちは宇宙の中で砂の一粒ですが、その一粒の私たちを神様はすべてご存知です。しかし宇宙の中で砂の一粒のような砂のような存在の私たちに神様の愛を知らせるために、神様はイエス様の形、また聖霊と言う姿で私たちの所に来てくださったのです。 その宇宙をつかさどる神様が私たち一人ひとりを名ざして知っているのです。この世を創造された神様である父なる神、この世を救うために人の子としてきてくださったイエス様、そしてすべての源である神様の霊が英語で言うHoly Spiritです。私たちはこの3つの神様の顕れかたに導かれて、人生を神様の望まれる生き方で過ごすことができるのです。それが80年、90年、長くて100年でしょう。神様に導かれるこの命はまさに神様の平安を味わうことのできる人生であります。どうか毎日毎日をイエス様に感謝して生きる私たちになれるよう祈るのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マルコによる福音書4:26-34節 「私たちの信仰とは?」“What Is Our Faith?” 私たちの父なる神と主イエス・キリストから平安と祝福があなた方の上にありますよう。アーメン。3ヶ月それはテキサスの暑い夏でした。しかし暑いというのも日本の湿気のある暑さと違い、湿度5%のからからの暑さ。その時毎日新しくできつつあるGrand Prairie とArlington と言うダラスの郊外の新興住宅を一件、一件、これから始まる新しい教会の案内状を持ってドア・ノックをしました。私の仕事はその新しいCommunityで新しい教会を建てることで、その為には人を集めることでした。毎日100件ほどの新しい家を訪れ、「どこかの教会に行ってますか?もしここで新しい教会を探しているなら、私はこの秋を目指してここにルーテル教会を開きますのでおいでください」と招待をしたのです。 しかしこの夏は30年ぶりの華氏でいう100度以上の日、摂氏はで40度を超えた日が40日続いた夏で、北テキサスでの農業は痛手を蒙ったのです。雨がないので草が育たない、とうもろこしも、ほかの穀物もみんな枯れ、倒産した農家、牧場主が続出したのです。私も生まれて始めて日射病にかかり、不思議なことに目で見えるものが皆白黒でしか見えなくなり、病院に担ぎ込まれました。   真剣にどこの教会も毎週神様に雨を降らせてくださいとのお祈りの時を持ったのです。ある教会で牧師さんが信徒の人たちにこうお願いしました。「今は祈ることしかない。みんなが一緒に祈れば、神様は必ず私たちの祈りを聞いてくださる。さあ家に帰って一生懸命祈りなさい。そして来週の日曜日は神様が雨を降らせてくださったことで感謝の祈りを捧げましょう」と。さて次の日曜日が来て皆が礼拝に集まった時、牧師さんはこう言いました。「ああ、信仰の薄い者よ。何故あなたたちは雨が降ると信じなかったのか」と。信徒の人たちは声をそろえて言いました。「私たちは祈りました。今でも雨が降ると信じています」。「本当ですか?」と牧師さん。「もし雨が降ると信じているなら今ここに誰も傘を持ってきていないのは何故でしょう」。 さて、今日の福音書の言葉は私たちの神様への信仰と信頼とはどのようなものであるか、またイエス様は神様の国とそれを見ることも、完全に理解することも今まだできない私たちの信仰が どのように成長するかを語っているのです。イエス様はお百姓さんがなすべきことのお話をしているのです。お百姓さんは種をもう耕してある土の中に埋めるのです。これらの種がどのように成長するかは考えるかもしれませんが、それについては神様にお任せし、自然現象として種から芽が出、茎が伸びるようになります。そして葉っぱが出てきて、最後には花が咲き、そこに実を結ぶことを信じるのです。刈り取りの日が来るのです。福音書に出てくる、「寝起きしているうちに」と言う意味はお百姓さんが蒔いた種に何一つしなくても神様によって時間が立てば収穫の時が来ることを信じているのです。 お百姓さんが、どんなに心配しても種が育ち、収穫の時が来る時まで辛抱強く待つ事しかできないのです。自然に任せると言うことは私たちにとって難しいのですが、同じように、いつも神様を信じなさいと言うことも、クリスチャンになったからと言ってなかなか難しいのです。神様、こうしてください、ああしてくださいと言ってしまうのが私たちではないでしょうか? 神の国は神様に依って来ます。わたしたちは神の国を自分たちで作ることはできません。しかし、私たちは神様が私たちの心の中に、神様の国、神様の平安、神様の愛の社会の種をまいてくださっているのです。私たちがなすべきことは言葉と行いによって神様に忠実に生きてゆくことです。宇宙を司どる方、またその神様が私たちの目では見えなくても、私たちが神様って本当にいるんでしょうかと疑問を持つ時にも、神様は私たちから離れ去ることはないと信じてください。神様は私たちを見放すことはなさいません。私たちの信仰は、神様からの一方的な私たちへの愛に基づいているのです。神様は私たちから、離れることがない、見放すことはないと言うことです。 では東日本で昨年起こった地震、津波、原子力発電所の事故で家族、家、財産を一瞬にして奪われた人たちは、何か悪い事をしたからですか? いやそうではありません。では何故ですか?以前この復活ルーテル教会で、日本福音ルーテル教会から宣教師として働いていた伊藤先生が、仙台で日本福音ルーテル教会を代表してこの災難を経験された人たちを定期的に訪れ、被害者に同じ人間としての悲しみと苦しみを分かち合っていた時、同じく日本に帰られていたJune吉成さんと共に伊藤先生を仙台訪ね、先生の運転する車で被害地を回りました。これは後で吉成さんが語ってくれたことですが、一番感動したのはある中年の女性の心の持ち方です。その方は大川小学校という半数以上の生徒の命が失われた小学校の近くに住んでいる方で、彼女の家も流されました。家族の人も津波に飲み込まれました。すべてのものが瞬間的に彼女から取り去られたのです。彼女はしかし助かったのです。どうして私だけが、このように命を奪われなかったのかと何回も何回も思ったでしょう。 この人がすごいなあと思ったのは、彼女は同じ災害にあった人の世話をする仕事を始めたのです。毎日、毎日、同じようにすべてを奪われたおじいちゃん、おばあちゃんの面倒、書類の作成、仮設に入っていた人たちの世話をしていたのです。今でもしているでしょう。私たちとの会話の中で、この女性は一言も愚痴をこぼさなかった。自分がこの災害にあってどんな苦しい時を持ったのは確かです。しかしそれを乗り越えて、それ以上に悲しみに中でひとりで立ち上がることのできないお年よりたちの世話をしているのです。災害地を回って4階建てのコンクリートのビルが倒れていた、ずいぶん内陸の所にあった3階立てのビルの上に観光バスがぽつんと乗っかっていた。すごい数のトンビが川の乾いたところでで何かを口ばしでつついて探している、そのような場面も忘れられませんが、すべてを失った、独りぼっちになったこの女性がほかの被害者の面倒を見ている、その生き様を見て感動しました。彼女が、仏教の信者か、それともほかの宗教の信者かその所は聞きませんでしたが、もしこの人が、クルスチャンでなくても、この人は神様の御心に近い人と心の中で思いました。 今日はこの教会に来られてからもう一年ほどたつJune吉成さんの洗礼式を行います。二人の友達が教保となってイエス様を神様と信じますと言う信仰告白をされた後に洗礼を受けます。イエス様と言う神様に従い、信じる者になると言う儀式です。この式の中で、信仰告白をすることは、神様に従う弟子となることです。 クリスチャンになることは洗礼を受けることによって始まります。しかしこれは特に日本人にとって勇気のいることです。その多くの人の家族、親、友達も先祖代々仏教、神道の人がイエス・キリストを神様として、愛の精神を持って生きてゆくことを宣言するからです。私は小児洗礼を受けましたので、自分の洗礼式を覚えていませんが、父も母も青年時代に洗礼を受け、クリスチャンとしての恵みはそれに変えられる物がないとの発言をよく聞いたことがあります。神様への信頼、信仰は私たち一人ひとりの中でいろいろな形で現れ、皆さんも信仰生活の中でイエス様と対話を心の中でなさった方がいるはずです。神様は皆さんの心の中の隅々まで、すべてをご存知です。しかしイエス様との祈りの時は大切です。心の嘆き、悲しみ、苦しみ、喜びをすべて神様、イエス様の名によって語ってください。 最後に毎月贈られて来る日本福音ルーテル教会の機関誌である「ルーテル」の中に今日の福音書のからし種に書かれていることをその記事の著者の松田繁雄先生の書いた「雑草のしぶとさ」の一部を少し紹介して今日の説教を終わります。 「クロガラシと呼ばれる辛し種は砂の一粒ほどのせいぜい育っても2メートルぐらいの雑草ですが、種はとても辛い一年草です。しかし、生命力は強く水や肥やしをやらなくても勝手に種を撒き散らしてゆくのです。聖書にはレバノンの杉と言うような素晴らしい大きな木が書かれていますが、毎年枯れてしまうクロガラシでも鳥が媒介になって翌年も、また次の年もそこいら中に, 新しい芽をふき、根を張り、実を結びつけるのです。それは。実にしぶとく、世の移り変わりにも耐えて、広がっていく、息の長い神の支配、そのようには喩えは語っているのではないでしょうか」。 私たちは雑草のように見られてもいいのです。一生懸命になって生きる人間になること、それは私たちのすべてを尽くして神様の愛と慈しみを私たちに関係する人たちに伝えてゆくということではないでしょうか。私たちの神様への信仰はどのように育つのか、はっきり言ってよく説明することはできませんが、神様が私たちの心の中に信じることのできる心と、お互いを助け合って生きてゆく、その様な人間になれるよう私たちを導いてくださるのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 創世記3章8-15節「隠れる事、探し出される事」  “First Story of Hid and Seek” 私たちの父なる神と,主イエス・キリストから恵みと平安がありますように。アーメン。 先月テレビでChinaのgrowing pain と言うリポートを見ました。たった23年前にはまだアメリカ人は中国に行くことができてもよく警察官が旅行中同行すると言う時代でしたが、今中国人たちはwestern cultureを受け入れています。若い人たちのFavorite foodはKentucky Fried Chicken と MacDonald の Hamburger だそうです。 また、アメリカではタバコを吸う人が減ってきているのに中国では70% もの男の成人は毎日一箱のタバコを吸うと聞きました。しかし、健康を害すると、それをマクドナルドやマーボロのたばこのせいにするのです。しかしこの問題は誰のせいでもありません。自分が自分で正しい行動をしたいと言う思いがない限りできないのです。そのことを覚えて今日のアダムとイブの話を考えて見ましょう。 私はfast food と言われるものを余り食べません。まったく食べない訳ではないのですが、それよりはどちらかというと日本のスーパー・マーケットで、蕎麦かうどんを食べるのが好きです。もっとも一人で食べるより誰かと一緒に食べるときが大好きです。 しかし聞くところによると、毎日、朝、昼、晩とマクドナルドでハンバーガーを食べる人もいるらしい。この頃はどのハンバーガーに何カロリーと書くfast foodのお店が増えてきたと聞きますが、毎日ハンバーガー食べていたら健康の障害が出てきて当たり前でしょう。 同じように私の日本での友達の中には毎日タバコを吸わないと落ち着かないと言う人たちが何人もいます。タバコは健康を損なうものと知りながら、やめることができないとはかわいそうに思うのですが、彼らの中にはこれはタバコを作る会社がいけないんだとか、もっと昔からタバコの害を公に話していてくれたらニコチン中毒まで行かなかっただろうという友達もいます。私がそれを聞くと自分のやっていることを人のせいにしているように感じるのですが。 さて今日の旧約聖書の話はまさに、自分の問題を他の者、他の人のせいにする、つまり自分の欠点 を神様のせいにしているアダムとイブの有名な話です。 エデンの園という所でアダムとイブは働きもしないで毎日神様が造られたおいしい果樹をおいっぱい食べていたはずです。このエデンの園にりんごの木があったとは書いてありませんが、聖書の中にはイチジク、葡萄、オリーブ、マスタード、メロン、デイツ、ぺスタシオ、アーモンド、ガーリック、ざくろ、そして、りんごも出てきます。これは聖書辞典で調べるまで知らなかったのですが、旧約聖書の雅歌2章3節に乙女の歌と言うものがあります。そこには「若者たちの中にいる私の恋しい人は森の中に立つりんごの木。私はその木陰に座り、甘い実を口に含みました。」と書いてあることから、エデンの園にあった、食べてはいけないと言われていたこの果実がりんごであってもおかしくないのです。 私たちは自分でしたことに責任を持つべきですが、自分を正当化することが多いのではないでしょうか。私は間違い事を犯しましたと言う前に、何かによって、または、誰かによって間違ったことをしてしまいましたと言ったことが過去に沢山あったはずです。神様の前で、嘘をつくことはできませんが、いろいろな理屈を付けて自分を正当化するのが私たちではないでしょうか?そんな私たちを神様はすべてご存知です。ですから神様から隠れたくなるのです。裸でいたことが神様の前で急に恥ずかしくなり、イチジクの葉っぱで身を隠したのです。自分の罪を隠したかったのです。 ここで悪いことをした理由のこじ付けをしたのはアダムだけではなく、イブも禁断の果実を食べた理由は蛇にそそのかされたからですと言ったのです。神様はエデンの園という、素晴らしい所で幸福に生きてゆくことのできたはずの人間は罪、それも生まれながらすべての人間は原罪、は を持つことによって、自分で自分を救うことはできないのです。では、私たちはどのように神様との関係を正しく持つようになれるのでしょうか? どのような行いによって私たちは神様の前に神様の者であるとの信頼を築くことができるのでしょうか? 私たちは自分の行い、努力によって神様に愛される者となることができません。自分で、自分の力で、自分の行いによって神様の前で正しい者となることはできません。神様から愛される私たちになれることは、神様の言葉、それは「私はあなたを条件なしに愛します」と言う言葉を自分の心、胸のうちに刻み込むことです。神様の前で私たちは謙虚に自分の犯した間違い、高慢さ、罪の意識をすべて告白しなければなりません。神様は私たちが謙虚になり、子供が親を慕うように私たちに神様の元に素直な心で来てほしいのです。神様から隠れることは私たちにできません。 子供の時、誰でもかくれんぼと言う遊びをしたことがあるでしょう。最初に見つかった人が今度は目を瞑って1分ほど数えた後に隠れた人を探しに行きます。私たちの神様であるイエス様は、私たちが、どんなにうまく隠れてもかならず探しだしてくださいます。しかし、遊びのかくれんぼと違い、私たちは神様から見つけられたいのです。神様から遠く離れていては私たちは孤独で、寂しい、怖い、恐怖の中で震える生活の連続です。しかし、神様は私たちが、どこに隠れていても探し出してくださり、私たちを神様の愛の下に返えらせてくださいます。もう一度聞いてください。神様は私たちがどんな状況にいる時もわたしたちを捜し求め、神様のみが胸の中に抱いてくださるのです。 今日のこのメッセージの中で知って頂きたいことは神様は何時も私たちが神様の身下に戻ってくるように待っていてくださっていることです。私たちが神様の前に罪の意識を持っていて出て行けないときはイエス様、神様自身が私たちの所にやって来てくださいます。 私の牧師としての役目は、病気、または自分の家から出ることの出来ない人たちを尋ねることです。そして一緒に聖餐式を行います。その前にヨハネの第一の手紙1章8節を読みます。そこにこう書いてあります。「自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理は私たちのうちにありません。自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義から私たちを清めてくださいます。」これは神様、イエス様からの約束です。 神様から隠れることなく、すべての思いをを神様に祈りの中で語ってください。私たちの人生のあらゆる所でイエス様と出会う機会が信仰を持つ者に与えられているのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet   キリスト教の暦の中で、お祭りの日が幾つかあります。それはクリスマス・イエス様の誕生日、イースター・復活祭、その次に、ペンテコステ・聖霊降臨日を思い出すでしょう。しかしペンテコステという名前は聞いていますが、それはいったいどういう日なのでしょうとクリスチャンの中でも、なかなか答えが出ないことがあります。 しかしペンテコステのペンテはラテン語で5の意味がアメリカの国防庁の建物が5角形(ペンタゴン)、また旧約聖書の最初の5書はペンタチュウクと呼ばれています。ペンテコステは、クリスチャンにとって、復活されたイエス様が50日たった時、イエス様にしたがって来た人たちに聖霊を注いでくれた日です。また、目では見えないイエス様が、聖霊と言う形で、私たちのところに来られ、私たちといつも共にいてくださる約束を確認することができた時です。 復活されたイエス様が、「わたしはいつもあなたがたと共にいる」と言う約束は多くのクリスチャンにとってとても心強いことです。ペンテコステはまた教会の誕生日とも言われています。エルサレムに世界のいたるところから帰ってきていたユダヤ人のひとりひとりの上に、聖霊が降ったのです。するとそこにいた人たちは自分の母国語でイエス様に賛美の言葉を語り始めたと聖書は書いてあります。私は6年間テキサスのダラスの教会で牧師として働きましたが、テキサスには異言を語るクリスチャンの教会が沢山ありました。しかし異言を語るだけではなく、多くの人が手を高く上げて踊りだすのです。その中で恍惚状態になり、失神する人も出てきたのです。 一般の説教の代りに、沢山の人が、何か訳も分からないことを口にしているその姿を見て、これも一つのキリスト教の礼拝なのだというのに私は否定しませんが、今日の聖書に書かれている異言とは、いろいろな国から来てエルサレムに集まった人々が聖霊を受けて自分たちの言葉で神様の偉大な業を語り始めたということで、これはイエス様とイエス様の教えが、世界中に広まって行くことを前兆としての姿です。 ペンテコステはキリスト教会の誕生日であるといいましたが、使徒言行録の2章の中に、教会の初め、それは建物としての教会と言うより、イエス様を主と認める、またイエス様にしたがって生きていこうとの決意をした人たちにとってイエス様が聖霊として私たちと共にいてくださると言うことはなんと力強いことだったでしょう。 この日、3千人もの人がイエス・キリストを世の救い主と認め、洗礼を受けたのです。彼らの顔はまさに輝いていたと思います。この3千人の人たちはどんな心境になったでしょうかと考えていた時、私は頭の中に小さい時日曜学校でよく歌った子供讃美歌を思い出しました。それを歌ってみましょう。   「主に従い行けば、いかに喜ばしき、心の空晴れて光は照るよ。みあとを踏みつつ、共に進まん、みあとを踏みつつ、いさみて進まん。 主に従い行くは、いかに幸いなる、悪しき思い消えて心は澄むよ。みあとを踏みつつ共に進まん、見あとを踏みつつ、いさみてすまん。 主に従い行くは、いかに心強き、恐れの陰うせて、力は増すよ。みあとを踏みつつ共に進まん、見あとを踏みつつ、いさみて進まん。」   聖書は、ペテロの言葉で、私たちにはっきり語っています。それは、「悔改めなさい、めいめいキリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」と。 聖霊も賜物の一つですが、ほかにもたくさんの賜物が私たちに与えられるのです。ギリシャ語で、「恵み」と「賜物」は同じ語源から出た言葉です。それは「愛」、「喜び」、「平安」、「寛容」、「親切さ」、「善意」、「誠実」、「柔和」、「自制」と言う、私たちの生活の中で、いつもなすべき心の持ち方と私は思います。私たちがお互いを支えながら生活する中で、今述べた、一つ一つの言葉をこれはイエス様が、私たちに毎日の生活の中で実行されるように求めているのです。もう一度その言葉と私たちの心の持ち方を聞いてください。「愛、喜び、平安、寛容、親切さ、善意、誠実さ、柔和、自制」と言う言葉です。 聖霊の賜物を受け取った人たちは顔が輝いていると言われています。それは顔に隠せない喜びとして顔に出てしまうからです。このことに関して、ある人から聞いた話を聞いてください。 今から150年ほど前のカリホルニアのgold rush の時、金を探して歩き回っていた3人の男たちが、あるところに金の塊をいくつか見つけたのです。そこで、この秘密を誰にも言わないようお互いに誓ったのです。町に行き、彼らが金を掘る許可証をもらい、金を発掘するための道具を買い入れ、秘密の場所に戻ったのですが、彼らを追って沢山の人たちがついてきたのです。なぜかというと、彼らの顔の表現が、喜びに満ちていて、ほかの人が一見して、ああ、あいつらは、金のでた所を発見したに違いないと感じたからです。 もう一つ、教会の礼拝の中で起こったことをお話しましょう。お母さんがまだ3歳になったばかりの男の子を連れて教会に来るようになりました。この男の子、礼拝中泣きもしない、駄々もこねないいい子でしたが、時々後ろを振り向いて、みんなの顔を見て大きなスマイルとウインクをしていたのです。この子のスマイルとウインクは大人の人の心を穏やかにして、大人の人もこの子にスマイルとウインクを返したのです。しかし、この子のやっていることを見つけたお母さん、男の子の耳を引っ張り、「だめですよ、ここは教会なんですよ」と叱ったのです。男の子は叱られて泣き出しましたが、お母さんは、「しずかにしなさい。泣くなら小さな声で泣きなさい」と、またこの子を叱ったのです。私も母によく教会では静かにしなさいといわれてもそれを守ることをしなかった。でもイエス様には愛されていると感じていました。 私が礼拝堂の前で皆さんを見る時、そこで顔が輝いている人もいれば、何か心に悲しみ、心配事があり、悲しそうな顔をしている方を見出します。ティシュウで涙を拭いている人もいます。ペンテコステ、聖霊降臨日はこれから先、イエス様が私たちの生活の中で、私たちが悲しいときも、苦しいときも、喜びのときも必ず私たちと共にいてくださることを約束してくださったのです。それは甦えられたイエス様は、聖霊として私たちと何時も共にいてくださることを知ることです。 教会はこの聖霊降臨日に始まり、イエス様が、私は世の終わりまで私達と共にいると約束された集まるところです。私たち、一人ひとりが何故イエス様を救い主と受け止めたのかとの質問に私はこう答えます。イエス様が救い主の神様と私が呼べるのは、実は神様の聖霊が私に働きかけ、イエス様を神様を呼ぶことができ私にしにしてくださったからです。皆さんもイエス様を信じたい、信じられるようになるには何をしたら良いのかと考えた時期があったはずです。 しかしイエス様を救い主と認められるようになったのは自分で納得ができるように祈ったその結果ですか?  私が口癖のように言うことは、それは、神様である父と子であるイエス様、そして聖霊の働きで、私、私たちの心の中にイエス・キリストが救い主であるという信仰を私たちの心の中に育ててくださったと言うことです。 このペンテコステと呼ばれる教会の誕生日は神様からいただいた聖霊によって始まり、これからも主イエス・キリストこそわが救い主と告白する私たちの信仰により続いて行くのです。この聖霊は目では見ることができませんが、私たちを支えてくださる神様の力です。イエス様が私と共に何時もいらっしゃると信じられる人は本当に幸福です。主によって私たちは生かされ、愛の精神を持って人生の毎日を送くれることができるからです。 祈りましょう。 イエス様、あなたは、私たちに素晴らしい賜物を幾つもくださいました。その一つが、あなたが私たちの心の中で育ててくれた信仰です。このペンテコステ、神様の聖霊が人々の心に働いた日を感謝します。あなたの聖霊が私たちを導き、私たちのイエス様に従う思いと行動にて、まだあなたを知らない人たちに、主に従い行くとはいかに喜ばしきことであるかを知ることができるようにしてください。この祈りを主、イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン。       Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 「イスカリオテのユダ」 “Judas Iscariot” 使徒言行録1章15-17、21-26節   私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。 「裏切り」と言う言葉を聞いた時、聖書の中ではとっさにイスカリオテのユダを思い浮かべるのではないでしょうか?それはユダが彼の主であるイエス様をユダヤ教をつかさどる祭司、律法学者に30の銀のコインで売ったという事件があったからです。それは恐ろしい事件であり、イエス様がこの先、ユダヤ教のお偉方、また、ユダヤの国を統治していたローマ帝国のGovernor により十字架にかかる死刑の宣告を受けたのです。 しかしその前にイエス様が死んだはずの友達のラザロを甦がえらせると言う奇跡を起こしたことを皆さんは聖書で読んで知っているはずです。過ぎ越しの祭りのある6日前にイエス様は友達のラザロの妹たちのマルタとマリヤを尋ねたのです。食事が用意され、ラザロはイエス様と共に食事の席に着きました。その時ラザロの妹のマリアが非常に高価なナルドの香油を持ってきて、それをイエス様の足に注ぎ、自分の髪でその足をぬぐったのです。このように足を洗う、体に香油を注がれると言うことはお客さんを大切にもてなす、それ以上にイエス様と言う神様から私たち人間を救うために送られた神の子に私たちの最高のおもてなしをすることでした。 そこに同席していたイエス様の弟子であるユダはそれを批判してそんな高価な香油はお金に取り替えて貧しい人たちに分け与えるべきだとイエス様に抗議したのです。ユダがこう言ったのは、貧しい人たちのことを心にかけていたからではなく、彼は弟子たちの中で財布の管理をしていたのですが、その中身をごまかして使っていたからですと聖書は書いてあります。 ユダへの弁解ではありませんが、私は彼がイエス様がユダヤ人のための神様と信じていたと思います。しかしまた、その神様であるイエス様の力でユダヤ人とユダヤの国をローマ帝国のすべてのコントロールからfreeになりたいと思うようになったのです。しかしそれはユダだけてなく、ほかの12弟子の中にも何人か、そのようにイエス様を革命のリーダーとして受りたかった弟子たちがいたのです。 イエス様の教えは時には弟子たちに把握できなかったのです。イエス様がお互いを愛し合いなさいと言うとき、私たちは何時も避けている人たちをも愛すと言うことです。左のほほを打たれたら、右のほほをも差し出しなさいというイエス様の教えは、今までの常識を超えた教えです。何だ、イエス様は本当に私たちユダヤ人に救いを与えるために来たのでなかったかと、そのようにユダは次第に、イエス様から心が離れてゆくようになってしまい、イエス様は、本当の救い主なのかと疑問を持つようになったのです。 イエス様が最後に過ぎ越しの祭りを12弟子と共に守り、その後過ぎ越しの祭りの食事を弟子たちと食べていた時、イエス様は言いました。「はっきり言っておくが、あなたのうちの一人が私を裏切ろうとしている。」弟子たちは非常に心を痛めて「主よ、まさか私のことでは」と代わるがわり言い始めた。イエスはお答えになった。「私と一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、私を裏切る。人の子は、聖書に書いてあるとおりに去っていく。だが、人の子を裏切るものは不幸だ。生まれなかったほうが、そのものの為に良かった。」イエスを裏切ろうとしていたユダが口を挟んで、『先生、まさか私のことでは』と言うと、イエスは言われた。「それはあなたの言ったことだ。」 それを聞いてユダは血の気がなくなったような気分になったでしょう。本当だ、まさに私はイエス様を裏切ろうとしているのだ。私が思うに、これは悪魔の仕業であったでしょう。悪魔は疑いの中で葛藤している人の中にはいってきて、あなたの思いを変えてしまうのです。私はユダが地獄に落ちた、世界で一番悪いやつと言いたくないのです。ユダも自分が悪いことをしたことを後悔したのです。しかしまたその時、イエス様に戻らなければならないのです。イエス様に赦してくださいとお願いすることが大切です。イエス様は本当に私たちが心から赦してくださいと言う時、私たちを赦してくださいます、それが私たちの愛するイエス様の私たちすべての罪人に下さるギフトです。イエス様は必ず赦してくださる方なのです。 しかしそれは私たちイエス様に従って生きてゆこうと決心した者の中にも、私を含めて、人に喜び、感謝、奉仕、祈り、励まし合い、優しい心遣いで人と接したいとを思いながらも、それと反対に、一人ぼっちになって、暗い部屋の片隅でなんて惨めな私、私たちだろと考えてしまう時があるのと同じではないでしょうか。 今日の説教は他人のことを言うのではなく、わたしの自分の心をさらけだして語っているのです。私はイエス様を世の救い主と信じます。イエス様にしたがって生きていくという宣言もしました。牧師として皆さんにイエス様への信仰の導きを語る者、しかし自分の中に、いつも神様に愛され、喜びの心に満ちていると言う人間でない自分の姿があることも知っています。私は自分の思い、感情がいつも顔に出てしまいます。喜びの時はSMILE と涙がいっしょに出てしまうのです。 疑いの時、心落ちしている時は、自分一人でいる時間が欲しいのです。そこで、イエス様に、こんな私ですが、あなたは私を愛してくださいますかと心の中で会話の時を持つのです。しかし、今ここで語っていることは、私だけではなく、皆さんの中にも疑問の時があるでしょうし、本当にイエス様、あなたは本当に、私を愛してくださっているのですかと質問をした人たちが沢山いらっしゃると思います。イエス様は私たちの心の中をすべてご存知です。ではイエス様との祈りの会話なんていらないんじゃないかと言われるかも知れませが、いやそうであるからこそ祈りの時をもって欲しいのです。一人でくよくよ悩むことを私はよく経験しますが、イエス様はその悩みも一つ一つもご存知で、ある時に私に語りかけてくださるのです。イエス様の他に、人生の色々な問題に、頼れる人、あるいは頼れるものはあるでしょうか? ある人にとってお金がすべて、幸福がすべて、有名になることがすべて、あるいは健康でいられることが一番大切と信じる人は多いと思います。私、私たちにとって一番大切なのはイエス様です。イエス様は、私たちのすべてを知っている救い主、慰めぬし、許しの主、励ましの神様です。そのような神様であるイエス様に私たちは生かされているのです。生かされているのはただ私のためでなく、私の受けた神様の愛をほかの人にも受け取ってほしいと祈ることです。 最後にもう一度イスカリオテのユダについて一つだけ語ることがあります。イエス様を裏切ったユダは地獄に落ちた。神様との関係を絶つてしまったと云われていますが、覚えていてほしいことは、今私たちが神様にそむくことがあっても、イエス様は私たちを見捨てることはしないと言うことです。イエス様は辛抱強いお方です。何回も、何回も、何回も、私たちが心から罪の告白をするたびに私たちを赦してくださるのです。私たちはイエス様にとってかけがえのない神様の子供なのです。そのことを信じて、神様、イエス様に感謝をしながら生きることができる私たちになれるように祈ることを主は私たち一人ひとりに求めていらっしゃるのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet イエスキリストの恵みと平安が会衆の上に豊かにあるように!    1909年、北海道の塩狩峠を上っていた旅客列車の最後尾の連結器がはずれる事故がおきた。その車両にはキリスト教徒の職員が乗り合わせていた。 その名前は長野政雄(ながの まさお)兄。 彼は、逆向きに暴走しそうになる客車の前に身を横たえ、暴走を食い止めた。彼は殉職することになったが、これにより多くの乗客の命が救われた。 なぜ長野兄は、自分の身を犠牲にして、人の命を助けることができたのだろうか。 もし同じような状況におかれたら、あなたは、彼と同じ行動をとるだろうか?    ちょっと質問を変えたいと思う、あなたはイエスキリストとどのような関係だろうか? ひとりひとり、さまざまな表現でその関係を描写されるだろう。しかし、もし、縦の関係か、あるいは横の関係かと聞かれたら、どのように答えられるだろうか? 私が若かったとき、こんな話を聴いた。 イエスキリストは主人、そして私たち人間はその仕え人、だから、キリストと私たちの関係は縦の関係。 そして、私と兄弟姉妹の関係は、横の関係。 そして、この縦の関係と横の関係で、十字架をなしている。  この話は、ある意味、とてもわかりやすく、的を得ていると思った。 しかし、イエスキリストと私たちの関係は、縦の関係だけだろうか?    今日与えられているヨハネ福音書では、イエスは弟子たちに、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。 もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。」 これは、イエス・キリストが十字架に架かる前日、つまり最後の晩餐の時に、弟子たちに話していた言葉。 ここで、わかるように、イエスと弟子たちの関係は、主人と僕の関係以上のものになってきている。 そして、イエスは最後の晩餐の翌日には、弟子たちのいたらない部分すべてを赦すために、十字架に架かった。 弟子たちと同じ立場、弟子たちの友、弟子たちを愛しているキリストの愛がある。 それは、イエス・キリストが復活後に、弟子たちに顕れ、「なんで私が十字架にかかるのはとめなかったのか?」とか、「十字架にかかるとき、なんで逃げていったのか?」などと非難の言葉を述べるわけではなく、復活後はじめてあった弟子たちに、「あなたがたに平安があるように。」と言われた。   十字架刑から三日目の弟子たち、イエスには、弟子たちが、どんな気持ちでその日を迎えていたかよくわかっていた。 自分たちがなすべきことをなにもできずに、ただ罪や恥の意識で、どうしようもなかった弟子たちの気持ちを察したイエスの愛のあらわれだと思う。  今日は母の日だが、キリストの愛は、ある意味、子を愛する母の愛にも似ているような愛。 短い話を紹介したいと思う。50円のお金を、自分の家においてあった教会への献金箱からとろうとした6歳の男の子がいた。 しかし、そのまさに取ろうとするところを母親に見つかってしまう。 自分のしていたことが、どんなに悪いことかをわかっているその子は恐くてしょうがない。 その気持ちを十分にわかっている母親はとがめることなく、そっとその子をだきしめ赦す。    イエスが十字架刑に架かる前、そして復活後に語った言葉は、聖書に記載され、世界中の人々に与えられている。イエスの死と復活から2000年たった今も、わたしたちはその同じ言葉を礼拝の中で聞いている。 わたしたちは、礼拝に出るということは、人間がイエス・キリストに仕えるために礼拝に出ていると頭では考え勝ちだ。たしかに、私たちは仕えているが、しかし、礼拝の中で、実は、神ご自身、キリストご自身が、私たちに仕えている面がある。    メッセージの後、岸野先生の司式により聖餐式があるが、その聖餐式のパンとぶどう酒の中に、イエス・キリストの存在がある。そして、イエスが私たちに仕えてくださって、霊的に滋養され、キリストの愛と赦しが与えられ、そして私たちは、礼拝の場から外に向かって派遣される。    メッセージの最初に、長野兄がなぜ、あのようなことができたのか、という質問をした。 長野兄は、クリスチャンであり、礼拝に出て、イエスの御言葉を聴き、そして聖餐に与っていた方。 最初の質問について考えるとき、イエスが弟子たちに対して言っていた言葉が参考になると思う。イエスは「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るように」と語っていた。 それは、長野兄が主語ではなく、主なるイエスが主語で、キリストが長野兄を選び、神の御用のために、彼を派遣した。 そして、客車に乗っていた多くの人々の命が救われただけではなく、長野兄の話は小説になり、また映画にもなり、多くの人々に影響し、いまでも多くの人々の心が動かされている。     私たちは、この礼拝に自分できて、自分で聖餐をいただき、この礼拝堂を出ていくように思い勝ちだが、実のところ、神が私たちを礼拝に呼んでくださり、神がこの礼拝において奉仕してくださり、そして、私たちを、神の御用のために、この礼拝堂から送り出してくださる。キリストの友であるわたしたちは、主イエス・キリストが私たちに与えてくださっている愛を、さらに地域の人々、困難の中にある方々、あるいは家族、友人たちと、分かち合うように導かれている。それは、かならずしも、神が長野氏を通して示したようなドラマチックな愛の示し方ではないかもしれない。 しかし、一人一人、キリストの友として、この上のないキリストの愛と赦しを、聖霊の助けにより示すように、遣わされる。  この一週間、また、さまざまな境遇におかれると思うが、イエス・キリストの愛が豊かにあなたがたに宿り、そして、キリストの愛を、あなたが遭遇する方々に示されるように祈る。   今日は母の日。まだ母が健在とおっしゃる方も、残念ながらもう母を亡くされた方も、あるいは母が病床の中にあるという方もあり、今日の母の日の思いはいろいろ複雑だと思う。 しかし、一人一人、どのような状況であろうが、母のようなキリストの愛が、一人一人に宿っていることを覚え、豊かな母の日を過ごされますように。 アーメン。  Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マタイによる福音書18章1-5節 ルカによる福音書18章15-17節 マルコによる福音書5章21-43節 私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなた方の上にあるように。アーメン。 今日は特別な日曜日です。と言うのは私たちの教会の中で子供祝福式をしたいからです。そこで自分はまだ子供だと思っている人に前の方に出てきて神様と私たちの関係を考えて見たいからです。 皆さんにお父さんとお母さんがいますね。お父さんとお母さんはとても大切な人です。「あなたの一番好きな人は誰ですか」と質問されたら、それはお母さんとお父さんと答える人がほとんどだと思います。同じような質問を大人の人たちに聞いてみます。「大人の皆さん、皆さんが一番大好きな人は誰ですか?」やっぱり大人にとって自分の子供はとても可愛いのです。もっともお父さんの一番好きな人という質問にお父さんが、「それはお母さんと子供たち」、同じように「お母さんの一番好きな人はだれですか」の質問にお母さん、「それはお父さんと子供たち」と答えたら、それは素晴らしい家族だと思います。 聖書の中で一番初めの話は神様が、広い宇宙の中で地球を作ってくれた、それは空の星、太陽、植物、動物と、私たちの生活の中で必要なものを作ってくれた話です。また、神様は、人間を神様の姿に似せて造ったと書いてあります。それほど神様は自分と、自分のお創りになった私たちを大切に愛してくださっているのです。 私はもう60歳の大人ですけれど、子供の時、お母さんとお父さんから私が生まれてきた時の話をよく聞きました。同じように、私の27歳になる娘、Katie と22歳の息子、Andrewも恥ずかしながらも、生まれてすぐのビデオ・テープを何回も何回も見てきました。彼らがお父さん、お母さんになるとまた同じことを経験するのです。 将来のいつか、私たちは誰でも年をとり、この世を去り、神様の国に行くことができると信じます。私たちは子供としていつも遊んでいられたいなと思うことがあるでしょう。学校は楽しいのですが、時には算数も、英語のクラスも難しくて泣きたくなることがあるでしょう。でもまだ小さい時はいろいろな知識を身につけることが簡単にできます。大人になると忘れっぽくなってしまい、昔のことは良く思い出せるけれど、若い皆さんが好きなビデオ・ゲームなどとてもついて行けません。それなのに、昔はやった歌、それも40年も、60年の昔の歌をカラオケで歌う時が楽しみな大人になるのです。 イエス様の話は教会で、Sunday schoolで、あるいはおとうさん、お母さんから聖書の中に書いている話を聞いているでしょう。もうここにいる皆さんは教会の中で、聖書の話しをたくさん知っているでしょう。私の子供の時の一番好きな聖書の話はノアの箱舟の話でした。ノアさんは神様から命令されてすべての雄と雌の動物を箱舟に入れなさい。これから洪水が来ます。箱舟に入った人と動物はすべて救われますよと約束なさったのです。 同じようにイエス様はすべての人に「私を信じなさい、私を信じる者はたとえ死んでも生き返るといわれました」。本当に死んだ人は生き返るのでしょうか?言い方を変えれば、イエス様を信じ、この地球で人生長い間生きた人たちは、たとえ死ぬ時が来ても、神様は神さまの元へ連れて行ってくださる。そこで、また私たちは私たちのおじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、すべての愛する人とまた会うことができるのですと教えてくださっているのです。まだ若い皆さんはしかし今そのことを心配しないで大丈夫です。 大切なことは、お互いを助け合いなさい。誰かが悲しい時、優しい声をかけてあげなさい。誰かが仲間はずれにされているのを知っていたら、仲間に入れるようにしてあげなさい。そして家族の中で、お父さんとお母さんを敬いなさい、兄弟の中で喧嘩をすることがあるでしょうが、喧嘩の相手も私たちと同じように神様から愛されていることを知ることです。 私の心を打たれる聖書の話は、イエス様が死んでしまった13歳の女の子をよみがえらせる話です。それをもう今日の福音のことばとして聞きましたがもう一度その話を聞いてください。 ユダヤ教の会堂長のヤロイという人がイエス様のところに来て、ひざまずき、自分の幼い娘が病気で死にそうなことをイエス様に話たのです。「イエス様どうか、おいでになって娘に手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」しかしイエス様が会堂長の家に帰る途中、彼の家から使いが来て言いました。「お嬢さんはなくなりました。もう先生をわずらわすにはおよばないでしょう。」イエス様はその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい。」と会堂長に言われたのです。そして弟子のペテロ、ヤコブ、ヨハネのほかは、誰もついてくることをお許しにならなかったのです。さて一行は会堂長の家に着きました。イエス様は人々が大声で泣きわめいて、騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われたのです。「何故、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているだけだ。」 人々はイエスをあざ笑ったのです。しかしイエス様は皆を外に出し、子供の両親と3人の弟子だけを連れて、子供のいるところへ入っていかれたのです。そして、子供の手を取って言いました。「タリタ・クム」その意味は、「少女よ、私はあなたに言う。おきなさい」という意味です。少女はすぐに起き上がって、歩き出した。もう12歳になっていたからである。それを。見るや。人々は驚きのあまり我を忘れた。 この記事はマタイとルカによる福音書でも書いてあるイエス様の有名な奇跡です。まだ幼い者には私たちが多くのことをしなくてはならない。しかし幼いないものに私たちは、大きな希望と夢を託しているのです。そして私たち子供の親が、いつか孫の顔を見たいのです。自分の子にも、孫にも私たちは親としての愛を注ぎたいのです。そしてその愛の精神は長い世代を通して、今世界を平和の世界へと導くのです。 最後にカール・バルトさんと言う教会の教授であり牧師先生である人が、アメリカに来た時、ある新聞社の記者にこう質問されました。「バルト先生、あなたは神様についての勉強を長い間やってきていることを知っていますが、あなたが知っているイエス・キリスト様を一言で言うなら、どのように言えるか教えてください」。 カール・バルト先生はこう答えました。「主我を愛す、主は強ければ、我弱くとも、恐れはあらじ、わが主イエス、わが主イエス、わが主イエス、我を愛す」。この讃美歌の英語の歌詞を皆さん知っているはずです。 “Jesus loves me this I know”です。Jesus loves me this I know for the Bible tells me so.  Little one to him belongs, we are weak, but He is strong.  Yes, Jesus loves me, yes, Jesus loves me, yes Jesus loves me, the Bible tells me so. 大人の人も一緒に日本語でさんびかを歌ってください。神さまは私たちをどんな時にも忘れず、愛してくださいます。Here we go.  Jesus loves me this I know. For the Bible tells me so, little one to him belongs, we are weak, but He is strong.  Yes, Jesus loves me, Yes, Jesus loves me. Yes, Jesus loves me, the Bible tells me so.  Amen. Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet    “The Good Shepherd” May God the Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.  Amen. This is a pure guess, but two of the most loved Bible verses are the following: the first is from the Gospel of John 3:16, which is “For God so loved the world that he gave his only Son, that whoever believes in him should not perish but have eternal life”.  And the other one was written by King David almost 3,000 years ago called Psalm 23 that begins by saying, “The Lord is my Shepherd.  I shall not want.  He makes me to lie down in green pastures.  He leads me beside the still waters.  He restores my soul.  He leads me in the paths of righteousness for his name’s sake.  Even though I walk through the valley of the shadow of death, I will feel no evil for you are with me.”  This is beautiful English and it almost sounds like a poem, but for me this King James English is difficult to understand.  So every time I have difficulty understanding the Old English Version, I read the translation through either the Bible called– Today’s Revised Standard Version Bible or The Good News Bible.  The following is Psalm 23 by the Good News Bible or another name for this Bible is The Good News for Modern Men.  Close your eyes and Listen.  “The Lord is my Shepherd; I have everything I need.  He lets me rest in fields of green grass and leads…