Archive for the ‘牧師説教’ Category

Tweet マルコによる福音8章27-35節「あなたは私を“誰”と呼ぶか?」 “Who Do You Say I Am?” 私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなた方の上にあるように。アーメン。 私たちは誰でも名前を持っています。それもAさんとか、Bさんとか言う暗号のような名前でなく、小百合さん、太郎さん、花子さん、一郎さんというように名前を呼ばれてその人のイメージがすぐ頭の中に浮かびます。その一人ひとりのイメージは、私たちとの時間をかけての関係の中で作られ、生涯忘れることもない大切な人、友達となるのです。同じように学校の担任の先生、スポーツのコーチと、学校を卒業しても長い付き合いを続けている人も数多くいるはずです。時々人の名前を度忘れして冷や汗をかいたことがありますが, 「同じようにあなたの名前忘れてしまいましたが、苗字は岸野さんですよね」と言われて、ああ良かった、覚えてくれていたのかと嬉しくなる時もあります。 さて今日の福音書の中で、イエス様は、弟子たちに、「人々は、私のことを何者だといっているか」と質問なさいました。弟子たちは、「イエス様、あなたは洗礼者ヨハネだ、エリヤだ、また預言者の一人だという人もいます」と答えたのです。実際これらの人たちはユダヤの歴史の中で、民衆から尊ばれていた人達です。そしてイエス様は続いて弟子たちに尋ねます。「それでは、あなたがたは私を何者だというのか」。わたしはこの質問をイエス様は弟子の一人ひとりの目を見つめながら言ったと思うのです。というのはこの質問を出したイエス様は、もう3年間、12弟子と共に生活してきたのです。同じ釜の飯を食べてきたのです。イエス様の前に集まった群衆の前で山上の説教、または山上の垂訓を教えられたのです。弟子たちは今までの律法学者の教える律法について、それはそれを完璧に守ることで救いを得るという今までのユダヤ教の教えから、律法は守るべきものであるが、それが守れない人間の弱み、しかし律法が守れない私たちはイエス様の無償の愛によってのみ救いに預かることができると教えられていたのです。 これらの教えを弟子たちに直接的に語ったこともあれば、群衆の中でイエス様の話に感動して後についてきた多くの人達を見て、このイエス様はただ単なる偉大な教師ではなく、本当に神様から送られてきた救い主だと心の中で思っていたはずです。 今日の福音書は、その弟子たちにイエス様が直接に尋ねた質問です。「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」またそれ以上に、「あなたは私を何者だと言うのか」と質問されたのです。私たち、イエス様に従って生きていく決心をした者にもイエス様は同じ質問を投げかけているのです。 皆さんがまだ学生だった時、それは幼稚園、小学校、あるいは中学生の時、先生がクラスの生徒に質問をするといつも真っ先に手を上げて、「はい、はい、私をその答えを知っている」と先生の注目を引くそのような生徒がいたはずです。皆は、「またあいつか、知ったふりして、また、胡麻をすっている、あいつは先生のペットみたいなやつだ」と心の中で思ったはずです。私が小学校の4年か、5年生の時、それは算数の授業でそろばんでの足し算、引き算のやり方を習っていた時です。先生は言いました。「これから私が出す数字を足し算なり、引き算なりで練習しましょう」と。そして先生はゆっくりと2プラス9、プラス11、マイナス7、プラス50、マイナス18、誰か答えを教えてください」と。一桁の計算ならすぐできるけれどそろばんを使って3桁も4桁もある計算はもう頭のなかがこんがらがって、いつも出てきた答えに自信がなく、手を上げることもなかったのです。しかし皆が手を上げている、何か自分だけがそろばんができないのだろうかと思い込み、このままでは、通信簿で算数はまた低い点をもらうのではと迷い、その結果、手を今まで上げられない屈辱に負けたくないと「先生が、今度の答えの出た人は』と言った時初めて手をびくびくして上げました。今まで手を上げられないことに屈辱感を感じていたからでしょう。でもその答えが本当に分かっていたはすではないのです。「おお、岸野君、答えはいくつでしたか?」と言われて心臓がどきどき、立ち上がって答えを出す時、「ア、そろばんが動いちゃって答えがからなくなりました」と真っ赤な嘘をついたのです。それを50年経った今でもはっきり覚えているのは、人生の中で悪いことをした、嘘をついた、人を傷つけたということを私たち人間は、心の呵責としていつまでも忘れることがないからです。 イエス様は今日の福音の中で、弟子たちにこう質問しました。「あなた方は私を何者だと言うのか?」でも考えてみてください。弟子たちはイエス様と共にもう3年間一緒に生活をしてきたのです。イエス様は、弟子の一人ひとりの顔を一人ひとり見つめながら悲しい思いにかられたでしょう。と言うのは、イエス様はもう自分の時が来ると感じていたでしょう。自分の時とは、イエス様が十字架にかかる時、それは世界のすべての人の罪のため、その罪をご自身でしょって私たちの罪を取り除いてくださると言うことです。 ただペテロだけが、「あなたはメシヤ、救い主です」と答えたのです。聖書には書いてありませんが、イエス様はペテロの告白を聞いて、ペテロありがとう。あなたは私が人類の救いのために来たことを知っていたのですねと思ったのではないでしょうか。同じ記事を書いたマタイによる福音書は、この他に、「シモン・ペテロ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを示したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。私はこの岩の上に私の教会を建てる。そしてあなたの名前いわく、ペテロ、岩の上に教会を建てる」と。 そう言われてペテロは有頂天になったのです。しかしイエス様は、人の子は多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活すると弟子たちに教え始めたのです。それに対しペテロは「そのようなことがおこってはなりません」と答えたのです。 私は聖書の中で自分に一番近い性質を持った男が、ペテロだともう何年前から感じています。イエス様を神の子と認め神様に、一生懸命ついてゆける人間になりたいと思っています。しかし困難なことが起こると、イエス様に何故、どうしての質問で頭の中がいっぱいになるのです。そのような時、祈りの時を持ちなさい。イエス様を固く信じなさい。と言われ、本当にそれができるようなイエス様に従う私になりたいのです。 私が思うに、完全な人は殆どいません。私たち、一人ひとり、不完全な者ですが、ただ神様の恵みにより私たちは愛されたものと呼ばれているのです。不完全の私たちが少しでも完全な者となることができるように、神様は私たちに愛の心と信じる心を与えてくださっているのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マルコによる福音書 7章24-37節「イエス様の恵みと哀れみ」“The Grace and Mercy of Jesus” 私たちの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなた方の上にありますように。アーメン。 私の家族は子供がまだ小さい時から子犬を飼い始めました。一時は大きなラブラドルという犬もいましたが、カリフォルニアに移ってからは、ミニチュア・ダックスフンドとプードルが、家族の仲間入りをしました。小さい犬は可愛いし、子供たちが小さかった時は一緒にベッドに寝ていたのです。しかし郵便屋さん、小包の配達人が来ると、ワンワン、キャンキャンとうるさいこと。お客さんが来ても同じで困り201299ましたが、良いのは泥棒よけです。 今日の福音書を読んでいた時、「穢れた霊に取り付かれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエス様のことを聞きつけ、来てその足元にひれ伏した。女はギリシャ人で、シリア・フェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出してください」と頼んだのです。イエス様は答えて言いました。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、子犬にやってはいけない」。ここで子供たちとはユダヤ人のこと、子犬とは、異邦人のことを言うのです。これはイエス様の言葉遣いとして何とギリシャ人のお母さんを見下した言い方だと、私はイエス様に対して本当にこれがイエス様の思いなのかと疑問を持ったのです。しかし、イエス様は神様の愛を旧約聖書に親しんでいたユダヤ人を初めとして、世界のすべての人々に伝えることとができるよう計画されていたのです。 イエス様はユダヤの土地から今までに出ることはなかったのですが、今日の福音書の記事はイエス様が当時、ギリシャ語を話すイスラエルの北にあるシリア、それは、2012年9月現在Civil Warの起こっているそのシリアです。これは、聖書の中で、イエス様が、始めてイスラエルから、異邦人の所に出かけていった時の話し、そしてこの外国人の土地でイエス様は自分の娘が病気で心を痛めているお母さんの願いを聞き入れて、娘の病気を直してくださったのです。この土地はイスラエルの国からはそんな遠くはなかった。ですから、イスラエル、シリアを行ききしていた人達は、イエス様の評判を聞いていたはずです。イエス様が奇跡を起こすことのできる人、イエス様は愛に満ちた救い主との評判を知っていたでしょう。 諺に、「藁をも掴む思い」と言う言葉がありますが、この悪霊に取り付かれていた娘さんのお母さんは必死に自分の娘から悪霊が離れるようにと毎日祈っていたはずです。きっとそれは今で言う癲癇(てんかん)、epilepsyのようなものだったと思います。もう20年前のことですが、私の娘、katie がまだ5歳の時、朝いつものように学校に行き、家に帰ってきたとき少し熱がありました。風でも引いたのではと、娘に薬局で買った風薬を飲ませ、その夜は早く休むよう寝かせました。しかし、ごほん、ごほんと咳を繰り返している娘が私たちの寝室に入ってきて、体がだるいことを泣きながら訴えました。子供の痛みは親の痛みです。しかし夜中で、行きつけのお医者さんのところにはいけないし, 家内に調べてもらって住んでいたCorona という町から8 mile 先のRiversideにあるUrgent Care に車で飛んでいきました。そこに着いて、驚いたことに、この夜中に20人ほどの大人、子供がWaiting Roomで、私の娘のように咳をしながら自分たちの呼ばれる番を待っていました。皆何かだるそうな顔つき。お医者さんに見てもらう前に、看護婦さんが来て、「あなたの娘さん、どうもインフルエンザにかかっているようね。ここに来ている患者さん、殆の人達も同じ病気に罹っているようです」と。タオルを水に浸したものを貰って、ぐったりした、体の熱い娘を看病して、2時間ほど立ち、やっとお医者さんに診察して貰いました。 看護婦さんの言っていた通り、娘はインフルエンザに罹っていたのです。お医者さんから処方箋を貰い、今度は薬局に車を飛ばし家に帰ってきたのは夜中の2時を超えていました。当時は携帯電話も持っていない時で,何が起こっているかもしらなかった家内も心配で泣いていました。自分の娘、息子が苦しんでいる時、その苦しみは親の苦しみでもあります。ですから、今日の福音書のお母さんの娘に対する心配事は分かります。このお母さん、イエス様の評判を聞いていたのでしょう。今まで誰も娘さんの病気を治してくれる人は独りもいなかったのです。お母さんは、このままでは、娘も死んででしまうのではないかと心を痛めていたはずです。それに今のように病気になった人達は何が原因でそのような状態になったのか分からなかったでしょう。引き付けを起こしたからといって、それが、頭の中での Chemical unbalance  であるとか、細菌が体の中で炎症を起こしている、それを調べる方法は今でこそありますが、イエス様の時代にはそれが悪霊の仕業と思われていたのでしょう。 イエス様の時代に私が生きていたら、自分の子供が、大きな病気にかかっている、そのような時に、私だってイエス様と言う偉大な方を求めて、イエス様の前にひざまずき、「イエス様、お願いです。わたしの子供を救ってください」と言ったはずです。親にとって自分の子供以上に大切なものはないのです。自分の命に代えてまで子供に生きながらえてほ欲しいのです。このお母さんは必死です。私と私の娘を哀れんでくださいと何回も、何回も、何回も、イエス様に食いつくようにお願いしたにありません。イエス様の力のほか娘の回復はないと信じたからです。まさにこのお母さんは、子犬のようにうるさくほえ続く中で、イエス様はとうとう、彼女の願いを聞いてくださったのと思います。この福音書の話の中で私たちは色々なことを教えられますが、大切なことはこのお母さんはユダヤ人ではないということです。この女性はシリア・フェニキアの女です。ユダヤ人でない人が、イエス様を信じたのです。イエス様を信じるとは、イエス様こそ神から来た人と認めることです。しかし、旧約聖書を良く調べてみるとユダヤ人以外の人達にも神様が異邦人にも哀れみと慈しみを与えている記事によく出会います。 創世記の中でアブラハムの奥さんであるサライには子供が与えられず、悲しんでいたのですが、サライは自分の女中であるエジプト人のハガイをアブラハムに与えてイシマエルという子供をもうけたのです。妊娠したハガイにサライはきつくあたります。ハガイは、サライのもとから逃げたのですが、主のみ使いはさ迷うハガイを見つけてサライのもとに帰りなさい、私は、あなたの子孫を海の砂のように数え切れないほど多くふやすと言ったのです。これは創世記16章1-10節に書いてあります。ユダヤ教もキリスト教も回教も天地創造、また人間を作られた神様は同じ神様です。アブラハムはこの3つの宗教の中で、同じ神様の救いの契約を結んだ大切な人物です。それを知って、ユダヤ人、クリスチャン、回教徒が何世紀にもわたってお互いを傷つけあってきたのを知ると悲しくなります。 私は前に説教の中で、何回かMother Teresaについて語ったことがあります。Mother Teresa はYugoslaviaの出身のカトリックの修道者でしたが、インドに渡り、そこでいろいろ異なる宗教の人々の中で、また、みんなから嫌われていたカルカッタの貧民街で、家族のない人達、飢え死に寸前の人、夜寝るところもない人達に神様の哀れみを60年にわたって施してきたのです。仏教徒であろうか、イスラム教徒であろうか、ヒンズウ教徒であろうか、クリスチャンであろうか、宗教の違いを超えた人間として愛し、愛されることにMother Teresa は命をかけて生きてきたのです。すべての人間は神様に愛されていることを信じ、毎日、毎日の生活の中で、世間から見放された、忘れられた人達に愛の奉仕をすることに命を懸けたのです。同じように、私たちがほかの人間を無条件で愛することができるかという問いに、「はい、できます」とはっきり言える人はどれだけいるでしょうか? しかし、他人に対しての愛を実行することができるような人間になれますように」と神様に祈る時、わたしたちは神様から、人間としての本当の思いやりの心をいただくことができるのです。 私は、イエス・キリストを私の救い主と告白します。イエス様の愛によって、私も毎日の行動ができるように祈ります。さらに、私たちは世界の中でいろいろな宗教の違いがあっても、同じ人間であるという共通点からお互いを助け合って生きて行く私たちになりたいのです。お互いを助け合い、共に泣き、共に笑い、共に祈ることができるのは そのこと自信が、私たちが神様からいただいたギフトなのです。誰もこの世の中でひとりだけでは生きてはいけません。イエス様に私たちの求めているものを知らせてください。イエス様は、必ず私たちの祈りに耳を傾けてくださいます。 キリスト教はユダヤ教を母体としてイエス様の十字架の死後2千年にわたり世界のいたる所までイエス様の福音を述べ伝えてきたのです。これは最近のことですが、私の学生時代の友からe-mailで私たちの人生についての質問が入るようになりました。その友その中で一番語られることは年取った両親の面倒を見ること、また両親が亡くなったこと、定年引退後の人生の過ごし方、息子、娘さんたちの情報、そしてお孫さんのこと。私たちはどこにいても同じような話に花を咲かせるのですね。しかし、ここにいる皆さん、私たちは皆同僚です。兄弟姉妹です。同じ日本の土地からアメリカに来た私たち、その理由は何であったとしても、今ここで心を開いて語れる人達がいるのです。一緒に励まし合い、喜びの時も、悲しい時も、一緒に祈ることのできる私たちです。 今日の福音書で、イエス様に出会ったお母さんのように私たちもイエス様に私たちの祈りをささげ、イエス様の恵みの言葉と平安をいただきましょう。イエス様が私たちを見放すことはいたしません。そして私たち一人ひとりがイエス様の心を持ってお互いを支えながら生きてゆくこの教会を神様は私たちに下さっているのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet マルコによる福音書7章1-8、14-15、21-23節 「伝統と愛の行為、どちらが大切?」  “Which is More Important, Tadition or the Act of Love?”   私たちの父なる神と主イエス・キリストからの平安と祝福が、皆さんの上にありますよう。アーメン。 牧師は毎日曜日に何を説教するかを考える時、それもその日に与えられた聖書のテキストを何回も読み直して、時には「あ、このテキストに適したもの、よく似た文章を読んだことがある」と、頭の中にひらめくことがあるのです」。  イエス様は神様の戒めを守ることが大切なことと強調したのですが、ユダヤの宗教家、祭司、学者たちは、戒めと同時に、伝統に基づく生活を強調したのです。昔からの習慣、伝統に従って生活するのが彼らの宗教観と生活の基本となって何千年にもわたる歴史の中で繰り返えられていました。 世界の中で、ユダヤ人ほど習慣、伝統を重んじる人達はいないでしょう。ユダヤ人にとって一番古い宗教のお祝いは過ぎ越しのお祭りですが、それはエジプトで奴隷として働かされていたユダヤ人たちが神様とモーセに導かれて、エジプトから彼らの祖先が住んでいた土地、イスラエルに戻ることができたことを祝うお祭りで、それを最初に祝ったのは紀元前1441年と云われています。今年は2012年ですから、1441年プラス2012年で合計3453年もの間、毎年ユダヤ人は過ぎ越しのお祭りを祝ってきているのです。 私たちクリスチャンは、神様の戒めを守ることを強調しますが、それらの戒律についていけない時があるのを知っています。戒律についてゆけない、戒律を守ることができない私たちが、真心から神様、この私の罪をお許しくださいと祈る時、神様であるイエス様は私たちを赦してくださるのです。戒律を守ることは大切ですが、所詮私たちは神様からこれを守りなさいと言われて、それに従わないことが多いのです。 それを罪を犯したとも言いますが、私たち、イエス様に従うものにとって一番大切なことは、私たちが自分でした間違いを神様に告白する時、神様は必ずどんな、私たちの起こした間違い、罪をも赦してくださります。 さて皆さんの中で、今、これから私の歌う歌を知っている人、ああ、聞いたことがあるという人がいる思います。聞いてみてください。Sunrise Sunset という, “Fiddler on the Roof”というMusical からの歌です。 Is this the little girl I carried?  Is this the little boy at play? I don’t remember growing older. When did they? When did she get to be a beauty?  When did he grow to be so tall? Wasn’t it yesterday when they were small? Sunrise Sunset, Sunrise Sunset swiftly flow by the days One season following another, Laden with happiness and tears. 屋根の上のバイオリン弾き」英語では、 “Fiddler on the Roof”というミュジカルを見たことある、聞いたことがある方がいると思います。、これは、伝統と愛の行為のどちらが大切かについての物語です。この小説は1964年に映画になり世界中で賞賛されました。少しあらすじの内容をお話しましょう。 テヴィエは、ロシアのウクライナ地方の小さな村「アナテフカ」で牛乳屋を営むユダヤ人一家のご主人です。ユダヤ人はロシアにいても、ロシアの生活に溶け込むことなく、ユダヤ人の習慣を守っていたのです。彼は、亭主関白を気取ってはいるもの、その実、妻には頭が上がらない。5人の娘に囲まれ、ユダヤ教の戒律を厳格に守って、つましくも幸せな毎日を送っていたのです。その歴史的背景は、ロシアの共産党革命、ちょうど、ドクター・ジバゴという映画の時代と同じころです。日本でも1967年に東京の帝国劇場で森繁久弥(ひさや)さんがテヴィエ、越路吹雪さんがテヴィエの奥さん、また谷啓さん、大空真由美さん、木の実ナナさんという有名人を集めて900回にわたって上演されたヒット・ミュウジカルでした。 テヴィエは、奥さん共々、娘たちの幸せを願いそれぞれに裕福な結婚相手を見つけようと骨を折っていたのです。ある日、長女のツァイテルに、マッチ・メイカー、縁結びを職業としている女性から、肉屋の金持ちとの結婚話が舞い込みましたが、彼女にはすでに洋服屋のモーテルという恋人がいたのです。テヴィエは猛反対しましが、二人は二人だけの結婚の誓いをしたのです。また、次女であるホーデルは共産革命を夢見る学生闘士パーチックと恋仲になり、逮捕されたパーチックを追ってシベリアへ発ち、さらに三女はテヴィエが敵視するロシア青年と駆け落ちしてしまったのです。 「親が娘たちの結婚相手を見っけるのはユダヤ人の習慣。このTradition を変えるのは人生の間違え。親が子供の、特に娘の結婚相手を決めるべき。親が、子供の将来を考えて、幸福に暮らせるように、貧乏で苦労しないように、それがユダア人たちの習慣、そのTraditionをかえてはいけないんだ」とTevyeは映画の中で、何回も、何回も叫ぶのです。しかし3人の娘たちはみな自分の納得した男たちにTevye の祝福なくして嫁いで行ったのです。TevyeもTevyeの奥さんも娘たちを本当に愛していたのは本当です。しかし心がかたくなっていたTevye はいつまでたっても娘たちと義理の息子たちを祝福することができなかったのです。彼は何回も何回も続けて言います。Tradition, tradition, traditionが私たちユダヤ人の守る一番大切なこと。私たちの伝統を守らずにどうして神様は私たちユダヤ人を愛してくれようか」と。そして泣きながら言います。「なんでわたしたちの目の前でTradition が崩れていくんだろう」と。 劇中で次第にエスカレートしていくロシア共産党のユダヤ人迫害は、終盤でユダヤ人の国外追放が始まり、テヴィエたちは着の身着のまま住み慣れた村から追放されるまでになるのです。そこでアメリカという自由な国に移住する事を決めました。そこで最後に住み慣れた家を離れようとした、その時、兵隊と結婚していった娘が、Tevye とお母さんに最後の別れの挨拶に来たのです。頑固なお父さん、伝統、伝統、なんでも伝統にもとずかないものを阻害してきたお父さん,しかしもう生きてこの娘に会うことができないだろうと思っていたTevye とお母さんのところまで、さよならという切ない、しかし愛のこもった思いで見送りに来てくれた。そこでTevyeは男泣きするのです。 素晴らしい演劇、映画、小説の一番の贈り物は、そこで私たちが心を動かされ、嬉しいにしろ、悲しいにしろ、涙をこぼす、機会を与えてくれることです。原作ではTevyeと奥さんはイスラエルの地へ帰還するが、ミュージカルではニューヨークに移民として向かう所で話が終わるのです。『屋根の上のバイオリン弾き』という題名は、昔ローマ皇帝ネロによるユダヤ人の大虐殺があった時、逃げまどう群衆の中で、ひとり屋根の上でバイオリンを弾く男がいたという話を,有名なユダヤ人のシャガールという画家の絵にヒントを得たものと言われています。これは、ユダヤ人の不屈の魂の象徴だそうです。 今日の説教に何回も繰り返してTraditon, 伝統という言葉を使っていますが、伝統そのものは悪い言葉ではありません。伝統が良くない言葉なら、クリスマスに毎年Christmas tree を飾るのも良くないのですか? 誕生日を祝うのもいけないのですか。しかし、伝統が宗教の中で一番大切なことではない、宗教の中で一番大切なことは、神様の私たちへの愛、そして愛を受けた私たちが、神様の教え、行動を他人に対しての愛として、私たち自身が、神様、イエス様の愛の行いのできる弟子となることです。 はっきり言って世界の中で、イエス様のことを知らない人がまだ沢山います。しかしそのような人達の中で、隣人を愛する行い、思いを持った人達も沢山います。そのような人達に私は「あなたたちはイエス様を神様と信じる信仰がないならば、救いは与えられないない」などと言う資格もなければ、実際そんなことを語ったこともありません。しかし、私たちクリスチャンはイエス様の教えに従って生きてゆくことを洗礼を受けたとき神様に誓ったはずです、それと同時にすべての人をイエス様の愛の精神で受け入れなさいという教えをいただいて、頭に水を注がれたのです。 私たちはお互いを愛し合いなさいとの教えをイエス様からいただいているのですが、キリスト教の歴史の中で、自分の考えに会わない人達を差別したり、攻撃してきたのです。それが、今も、人種問題、性の問題、経済の問題として私たちに「お前たちは私の見方か、それとも敵か」というような、狭い人間同士の戦いとしてあらわれるのです。 イエス・キリストの愛は、このような人間の争い、衝突の中でお互いに和解のチャンスを差し出してくださるのです。新約聖書の書簡の多くをを書いたパウロはどのような難しい意見の違いの中でも神様はそこを離れることなく、神様の愛をすべての人に与えていると知らせてくれているのです。私たちがいかに罪深い者であろうか、自分のことしか考えられない私たちであろうか、イエス様の愛に感謝をすることを忘れがちの私たちであろうか、私たちの主なるイエス様はこの私、この私たちを愛してくださっている神様であることを信じてください。アーメン。   14th Sunday after Pentecost    Sept. 2, 2012Mark: 7:1-8,14-15,21-23 “Which is More Important、 Tradition or the Ac of Love”   May God the Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.  Amen. I love musical Movies.  The Sound of music is still my favorite.  The Phantom of the opera, The Wizard of Oz, Grease, Cats, The South Pacific. My favorite musical Movie is the Sound of Music with Julie Andrews and Christopher Plummer. But I equally love the movie called “The Fiddler on the Roof”. As I was contemplating about the message for today’s sermon based on the Gospel lesson from Mark 7:1-23, I could not help, but think about the word “Tradition”.  The Jewish people kept tradition in their lives and that is precisely  the movie “The Fiddler on the  roof” is all about.  The…

Tweet ルカによる福音書9章57-62節「イエス様に従う為には」  “The Cost of  Following Jesus”  私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方にあるように。アーメン。   オリンピックが終わってもう2週間経ちますが、毎晩テレビで見たその日のハイライトのオリンピックの様子がもうテレビで見られないのは何か寂しい思いです。 私のオリンピックの最初の思い出は、1964年の東京オリンピックでした。まだ中学一年生の時でした。空に自衛隊の飛行機五機でオリンピックの5輪が5つの色で描かれたのを見て感激しました。日本はこのオリンピックに向かって日本の再建で一生懸命でした。新幹線もこの年に完成し、世界一のスピードで走る電車には世界が注目したのです。 坂本九さんがこの世界的にヒットした歌『上を向いて歩こう』を歌ったのも此の頃です。所でオリンピックの水泳の切符が手に入り、代々木の立派なオリンピックプールに行くことができ、そこで驚いたのは、水泳の選手がとても若いことでした。皆さんの中で、背泳の金メダル候補の田中聡子さんを覚えている方いますか? 彼女はその前のオリンピックでメダルをとりそこなった、しかし、今度こそは金メダルをと意気込んでいたのです。しかし、決勝戦の背泳ぎのイベントはそこにいたすべての人をあっとさせました。というのはまた15歳になったばかりのアメリカの少女が世界新記録で金メダルを取ったからです。この女性はCathy Ferguson という人で皆さんの中でこの人を知っている人もいるはずです。Cathy さんは長いことこの教会のメンバーでした。彼女のご主人はGreg Penten さんという10年ほど前まで、この教会で、聖歌隊の指揮をしていた人です。当時ここの日本語礼拝の牧師であった高塚先生から紹介されて、今でも付き合いがあります。 ところで1964年という年は本当に日本にとって国のイメージ・チェンジの年であったと思います。この年に日本は世界中のうち造船産業のトップになり、自動車もトヨタ、ダットサンが世界中に輸出されるようになったのです。エレクトロニクスも真空管からトランジスターの時代になり、Sony, Panasonic, Hitachi, そしてカメラもCanon, Nikonと世界に賞賛されるようになったのです。オリンピックが日本にとって多くの世界への発展の道を提供してくれたのは確かです。 皆さんの中で、Olga Korbut というOlympic  金メダリストを  覚えていますか? この人は1972年にソビエトの女性 体操の個人と団体の金メダルを取った人です。そして1976にはNadia Comaneci が perfect 10 という初めての点数を獲得したのです。 1984 年のオリンピックでは、アメリカのMary Rattonが始めての All around individual Gold  Medalを受け取りました。そして1996年、Magnificent Seven と呼ばれたアメリカ女子体操選手の独りであるKerri Strug がみごとな跳馬で、英語で言うVault exerciseを成し遂げたのです。しかしその裏には大きな痛みがあったのです。というのは、Kerriが一回目の馬跳びををした時、着地で右足を捻挫したのです。普通だったら走るどころか、歩くのも無理、しかし、2回目の跳馬をしなければ、点数がもらえない、団体の金メダルも取れなくなるだろう。彼女はコーチのBella Karoplyi,に言いました。「私は二回目の馬跳びをします」。痛い足をまるで痛みがない様に全速力で走り、宙回転で体をツイストをし、片足で着地したのです。会場のすべての人が立ち上がり、拍手をしたのです。Bella Karolyi はもとルーマニアのKomaneci のコーチでしたが、共産国から自由を求めてアメリカに亡命し、アメリカでの女子体操に、奥さんと共に貢献してきました。彼の元で娘をオリンピックの選手になれるように教育してくださいと申し出た両親たちに言いました。 「オリンピックにでられるような娘さんたちにまず第一に知ってもらいたいことは、毎日が、練習の日、今日は休みたい、遊びたい、リラックスしたいということは二の次です。体と運動のテクニックは大切ですが、一番大切なのは、どんな時にも、私は金メダルを取れる私になるとの思いが娘さんたちの中で育たなければなりません。 そしてこの競技が個人のことであるより、団体、仲間と意気投合してやってゆくなかで、初めて出来る事をわきまえてください」と。金メダルを取るということは大きな犠牲の中で始めてできるというのです。ところで今年のオリンピックは体操 は男子は日本が金メダル、アメリカは女子が金メダルでした。 アメリカの活躍したGabby Douglas さんはすべての科目で活躍し、個人の金メダルを取りました。 Douglas さんはアメリカの女性体操が優勝することを信じていたと語りました。彼女の名前Douglasのアルファベットを置き換えるとUSA-GOLDになるからです。おもしろいですね。 さて、今日の福音書の中でイエス様は彼の弟子になりたいといって彼についてきた人にこう言ったのです。「狐には穴があり、鳥には巣がある。しかし私には頭を休めるところもない。そのようなきつい伝道のなかであなたは私についてゆくことができますか」と。 二人目の弟子になりたい、しかし死んだ父親の葬式をしたあとでイエス様についてゆきますと言った人に「その死人を葬ることは死人に任せておくが良い。一番大切なことは神の国とは何かをすべての人に語ることです」。 三人目の弟子になりたい、しかし家族に別れを言った後にイエス様に従ってゆきたいといった男に、手に鋤をかけてから、後ろを見るものは神の国にふさわしくないと言われたのです。ここで言われていることは、イエス様に従うことはやさしいものではないと言うことです。家族を後ろに残してついて来なさいというのです。それではイエス様に従うとは宣教師のように、自分の住みなれた所から出て、まだイエス様を知らない人たちの中に入ってイエス様のことを語るのですかと。 本当にその通りです。宣教師といわないまでも、私達は、イエス様、イエス様の愛と慈しみを神様を知らない人たちに分け与えることができるようにとイエス様から力と勇気をいただいているのです。 何年か前、まだ両親が健在の時、母の姉、私の伯母が病気で寝たっきりになっていたのを知って、伯母のお見舞いに行ってきました。会話の中で伯母が「豊さん、あなたのお母さんはいつもあなたが近くにいないで寂しく泣いている時があるのよ。あなたのお母さんを大切にして上げなさいね」と言われました。私の母は自分の子供、孫たちといつもいっしょにいたい、その気持ちはよくわかります。 しかし、ここアメリカにいて、私は私の父と母をみなさんの中に見るのです。私の兄弟、姉妹もこの中にいるのです。多くの皆さんも、長年日本から離れて、寂しい思いになることがあるでしょう。その中で、私達が主に在って兄弟、姉妹であること。お父さん、お母さんであること、息子、娘であることも知ってください。私達は家族です。 あなたの苦しみは私達の苦しみ、あなたの喜びは私達の喜びです。あなたの悲しみは私達の悲しみです。それが私達の中でわかちあうことができるようにイエス様は望まれているのです。イエス様に従う生活は難しい。しかし、イエス様は何時も私達のまん中にいてくださっているのです。 私達を愛してくださっているのです。その愛をまだイエス様を知らない人たちに、知らせたい、私たち自身が、イエス様の愛を着て隣人と関係をもってゆく。それが私たち、イエス様に従う者の生きる人生です。アーメン。  “The cost of following  Jesus”  Grace to you and peace from God our Father and the Lord Jesus Christ.  Amen. It has been almost 2 weeks since the Olympic games are over and I am missing the excitement of the Olympic games.  I wonder if anyone remembers some of the names of the Japanese Olympic  athletes in the past.  Men’s gymnast Kouki Endo, women’s volleyball team player Nichibo-Kaizuka, Marathon runner Yukihiyo Tsuburaya.Back in 1964, I had an opportunity to observethe swimming competition in the Tokyo Olympic games when I was 12 years old.  Some of you remember the back stroke swimmer Satoko Tanaka who was the Japanese hopeful to become the gold medalist. I knew Americans and Australians were taking much about the gold medals already.  But the Japanese were hoping that Satoko Tanaka will get the gold medal on the backstroke competition.  There was a young freckled face of the 16 year old American girl who was also competing in this event.  She was an American girl from California who had just turned 16 years old a few months ago.  And the race is about to start. Get…

Tweet マタイによる福音書5章1-12節「本当の幸せ」 “True Happiness” 私達の父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。 私は昨日まで家内の実家の Pennsylvaniaにナンシーのお父さんの一周年忌の礼拝に行ってきました。家内は7人兄弟、姉妹の一人です。それぞれの家族が孫たちもふくめて22人集まり、お墓参りをし、その次の日にデラウエア州のあるRehoboth Beach に5日間行ってきました。ナンシーのお母さんは今独り暮らしですがやはり、家族でいることがとても楽しい、でも連れ合いのご主人が先に召されたことに慣れるまではしばらく時間がかかるでしょう。 私の母はもう自分の家で生活ができなくなり、父と共に老人ホームに入ってもう8年経ちます。「お父さんこのごろ見てないけどどうしたんでしょう」とこの2月に会いに行った時、ちんぷんかんぷんのことを言います。弟も住まいは大阪なので母と会う機会も余りないようですが、私の従兄弟の世紀子さんが週に2回母を訪ねてくれているのに感謝します。教会の牧師さんと奥さん、婦人会の友達が良く母を見守ってくれているのを知って本当に感謝です。私の母は記憶力がずっと落ちていますが、母が6歳の時、腸チフスで亡くしたお母さんのことを子供に戻ったように尋ねてくる人に語るのです。母にとって自分のお母さんを6歳でなくした悲しみが今でも続いているとは、いくら記憶力が落ちていると言われても人間の頭と心は本当に複雑で、それを作られた神様は本当に偉大な方です。 前置きが長くなりましたが、今日の聖書の箇所はマタイによる福音書の5章1-12節で、イエス様が山上の垂訓の中に説いた福音です。これは英語ではBeatitudeと呼ばれその意味は、Supreme Happiness, 最高の幸福です。人間は誰でも、「幸福の追求」を人生の中で求めて生きるのではないでしょうか。 私がまだテキサスのダラスの教会で牧師をしていた時、友達の会員から新しく出版された本をいただきました。この本について3年ほど前に話したことがありますが、Robert Fulghum さんという人の書いたこの本は、題名が“Everything you want to know, you learned in Kindergarten” という、アメリカのベス・セラーになった本で、私達が何かをする時、どのような生き方をするべき、それらのすべては、すでに幼稚園で学んでいる時に分かっているというのです。その幾つかを例を紹介しましょう。 Share everything.  すべてのものを分かち合いなさい。 Play fair.  公平な精神を持ちなさい。 Don’t hit people.   人をぶったり、蹴ったりしないこと。 Put things back where you found them.  使ったものは元に返すこと。 Clean up you own mess.  自分でちらかしたものは自分でかたずけなさい。 Don’t take things that aren’t yours. 自分の物でないものを取って自分の物としない事。 Say you’re sorry when you hurt somebody.  誰かを傷つけたら、「ごめんない」とい言いなさい。 Wash your hands before you eat.    食事の前に手を洗いなさい。 Flush.  トイレで、おしっこ、うんこの後、水を流しなさい。 Warm cookies and cold milk are good for you. 暖かい、 出来立てほやほやのクッキーとミルクはおいしいよ。 Don’t speak when you are mouthful. 口の中がいっぱいの時、話さないこと。 Live a balanced life – learn some and think some and draw and paint and sing and dance and play and work every day some.  バランスの取れた生活をしましょう。それは、毎日、何か習いましょう。何か文を書いたり、絵を描いたり、歌ったり、ダンスをしたり、お母さんのお手伝いをしたり。 Take a nap every afternoon. お昼寝をするのはいい事。 When you go out in the world, watch out for traffic, hold hands and stick together.  外に出る時、交通状態を良く見て、手をつないで、一緒になって道路を渡りましょう。 Be aware of wonder.  Remember the little seed in the Styrofoam cup:  The roots go down and the plant goes up and nobody really knows how and why, but we are all like that.  素晴らしいことがおこっていることに気がつくように。たとえば、スタイロー・カップの中の土に埋めた種。根は土の中に、芽は土から出て、上に上ってくる。誰がそれを教えたんでしょうか? Gold fish and hamsters and white mice and even the little seed in the Styrofoam cup –they all die.  So do us.  金魚もハムスターも白いねずみも、スタイロウ・カップに中の種から出た芽もいつかは死ぬか、枯れてしまう。私達にもこの世での人生の終わりの時がいつか来るのです。 さて、これらの事を聞いて次のイエス様の言葉を思い出した方がいらっしゃるでしょう。マタイによる福音書19章13-15節にこう書いてあります。 イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れてきた。弟子たちはこの人たちを叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。私の所に来るのを妨いではならない。天の国はこのような者たちのものである」。 皆さんに質問があります。皆さんの中で、私達が行ったこと、自分勝手の生活をしてきた中で、他人のことを省みることなんてとんでもないと考えたことがありますか?自分中心の行き方を批判しているのではありません。私達一人ひとり、自分がかわいいのは確かです。しかし、そんな私達にイエス様はこう言ってくださるのです。 「あなたは、自分がどれだけのよい事をしたから私に近づくことができる」とお思いですか。自分の業績をつむことによってのみ私の所に来ることができるとお思いでしたら、その考え方を捨てなさい。私の所に近づきたいと思うあなたの心は分かります。私の所にきたい人は私に、自分の寂しさ、悲しみ、惨めさをあなたの祈りの中で語りない。忘れないでください。私はあなたを裁くためではなく、救うために来たのですよ。私は赦されたいと思うあなたを必ず赦します。心の重荷を軽くしてあげましょう。私の福音を受け取ることのできるあなたに私のとこしえの愛を分かち与えます」と。 もし幼子が、「イエス様、私のお祈り聞いてください」と祈れるのなら、私達、神様に賛美の祈り、また私をあなたの胸に抱きしめてください、私にあなたの愛を示してください」と祈れるはずです。私もこの説教を今書きながら、皆さん一人ひとりを心に留めて祈っているのです。それが牧師が羊飼いようにさまよう羊を愛し、面倒をみてあげることなのです。百匹の内のたった一匹の羊が迷子の時も、その一匹を探し求める神様、この神様を信じることのできる私達は幸福です。 最後に今年の修養会に来てくださった中村先生の教会からのニュース・レターに書かれた、Smile という題の文章を紹介しましょう。聞いてください。質問があり、その答えになる言葉は何でしょうか。   私達を悩ますものとは・・・・・心配ごと 最も素晴らしい喜びとは・・・・・人に何か必要なものを与える、わかちあうこと 最も悲しい出来事とは・・・・・自尊心、Self-respectをなくしたこと 最も満足できる仕事・・・・・人、他人を助けること 最も見苦しい人間の特徴・・・・・わがまま 大きな問題を乗り越える時の敵とは・・・・・不安、恐れ、心配事 一番効果のある眠り薬とは・・・・・Peace of mind 人生の中で一番強い力とは・・・・・愛、Love です 世界一番のコンピュウターとは・・・・・私達の脳みそ これがなくして生きてゆけないものとは・・・・・希望 世界で一番怖い武器とは・・・・・舌です 一番力強いCommunicationとは・・・・・祈り   私達の惹かれる精神とは・・・・・人が人生の中で示す、いい意味での熱狂的な思い、英語で言う、Enthusiasm です。   ところでEnthusiasm という言葉は In theos, 神様がそこに宿る力、精神状態を言うのです。 Happiness、幸福とは行き着くところをいうのではありません。それは今のこの状態を神様に感謝することのできる、神様私達をいつも愛してくださってありがとうと言える心構えを持つことではないでしょうか。神様にいつも愛されて生きている私達は神様、イエス様からいただいた愛をみんなと分かち合う、それができるところに神の国が私たち自身の目で見ることができるのです、感じられるのです。 ですからイエス様の私達に下さった「お互いを愛し合いなさい」という言葉は私達が毎日の生活の中で実行しなければならないキリスト者としての戒めなのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet ヨハネによる福音書6章51-58節 「ただの食事を求めて」    “In search of a  Free Meal” 私たちの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安が皆様の上にありますよう。アーメン。 これは皆さんが経験した事と思いますが、誰かがあなたから何かを貰いたい、手伝って貰いたいという前に、何か急に親切になったり、あなたを褒める様なことを云うことを思い出しませんか?これは子供だけでなく、大人も同じ事をするのです。 自動車のdealer は、皆さんに自分たちの車を買ってもらいたい、その手段として、手紙を送るのです。手紙の内容は、「新しい車が入りました。性能のいい、効率のいい車です。是非テスト・ドライブしてみてください。同封の手紙に中に見つけられた鍵を忘れずに持ってきて宝の箱があなたの鍵で開いたなら、新しい車は、ただであなたの物となりますよ」と。初めから新しい車があたるなんて、考えたこともありませんが、もしかして今回は当たるかもと期待したこともあるはずです。でも良くあることで、初めから当たる鍵など誰にも送られてないのでしょう。そのような時、また引っかかったかと不愉快な気持ちになったことを覚えているでしょう。 イエスから何かを頂きたい、して欲しいと多くの人が、イエス様の元に来たのですが、実際にはイエス様から何か食べるものをいただいてお腹を一杯にしたいとの思いで慕ってきた人も多くいたはずです。しかしイエス様は心の底から、私たちがイエス様の所まで来なさいと呼んでくださっているのです。私たちはイエス様、神様から、物質的なもの、精神的なものを求めることは昔も今も同じではないでしょうか。 しかし、ある人たちはイエス様に従うことにより、物質的な欲望を満たす望みを抱くのです。よくテキサスにいたとき見た日曜日のテレビ、ラジオによる礼拝の中で、こういう言葉が何回も繰る返して言われていたのを思い出します。というのは、「もし誰かが物質的なものを求めるのなら、イエス様に従いなさい」と。「イエス様に従う人は、必ず神様の祝福を受けるのです」と。言い換えるなら、「もし誰かがイエス様に従うようになったのですが、まだ経済的にも物質的にも恵まれないものは、神様に対しての信仰が弱いからだ」と言うのです。 イエス様の弟子たちもイエス様について行くことによって大きな祝福を受けていますが、経済的な、物質的な恵みは非難されることはなくとも、経済の安定していない人たちは神様から祝福されていないと考えることは私たちにとってとても悲しいことです。 自分の腎臓がもう役目を果たしていない、一日ごとに4時間にわたる透析をしている竹馬の友がいます。お酒が好きで、若い時はビール、ウイスキーの飲みすぎで体を壊し今でこそ後悔していますが, その彼と、私が日本に帰った時はいつも会うことになっています。彼の親父さんは大手の信託会社の重役でしたが、お父さんをもう35年前に亡くされ、話の中で、「もし親父が生きていてくれたらなー」との言葉が何回も出てきます。私も父を亡くし時々寂しい思いになりますが、そんな時、父は神様の身元に今いるんだとの確信を持っています。この頃はもう23歳になる息子のアンドリューと聖書のいろいろな話について会話ができるようになりました。それも彼自身が、イエス様の人々に対しての慈しみと哀れみを聖書の中で読み取ることができるようになったからです。しかしそれ以上に、親と子の関係を深めることができるようになったことを神様に感謝するのです。 私はこの教会に来てからもう3年半の時間がすぎました。お互いの信仰を分かち合う大切さを神様の恵みとして受け取ることができるようになりました。私たちの信仰の一番大切なことは、愛されるということと愛することは同時に起こる、私たち人間にとってなくてはならない人生の基本であるということです。 今日の主題である「ただの食事を求めて」がどのように今のメッセージにつながるかは皆さん自身で考えてください。 私の家族は一足先に家内、ナンシーの父がなくなって一年目の礼拝をペンシルベニアでおこなっています。今夜、夜行の飛行機で、私も、Nancy の実家に行ってきます。彼女は7人兄弟姉妹の一人でその7家族がみなNancy のお母さんをかこんで過去から、未来のことを話し合うのです。そこに神様の支えと導きが見出されると信じます。 私が良く質問される信仰について何回も説教の中で話してきましたが、信仰は自分で作り出すもの、一生懸命信じることが信仰だと思っている人が多くいます。キリスト教で言う信仰は神様のギフトなのです。というのは私たちが信仰を作り出すのではなく、神様、イエス様自身より私たちは信じる心を頂いているのです。 それでは私たちは、操り人形みたいですね。自分の思いで神様への感謝もできないのですかと聞かれたことがありました。神様に感謝するとは、神様を私たちの救い主として認めることです。それは赤ちゃんとお母さんの関係の中でも見出されるでしょう。赤ちゃんは皆さんが気がついている以上に自我、自分の欲しいものを、して欲しいものを求めるのです。おしめを取り替えてとは云えないまでも泣くことによって、「おなかがすいたよ」も同じく泣くことによって満たされること、抱かされることで安心してお母さんの腕の中で眠ることができるのです。 信仰を持つ。イエス様という神様を信じ、イエス様の愛の精神で私たちが生かされているのは本当に幸福です。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet ヨハネによる福音書6章24-35節「信仰の働き」    “The Work of Faith”  私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなた方にあるように。アーメン。 皆さんの内、夏休みに家族、日本からのお客さんを連れて、Las Vegas、或はGrand Canyon に行かれたことのある方がいらっしゃると思います。それが春、または秋なら良いのですが、夏の半ばに行って、あんな熱い所には二度と行きたくないと思われた方もいるでしょう。Las Vegas の8月の昼間の平均温度は華氏で108度といわれています。 しかしアメリカの中で一番暑い所はこのCalifornia のDeath Valley と言れる砂漠地帯です。1913年の7月10日に、ここでアメリカの一番暑い日を記録、温度は華氏の134度でした。このDeath Valleyは名前のとおり、過去に何百人もの人が、水を持たなく道を間違えてさまよい命を落としたところです。また、このDeath Valley は、第二次世界大戦が始まったすぐ後、日系アメリカ人が、強制的に連れて行かれたキャンプの一つであるManzanar からそんなに遠くはありません。ということは、4年にわたる強制キャンプの生活は信じることもできないきついものだったのです。 今日の説教はそのように熱い砂漠の中で水を求めてさまよった一人の男の話からはじめます。聖書の中に、いくつか砂漠の中での井戸の話がありますが、イスラエルの国は70%の領土が砂漠地帯ですから水の大切さを良く知っています。聖書に出てくる井戸は皆さんの想像するバケツに縄が付けられていて、それが滑車につるされているものです。昔、水道がまだなかった時代に桶に水を入れて家まで持ってくる仕事は女の人の仕事でした。日本人になじみの深い井戸は殆どにふたがついていて実際には水が見えません。私の育った家は父の両親と私の両親の二世帯の家でしたが、そこにも手動ポンプがありました。私の祖父が、地下水を汲む時は、必ず差し水をしなさいと言われたことを思い出します。 さて前置きが長くなりましたが、水を求めてさまよった男は幸いにも井戸にたどり着き、さっそく水を汲もうとしたのですが、このポンプのハンドルにはこう書いたノートがついていました。「ポンプの右脇に水を入れたボトルが埋めてあります。その水は飲んではいけません。その水の半分をポンプの乾いた革のベルトにかけなさい。皮のベルトが柔らかくなったら、今度は残ったボトルの水を差し水としてポンプに注ぎなさい。そしてゆっくりとポンプのハンドルを上下に動かしなさい。心配しないで大丈夫。そのうち水は出てきます。」 この砂漠でさまよった男、のどが渇いてふらふらになっていたかもしれません。そこで井戸を見つけ、そこにあったノートからボトルに入っている水が地面にかくされているのを知りました。そこを掘ってボトルが出てきた時、これこそ命の恩人だといってボトルの水を飲み干したかったかもしれません。しかしノートに書いてあることを一つ一つ、そのとおりに行うことで、彼は唯一のボトル以上の水に預かることができ、また水をいっぱい入れたボトルを地面に埋め、彼の後にこの井戸に水を求める旅人を思ってよき行いをすることができたのです。私たちがこの旅人であったなら同じ事をしたと信じます。祝福を受けた者は祝福を与えることのできる者にならなければなりません。 この話は今日の福音書に書かれていることに繋がるのです。というのは、私たちにとって聖書の言葉、神様の福音は私たちの命の糧であるからです。特に私たちが疲れきった時、悩み、悲しみに沈んでいる時、神様の言葉は私たちを力ずけて下さるからです。聖書の中に出てくるさまよう羊はまさに私たちのことで、私たちは私たちを見守ってくださる神様に聖書の中で出会うたびにイエス様に感謝をするのです。 さて今日の福音書に、群衆の中にいた誰かが、イエス様にこう言いました。「神の業を行うためには何をしたら良いでしょうか」。イエス様の答えは、「神がおつかわしになった者を信じること、それが神の業である」と。 これは私の経験ですが、「神様を信じることができるようになるには、また、神様に愛されるようになるためには、何をしたら良いでしょうか」という質問は、日本人だけでなく、すべての宗教の信仰を求めている人に共通です。日本人の多くは、何かをすること、それは山にこもって、または、滝に打たれて祈り続けること、お寺、お宮参りをすること、また、善行、それは良き行ないをすることで、神様から認められる、喜ばれるということです。 世界中のすべての人が、他人、隣人のために尽くすことができるようなれたら、それほど素晴らしいことはないでしょう。そうすれば、戦争もなくなり、餓死する人たちもいなくなるはずです。しかし、キリスト教でいう救いは、私たちの自分の善行によって神様からいただくことのできるものではありません。神様が、世界のすべての人を救うために、この世にこられ、ご自身が私たちの罪を背負い、十字架による死によって救いの約束をくださったのです。 キリスト教で言われる救いはすべての人に約束されているのです。天地を創造された神様が、長い人間の歴史、それも、ユダヤ人の歴史を通して私たちに示してくださっているのです。聖書はとても大きな本で、短編小説のように一日で読めるようなものではありません。しかし天地を創造された神様は、私たち人間を神様のイメージをもって造り、お互いが、愛し合って生活できるような精神を私たち一人ひとりに与えてくださったのです。聖書は一言で言えば、神様の私たちにくださった Love Letterなのです。 イエス様はこの世のすべての人に神様の愛を知って欲しいのです。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 神が御子を世につかわされのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである」とヨハネによる福音書に書いてあります。  英語で言うなら、Salvation is free gift, handed over to us by God with no strings attached.  私たちは無条件で神様から救いの約束をいただいているのです。どうも無条件でという言葉の裏に何かあるのではないかと思われているようですが、救いの約束は自分の意志で、できるものではありません。神様に頼る、神様を信頼することのよって初めて私たちに与えられていることを知るのです。私のフィラデルフィア時代の友達であるハイソン牧師がこのことを何年か前、次の話の譬えで語ってくれました。それを紹介しましょう。  あるクルーズ・シップが、一週間にわたる太平洋の航海を終えて、霧に包まれたSan Francisco Bayに入ってきました。デッキに出ていた人たちは期待していたGolden Gate も、アルカトラズも何も見えません。それなのに、このクルーズ・シップはなんと全速力で走っているのです。これを心配したクルーズのお客さんたちは、一等航海士に言いました。「何も見えないところでスピードもおとさず、事故を招くようなことを何故するのですか?」一等航海士はこれに答えて「船はキャプテンの指図で安全に航海しています。心配することはありません。キャプテンのいるデックは船の一番高い所で、そこからはすべてが見えるのです」と。同じように、神様は、高い所から私たちの霧の包まれたような人生を見つめていてくださっているのです。神様は私たちを愛する神様です。私たちの人生に祝福を与えてくださる神様が、私たちのパイロットであると信じ、神様に従う人生を共に助け合って生きてゆきましょう。アーメン。   John 6:24-35  The Work of Faith May God our Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.  Amen. You may remember the following story I shared with you a couple of years ago.  It’s a story of a traveler who came to the dry well in the midst of the desert. You have probably heard that the hottest temperature recorded in the United States is Death Valley in the summer that is about 150 miles North East from us.  Many of you experienced hot weather of Las Vegas or Phoenix on your summer vacation, but the small city of Furnace Creek in Death Valley recorded 134 degree temperature on July 10th 1913.  No wonder people get heat stroke by just visiting Death Valley for just a few hours.  By the way, one of the Japanese internment camps during the World War II is called “Manzanar” and this was also located not so far from Death Valley.  I cannot imagine the suffering these Japanese Americans experienced in this kind of extreme weather. The following story is what I used a couple years ago in my preaching.  Some of you may remember.  This is a story of a man who arrived…

Tweet ヨハネによる福音書6章1-21節「奇跡のメッセージ」“The Message Behind the Miracle”   私たちの父なる神と、主イエス・キリストから恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。 私が両手にバスケット・ボールを持つ時、それはただ単に、バスケット・ボ-ルですが、それが今年National Basketball Association の最優秀選手に選ばれた、LeBron James の手に渡ると得点に代わるのです。Wimbledon  Tennis Tournament でテニス・ボールがRoger Federer と言う世界一のテニス・プレーヤーの手に渡され、ラケットで打たれると、それが得点となり、世界一のランキングにつながるのです。ここで言われることは、ただ、一つのボールでも、ある人の手に渡されると、素晴らしい結果が出てくると言うことです。それは神様についても同じです。考えてみてください。五千人もの群集が、イエス様の話を聞きに山を登ってきている。しかし群集は、疲れている、お腹もすいている。 イエス様はフィリポにこう言いました。「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と。こう言ったのは、フィリポを試みるためであって、ご自分では何をしようとしているか知っておられたのである」と福音書は書いてあります。フィリポの心の中で、「イエス様、冗談やめてください。5千人分の食べ物を売っている所なんてどこにもありませんよ」と言いたかったのではないでしょうか。 その時,弟子のアンドレが5つのパンと二匹の魚のを持っている子供をイエス様の前に連れてきたのです。この子供は両親から言われて、これをイエス様の所にもって行きなさいと言われたのかもしれない。或は、この子ども自身が、イエス様ならこの食べ物を奇蹟で多くの食べ物にしてくれると思い、イエス様の所にきたのかもしれない。アンドレ自身はこれだけの食べ物でイエス様は何ができるでしょうかと考えたかもしれません。しかし、わたしは、アンドレの心の中に、イエス様は何かできる方との確信があったと思うのです。そこで、アンドレの紹介により、イエス様は5つのパンと二匹の魚を子供から受け取ったのです。 これだけのパンと魚がどうやって5千人の人たちのお腹をいっぱいにすることができるのかと誰でも疑うのは当然でしょう。それでもイエス様は5千人の人々を草の上に座らせて、「このパンをくださった神様に感謝します」と言い、みんなが満腹になった後、パン屑を集めると、12の籠にいっぱいになったのです。ある人は、何故こんなに食べ物が残るほど出てきたかと言う質問に、「実は5千人の中にはお弁当を持った人も沢山いたのではないか、パンと魚が配られる中、お弁当を持っていた人達は自分たちの食べ物をみんなにわけ与えたのではないか。だからこそ、イエス様は、みんなが食べ終わった後に、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われ、その残りものは12の籠にいっぱいだったのではないでしょうか。何故そんなに多くのレフト・オーバーがあったかと言うと、それはイエス様が、generous ,寛大な神様だからです。皆に心ゆくまで食べて欲しかったからです。ですから、私は、この奇跡が、どのように起こったのかということに焦点を置くよりも、イエス様によって、お腹のすいていた人たちが、祝福されたと考えたいのです。祝福された私たちは、その祝福を私だけに与えられたというより、私たちによってその祝福を分かち合うところに神様の御心を読み取ることができるのです。 ヨハネによる福音書6章35節にこう書いてあります。「わたしが命のパンである。私の元に来る者は、決して飢える事がなく、私を信じる者は、決して渇く事がない」と。食べることができる。食べるものがあるとは幸福なことであるのはもちろんです。聖書の初めの人間アダムとイブもエデンの園に連れられて来たその日から果実を受け取り彼のお腹を満たしたのです。 出エジプト記の中に、奴隷として働かされていたユダヤ人がエジプトの土地から逃げ出したのは良かったのですが、40年にわたって荒野でさまよっていた時の神さまへの文句は何かといえば,何時もお腹がすいていたことです。そんな時、彼らは言いました。「私たちがここで死ぬより、エジプトで、奴隷でいた時のほうがましだった。それは食べるものがあったからだ」と。 3日前のCNN のニュースで、アフリカのマリという国で、過激派のアルカイダが、この国を荒らしまわり、多くの難民は食べ物もなく途方にくれているという報道をテレビで見ました。この国には Timbuktu と呼ばれる古代文明それも砂漠の中にある有名な、アラビアの駱駝の商隊がアフリカのサハラ砂漠の中でキャラバン・ルートの一番古い町です。みなさんが知っているシルク・ロードの中にある町と同じようなところです。それが今アルカイダ、イスラム教の過激派に占領され、町の住民は食べ物もなければ、自分の家も失い、住むところもない状態です。マリというこの国は、クリスチャンの国ではないから私たちに関係ないと思われる方もいるかもしれません。しかし私たち、イエス様に従うものは、宗教を問わず、困っている人たち、難民となってこれからどのようにして生きていったら言いのだろうかと途方にくれている人たちを私たちの祈りに覚え、神様が施しと慰めの手を差し伸べてくださることを願うのです。 イエス様の元に来た人たちの多くは、イエス様に何かをしてもらいたいと来た人たちがいたのを私たちは聖書中で読むのですが、私達が、イエス様から一番いただきたいものは、イエス様は私たちを見放すことはないとの確信です。私たちはイエス様の奇蹟にいつも驚かされるのですが、本当の奇蹟は反対に、イエス様によって私たちはイエス様を信じる心をいただいているということではないでしょうか? 私の両親は私の生まれる前からクリスチャンであったことが私人生の中で、大きなギフトであったことは確かです。わたしは、イエス様を私の先生、私の慰めぬし、私に勇気を与えてくれる方と信じます。イエス様は、神様が私に下さった、かけがいのないギフトです。 皆さんも、同じ神様からのギフトをイエス様から受けているのです。私たちの住むところ、食べ物、私たちの健康、私たちの友達、私たちの家族、私たちの神様と会話をする祈りも、すべてイエス様からいただいたギフトです。 ヨハネによる福音書6章35節にこう書いてあります。イエスは言われた。「私が命のパンである。私の元に来る者は決して乾くことがない」と。このイエス様の言葉を言い換えるなら、「私があなたに食べるパンを与えることが、そんなに素晴らしいことであるなら、覚えてください。あなたがたが、本当のパンをいただくことは、私、イエスが、あなたの命の中にいることですよ」と。 イエス様がいつも共にいらしてくださることを知る私たちは幸福です。イエス様の愛を知ることにより、自分ひとりでできないことも、神様の手と足となって、私たちの隣人を愛することができるようになるからです。少しでも隣人を大切にすることにつながるように私たちはイエス様に祈るのです。アーメン。         Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 主イエス・キリストの恵みと平安が会衆一同と共に豊かに与えられますように。   今日、7月にクリスマスを祝うことを知らずにこの礼拝に来られた方、いらっしゃると思います。 「こんな予定ではなかったと。クリスマスはそもそも冬の12月に祝うものなのに、なんで夏に祝うの?」と思っていらっしゃるかもしれません。でも、ようこそいらっしゃいました。 あるいは、「7月のクリスマス」という言葉に馴染みのある方でも、言うまでもなくクリスマスは冬に祝うものという暗黙の方程式を感じている方々もいらっしゃるでしょう。7月にクリスマスソングを歌い聞くとは、どうも方程式に沿っていないというご気分の方々がいらっしゃると思います。  あなたの現在の人生を振り返ってみてください。「私の人生、こんな予定じゃなかった。」と言われる方、いらっしゃるのではないかと思います。 聖書の話から、ヨセフとマリアは、彼らの婚約期間にどんな心境だったかを見てまいりたいと思います。 さらに、羊飼いたちにとっても、イエスキリストの誕生について、どんな気持ちだったのか考えて見ましょう。 今日与えられた聖書の箇所からさかのぼること9ヶ月か10ヶ月くらいでしょうか、乙女マリアは天使からお告げがあり、「神の意思によって、あなたは妊娠し赤ちゃんを授かる、その子は、いと高き方。」と言われます。 そんなことは、もちろんヨセフとマリアの方程式には入っていませんでした。  実際には、確かに妊娠して、誕生の時期が近づいてきました。 しかし、そのような時期に、住民登録の関係で、ヨセフはマリアをつれて、ベツレヘムに旅行をしなければならなくなりました。「それにしたって、ベツレヘムで宿くらいはみつかるだろう。」と思って出かけたことでしょう。ところが実際は宿も見つからず、思いもしなかった場所でイエスが生まれる状況におちいります。それは馬小屋でした。 マリアとヨセフは、馬にえさを与えるいれものの中に布にくるんでイエスを寝かせました。 これまた、ヨセフとマリアの方程式には入っていなかったことです。 そのころベツレヘム近郊には、羊飼いたちがいました。 そこに、天使からお告げがあり、「飼い葉おけに寝かせた赤ちゃんをベツレヘムで見つける、その赤ちゃんが、世の救い主だ。」と言われます。 羊飼いたちにとって、そんなバカなと思えるようなことだったでしょう。 しかし、そのとき、ほかの多くの天使たちが、最初の天使に加わって、大合唱をはじめました。 「いと高きところに栄光、神にあれ。地には平和、御心の適う人にあれ。」との大讃美です。そして、羊飼いたちは、そんなに天使たちが讃美するならと、実際にベツレヘムの街中に出かけてみることにしました。 すると確かに、飼い葉おけに寝かされた赤ちゃんを発見し、その子が、神の子、救い主、平和の御子と信じることになったのです。   マリアから生まれたイエスは、すくすく成長し、若いころは父親の職業をついで大工になりました。 しかし、突然、大工の道からはずれ、宣教の道にはいり、3年後には十字架にかけられ殺されてしまいました。そのとき、おそらくマリアは四十代半ばだったと思いますが、自分より先に長男が悲惨な十字架刑により亡くなるなどとは、全然、彼女の方程式には入っていなかったことでしょう。   しかし、それから 2000年後、世界で20億人もの人々が、毎年すくなくとも一回はイエスキリストの誕生を祝い、また、イエスが復活した日曜には毎週イエスを礼拝しているのです。これは、人間が考えだした方程式ではなく、神のみ心によって成り立っている方程式なのだと思います。 今日読んだクリスマスのストーリ、さらに、イエスの生涯、さらにキリスト教会の発展は、いったい何を私たちに物語っているのでしょうか?  すくなくとも、私たちは、今日の聖書箇所からは、どこにもイエスキリストが生まれたのが12 月25日だとは書いていないことは自明だと思います。ちなみに聖書のどこの箇所を読んでも、イエスが生まれたのは、12月25日だとは書いてないのです。 北半球に住んでいるわれわれにとって、とかく、キリストの誕生は12月の冬に祝うものだという感覚がありますが、南半球に住む方々にとっては、夏にクリスマスを祝うという経験をしています。また、赤道付近にある国々にとって、クリスマスは冬ではありません。よく言われることは、キリスト教は南でのびているというのです。 20世紀を振り返るとアフリカや東南アジアでキリスト教徒が非常に増えたというのです。たとえば、インドネシアにはHKBPというルーテル教会がありますが、その信徒数は400万人を超えて、おそらくアメリカ福音ルーテル教会の信徒数より増えているのです。夏の気候や、赤道直下の気候の中でクリスマスを祝っている方々にも、まちがいなく、この世にイエス・キリストが生まれた喜び、キリストの愛は、伝わっています。さて、この話が、南カリフォルニアとハワイで伝道をしている、パシフィカ教区、さらに、この復活ルーテル教会にとって、どういう意味があるのでしょうか? パシフィカ教区には118の教会がありますが、その半数以上、65教会は1950年代、1960年代に建てられた教会です。建てられたときの戦略は、中西部からこのカリフォルニアやハワイにやってくるルーセランを、教会に招いて、各個教会が成長しようという方程式でした。それは、その時代は有効な方程式だったと思います。しかし、80年代90年代になってくると、様相は大きく変わっています。 わたしたちは、ルーテル教会にきている家族の次世代の子供たちは、現在礼拝をしている人々すべてにとって変わることはないだろうという話を聞きます。 しかし、この復活ルーテル教会を見てください。ちょっと質問をさせていただきたいのですが、私はそもそもローマカトリック教会、あるいは正教会系の家庭で育ったという方、、、おそらくかなりいらっしゃると思います。 ようこそ復活ルーテル教会にいらっしゃいました。 あるいは福音派プロテスタント教会に行っていたという方もいらっしゃることでしょう。 ようこそ復活ルーテル教会にいらっしゃいました。 あるいは、わたしは、過去とくに教会にはいってませんでした。 あるいは、いまだに信仰があるのかどうかよくわからないという方いらっしゃるかと思います。 ようこそいらっしゃいました。 なぜなら、お一人お一人、だれかからの誘いでこられたのかもしれませんが、真理は、神の呼びかけがあって、今日この場にこられているからです。   私自身は、日本のロシア正教会で、洗礼を授けられた人間です。それでも、神の慈しみ愛の中で、神が導かれた過程を経て、アメリカ福音ルーテル教会の牧師にさせていただきました。10年前まで、その ようなことは、私が計算していた人生の方程式には全くありませんでした。  また、48年前にはじまったこの教会で、24年後には日本語でのミニストリーがはじまり、その48年後には、一人の日本人牧師が子供向けのメッセージを担当し、もう一人が説教を担当するということが起こっていますが、このようなことは、復活ルーテル教会がはじまったときの方程式では、まったく計算されていなかったことだと思います。 最後に、忘れてはいけません。 代々、私の家系はルーテル教会の家族で、今日もこうしてルーテル教会に来ましたという方もいらっしゃることでしょう。 本当に、異なる文化、異なるキリスト教会の宗派の人々を受け入れてくださって本当にありがとうございます。  今日、7月にクリスマスの箇所の聖書を読んだことから、とくに申し上げたいことは、わたしたちが考え得る方程式をはるかに超越した神の思いと恵みが、マリアにヨセフ、そして羊飼いたちに働いたように、私たち一人一人の上にも働いています。 どうか過去の方程式にとらわれず、聖霊の働きによる新しい方程式に導かれて、神の使命のために仕えましょう。    メリークリスマス。         Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace

Tweet 私たちの父である神と、主イエス・キリストの恵みと平安があなた方の上にあるように。アーメン。 牧師さんの殆どは、キリスト教に関心を持つ人達に、聖書に親しむために一番最初に読んで欲しいのは福音書です。私は聖書を初め創世記から読みたいという人もいます。創世記自身は読んでその話の内容が面白い、考えさせられる、と感じる方も沢山いるのですが、ユダヤ人の守るべき律法の本、レビ記などを読み始めると、これは何のことを言っているのかわからない、つまらない本だ思う人も多くいるはずです。 私の母は、敬虔なクリスチャンですが、聖書と言うとやはり新約聖書、それも福音書のイエス様の話を私がまだ幼い時に物語として語ってくれました。わたしが旧約聖書を真剣に読み出したのは、立教大学のキリスト教学科に入ってからのことです。旧約聖書の中に多くの預言書といわれる本があります。それは預言者といわれる人が書いたイスラエルの歴史の中で、神様から、神様の言葉を預かり、その言葉をイスラエルの人々に伝えたのです。 皆さんの中で、預言をすることのできる人を知っていますか?  もうそろそろ一年半になる東日本の大震災のことについてそれを予言した人たちのことが日本のウエブ・サイトでたくさん出てきます。この場合の予言は漢字で予言、その意味は未来を予測して言うこと、未来のことを言い当てることであり、聖書の中で出てくる預言は、ユダヤ教、キリスト教で、神様から受けた啓示を人々に伝えること、また、もっと端的に言えば、神様の言葉を預かって語ることです。 聖書の中には48人の男と7人の女の預言者が出てきます。それには、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、ヨシュア、エリ、サムエル、ダビデ王、ソロモン王も入りますが、多くの預言者はイスラエルの国が、北と南に分かれたころからの国の乱れが出てきた時に、神様の元に戻れと呼びかけているのです。 特に有名な預言者であるイザヤはイスラエルの人たちに、彼らの神からは慣れてみだらな生活をしている者の生活を批判しながらも、慈しみに満ちる神様が、もう一度地上に現れる。その方こそが、私たちの待ち望んでいる神様なのだと宣教したのです。 さて今日与えられた聖書の日課、それは、アモス書とマルコによる福音書の中で与えられた預言者の言葉の内容を考えて見ましょう。 アモスは職業が、ダビデのように羊飼いであり、また、イチジク桑の世話をしていた紀元前750年前の預言者です。この時代にユダヤ人の国は、政治的な問題によりイスラエルの国が二つに分かれたのです。北は、サマリア地方を含むイスラエルと言う国の名を付けたのですが、南はエルサレムを中心とするユダと言う名の国となったのです。 今日の福音書の中で出てくる洗礼者ヨハネは、イエス様と同時代の預言者であり、イエス様のお母さんとヨハネのお母さんとは従兄弟同士であったのを皆さんご存知だと思います。この二人が共通に嘆いたことは、国の政治が乱れていたことであり、宗教のリーダーも堕落していたことです。 金持ちは自分たちだけの利益、また宗教のリーダーも自分たちの面子を守ることに固執して、世の中の貧乏人、病気の人たち、職業のない人たちに、何らかの慈しみを与えることさえ考えることもできなかったのです。 どこの国にも、繁栄した時があり、後退する時があります。敵は、そのような堕落した国の政治とその国の内政が乱れた時にやって来て、その国を滅ぼすのです。また国家が繁栄していると思われる時、すでに、内部から崩壊が始まっていることがあります。それは地上の色々の国が、あらゆる時代を通して経験してきた事実で、権力につくものに、自分は絶対者であると言う意識が出てくるのです。 紀元前1400年のころ神様はモーセを通してイスラエルの人たちに、律法を授けました。その後、カナンの地に定住したイスラエル民族は、モーセから400年がすぎて、ダビデ王によって、自分たちの王国を確立しましたが、紀元前933年にダビデ王の孫、レハべアム王の時代に、北イスラエル王国と南ユダヤ王国に分裂したのです。 この北にあったイスラエル王国は、紀元前721年に、アッシリア帝国に滅ぼされ、住民は皆捕虜として、バビロニアまで奴隷として連れて行かれたのです。 神様はイスラエル民族が、カナンの地のおいて、どう生きていくかについて、モーセを通して律法と言う形として教えてきたのです。それは第一に、「あなた方の神、主である私は聖なる者であるから、あなた方もせいなるものにならなければならない」と宣言し、具体的なこととして、「父母を敬うこと」、「安息日を守ること」、「偶像礼拝をしてはいけないこと」また、神様に対して聖であると言うことは、隣人を愛することであるとして、「あなたの隣人を自分のように愛しなさい」と教えたのです。 その具体的なことは、在留異邦人のため収穫の落穂を残しておきなさい、隣人を虐げたり、盲人をつまずかせてはならない、と言うことです。 しかし、北イスラエル王国の歴史は、まさにその教えを踏みにじるようなものでした。北イスラエル王国が誕生した時の王様、ヤロボアムは、国の民が南のユダヤ人のエルサレムまで行って民の心が北イスラエルから離れることを恐れて、金の子牛を作り、それはユダヤの民をエジプトから救い出した神であると言って礼拝することを求めたのです。 預言者アモスは、イスラエルの民が犯した罪を指摘していきます。神様はアモスを通して、北イスラエル王国にその滅亡と捕虜になってアッシリアに連れて行かれることを預言したのです。 旧約聖書はユダヤ人のためのもの、新約聖書こそ民族をこえたすべての人を救う神様の愛が示されている書物と一般に考えられますが、聖書は旧約の創世記から、新約聖書のヨハネの黙示録に亘って、神様が全世界の人たちへの救いの道を宣べ伝えている神様の Love letter です。 さて新約聖書の4つの福音書に共通に洗礼者ヨハネの記事が書かれています。ヨハネも旧約聖書の預言者と同じく、神様、特に、神様の一人子としてこの世に送られたイエス様に対しての愛の信仰を求めるように語った預言者の一人です。 新約聖書の洗礼者ヨハネはイエス様と同時代の預言者であり、イエス様のお母さんマリアとヨハネのお母さん、エリザベトは従兄弟同士であることを皆さんご存知と思います。 ヨハネ、イエス様の時代、イスラエルは、ローマ帝国の一部であり、国民は税金をローマ帝国から徴収されていたのです。イスラエルには一応ヘロデと言う王様はいたわけですが、このへロデは暴君で民衆からはあまりよく思われていなかったのです。イエス様の生まれた時、3人の博士たちがユダヤの地に生まれた救い主はどこで見つけることができるのかとこのヘロデ王を尋ねたのですが、このヘロデ王とは血のつながりはあっても違うヘロデです。 このへロデは自分の兄弟のフィリポの妻ヘロデアを娶ったことで洗礼者ヨハネに非難されことに嫉みを持ち、ヨハネを殺す機会を待っていたのです。ヘロデ王の誕生日を祝う宴会に多くの客を呼び寄せ、そこでヘロデアの娘に余興のダンスをしてもらうよう頼んだのです。ヘロデ王は言いました。そのダンスのお礼に、欲しいものがあれば、何でもあげよう。この国の半分もやろう」と言ったのです。ヘロデアの娘は母親の所に行き、王様から何をいただきましょうかと相談した処、ヘロデアは「洗礼者ヨハネの首」をと言ったのです。 聖書の中に、このような悪さ、怖いことが書かれているのを、キリスト教の信仰を持とうと考えている人達に、聖書は、何と酷いことを書いていると思う人もいると思います。キリスト教の教えに従う私たちの信仰の先輩たちの中にも、このように、迫害された人たちが、過去に多くいたのです。 ルーテル教会というプロテスタン教会の生みの親と言われる、マルチン・ルターは15世紀のローマ法王のキリスト教の教えと行動に憤慨したのです。当時、レオ10代目という法王の下でカトリック教会の本山バチカンを大きくしたい、人が見て、これこそ地上における神の国の素晴らしい所だと言われるようなものにしたいと言う思いがありました。 ヨーロッパの教会は皆バチカンに教会税を払っていたわけですが、それ以上のものが必要と、レオ法王が考え出した特別献金は免罪符と言うお札を民衆に買わせたのです。私たち日本人の中にも、神社でおみくじを買って人生の占いをするのと同じように、免罪符と言うものはそれを買うことにより、地獄とこの世に宙ぶらりんになっている死んだ私たちの親、子供、家族の人たちを天国に入れてもらえるようになると書かれた救いの手段が買された、それも法王認定の証明書です。 しかし、人間は、イエス様、神様の愛をお金を払って買うことはできません。しかし、イエス様を信じ、イエス様が私たちの罪のために死んでくださった。その私の、私たちの罪のために十字架で死んでくださったイエス様は、復活したのです。そして、私たちも、いつの日か、神様の許に連れて行ってくださることを約束なさっているのです。 イエス様と言う神様を信じる私たち、信じるその賜物をいただいた私たちは幸福です。またその賜物をまだイエス様の愛を知らない人たちに知ってもらえるよう私たち、キリスト者は常に祈るのです。アーメン。 Tweet This Post Buzz This Post Post to Facebook Post to Google Buzz Send Gmail Post to MySpace